ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
442 / 492
凍雪国編第4章

第106話 闇夜の移動2

しおりを挟む
 ダイザは、広範囲に気配を探る。
 すると、国都からだけではなく、東からも人が近づいてきていることが分かる。
 ただ、国都からの気配は統制が取れており、兵士たちであると推定できる。
 一方、東からの気配は、ばらついている。
 もしかしたら、東から来る人たちは、この辺りの凍土林を管理している人たちなのかもしれない。
 ただ、いずれもテムが打ち上げた火魔法を見て、こちらを調べに来ているはずである。
 ダイザは、そのことを隣のテムにそっと伝える。

「この場は、離れた方がいい」

「そうですね。二人にも伝えます」

 ダイザは、サルクとマラニを介抱しているレティとファイナにも、人が近づいてきていることを知らせる。
 その間に、テムは、自身が作り上げたロープを穴の中に放り投げ、松明もろとも火魔法で焼き払ってしまう。
 ただ、テムが切り倒した木は、焼き払うわけにはいかないため、風魔法で切り株とともに乾燥させ、倒木してから時間が経っているような工作を施しておく。

「こっちは、終わったぞ。そっちは、どうだ?」

 テムは、素早く立ち上がったファイナに言う。
 ファイナの背中には、サルクが背負われており、マラニはレティが背負い上げている。

「はい。移動できます」

「そうか。俺たちは、馬を取りに戻る。お前たちは、どうするんだ? このまま、国境を目指すのか?」

 テムの問いかけに、ファイナが一瞬言葉に詰まる。
 サルクとマラニの状態を見れば、国境まで連れて行くのは無理である。
 ファイナもレティも、そのことはよく分かっており、どうしたものかと途方に暮れ、二人で顔を見合わせてしまう。

「そもそも、行く当てはあるのか?」

「ない。国に帰るだけだ」

 険しい顔つきをしたレティは、ぶっきらぼうにぼそりと呟く。
 ファイナも、今後の方針が立てられないのか、力なく頭を垂れる。

「分かった。なら、ついて来い。悪いようにはせん」

 テムは、ダイザに目配せをして、移動を促す。
 ここでもたもたしていては、この後で時間的余裕が持てなくなるのである。
 ダイザは、テムに向かって大きく頷き、馬を待機させた場所まで急ぎ足で戻り出す。
 それを見たテムは、レティとファイナに声をかける。

「ついて行け。俺が殿しんがりつとめる」

 レティとファイナは、ちらりと視線を交わすが、二人とも妙案はないため、テムの指示に従うことにする。
 ファイナが先にダイザを追いかけ、レティがそれに続く。
 ただ、レティは、走りながら後ろを振り返り、テムに頼む。

「夜営場所に寄ってくれ。荷物を取りたい」

 それを聞いたテムは、素早くレティに並びかける。

「よし。それなら、俺がその子を背負う」

 テムは、素早くレティからマラニを受け取り、背中に背負う。

「すまない」

 レティは、申し訳なさそうな顔をして、テムに詫びを入れる。

「気にするな。借りは、後で返してもらう」

 テムは、しょげかけたレティに向かってにやりと笑い、その背中をバンと強く叩く。
 これは、テムなりの励ましであったが、その衝撃が強すぎたのか、レティはたたらを踏んでしまう。

「何をする!」

 レティは、目に怒りを込めて、テムを睨む。

「はははっ。それだけの元気があれば、大丈夫だ」

 レティの視線を笑ってかわしたテムは、再び駆け出し、レティについて来るように合図する。
 そして、並びかけてきたレティに向かって、真剣な顔つきで話しかける。

「俺の亡き妻は、元奴隷だった」

「何!?」

 テムの突然の告白に、レティは驚愕する。
 しかし、テムもレティも、その足は止めずに、先へ行ったダイザとファイナに追いつくべく足を速める。

「正確には、奴隷に落とされたと言った方がいいな。この子たちも同じだろ?」

 テムの妻ヤエルは、もともとはルシタニア貴族の娘であった。
 だが、ヤエルの父が権力争いに破れ、連座して家族共々奴隷に落とされた。
 ヤエルは、すぐに家族と離れ離れとなり、複数の奴隷商人を経由して、ディスガルドの地へ送られた。
 テムは、大陸を放浪中に、そのヤエルと出会い、あまりにも残酷な扱いを受けているヤエルを助け出し、奴隷から解放したのである。
 テムの身の上話をじっと聞いていたレティは、同情よりも信頼をテムに寄せる。

「疑って悪かった。切りつけたことを謝る」

「なに、気にすることじゃない。怪我もしていないしな」

「それでも、謝る。本当にすまない」

 根が素直なレティは、早とちりをした件を謝らなければならないと思っていた。
 その良い機会が訪れたため、テムに重ねて謝ったのである。

「はははっ。お前は、いい奴だな」

 陽気に笑ったテムは、先を走るダイザに向かって、声をかける。

「ダイザ! こいつらの夜営場所に寄ってくれ! 荷物を拾う!」

「分かりました! では、先にそっちへ行きます!」

 ダイザは、レティとファイナが夜営をしていた場所を気配で察知している。
 そのため、夜営場所へ急ぐことが可能である。
 ただ、ダイザは、ちらりと後ろ振り返り、先ほどから荒い呼吸を繰り返してついてくるファイナを見る。
 ファイナは、サルクを背負って走っているため、苦しそうな表情を浮かべている。

「その子をこちらへ!」

「はい?」

「急ぎます! 時間がありません!」

 ダイザは、ファイナの背中からサルクを取り上げ、素早く背負ったあと、夜営場所へと駆け出す。
 ダイザやテムにとって、子どもを背負って走ることなど苦にもならないのである。
 ファイナは、一瞬呆気に取られるが、それでも状況を理解しているため、必死にダイザに追いすがる。
 サルクを背負ったダイザの方が、走る速度が速いのである。

「俺たちも急ぐぞ!」

「分かった!」

 テムは、一気に加速し、返事をしたレティをおいて行く。
 レティは、歯を食いしばって足を動かし、テムを見失うまいと全速力で追いかける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...