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凍雪国編第4章
第106話 闇夜の移動2
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ダイザは、広範囲に気配を探る。
すると、国都からだけではなく、東からも人が近づいてきていることが分かる。
ただ、国都からの気配は統制が取れており、兵士たちであると推定できる。
一方、東からの気配は、ばらついている。
もしかしたら、東から来る人たちは、この辺りの凍土林を管理している人たちなのかもしれない。
ただ、いずれもテムが打ち上げた火魔法を見て、こちらを調べに来ているはずである。
ダイザは、そのことを隣のテムにそっと伝える。
「この場は、離れた方がいい」
「そうですね。二人にも伝えます」
ダイザは、サルクとマラニを介抱しているレティとファイナにも、人が近づいてきていることを知らせる。
その間に、テムは、自身が作り上げたロープを穴の中に放り投げ、松明もろとも火魔法で焼き払ってしまう。
ただ、テムが切り倒した木は、焼き払うわけにはいかないため、風魔法で切り株とともに乾燥させ、倒木してから時間が経っているような工作を施しておく。
「こっちは、終わったぞ。そっちは、どうだ?」
テムは、素早く立ち上がったファイナに言う。
ファイナの背中には、サルクが背負われており、マラニはレティが背負い上げている。
「はい。移動できます」
「そうか。俺たちは、馬を取りに戻る。お前たちは、どうするんだ? このまま、国境を目指すのか?」
テムの問いかけに、ファイナが一瞬言葉に詰まる。
サルクとマラニの状態を見れば、国境まで連れて行くのは無理である。
ファイナもレティも、そのことはよく分かっており、どうしたものかと途方に暮れ、二人で顔を見合わせてしまう。
「そもそも、行く当てはあるのか?」
「ない。国に帰るだけだ」
険しい顔つきをしたレティは、ぶっきらぼうにぼそりと呟く。
ファイナも、今後の方針が立てられないのか、力なく頭を垂れる。
「分かった。なら、ついて来い。悪いようにはせん」
テムは、ダイザに目配せをして、移動を促す。
ここでもたもたしていては、この後で時間的余裕が持てなくなるのである。
ダイザは、テムに向かって大きく頷き、馬を待機させた場所まで急ぎ足で戻り出す。
それを見たテムは、レティとファイナに声をかける。
「ついて行け。俺が殿を務める」
レティとファイナは、ちらりと視線を交わすが、二人とも妙案はないため、テムの指示に従うことにする。
ファイナが先にダイザを追いかけ、レティがそれに続く。
ただ、レティは、走りながら後ろを振り返り、テムに頼む。
「夜営場所に寄ってくれ。荷物を取りたい」
それを聞いたテムは、素早くレティに並びかける。
「よし。それなら、俺がその子を背負う」
テムは、素早くレティからマラニを受け取り、背中に背負う。
「すまない」
レティは、申し訳なさそうな顔をして、テムに詫びを入れる。
「気にするな。借りは、後で返してもらう」
テムは、しょげかけたレティに向かってにやりと笑い、その背中をバンと強く叩く。
これは、テムなりの励ましであったが、その衝撃が強すぎたのか、レティはたたらを踏んでしまう。
「何をする!」
レティは、目に怒りを込めて、テムを睨む。
「はははっ。それだけの元気があれば、大丈夫だ」
レティの視線を笑ってかわしたテムは、再び駆け出し、レティについて来るように合図する。
そして、並びかけてきたレティに向かって、真剣な顔つきで話しかける。
「俺の亡き妻は、元奴隷だった」
「何!?」
テムの突然の告白に、レティは驚愕する。
しかし、テムもレティも、その足は止めずに、先へ行ったダイザとファイナに追いつくべく足を速める。
「正確には、奴隷に落とされたと言った方がいいな。この子たちも同じだろ?」
テムの妻ヤエルは、もともとはルシタニア貴族の娘であった。
だが、ヤエルの父が権力争いに破れ、連座して家族共々奴隷に落とされた。
ヤエルは、すぐに家族と離れ離れとなり、複数の奴隷商人を経由して、ディスガルドの地へ送られた。
テムは、大陸を放浪中に、そのヤエルと出会い、あまりにも残酷な扱いを受けているヤエルを助け出し、奴隷から解放したのである。
テムの身の上話をじっと聞いていたレティは、同情よりも信頼をテムに寄せる。
「疑って悪かった。切りつけたことを謝る」
「なに、気にすることじゃない。怪我もしていないしな」
「それでも、謝る。本当にすまない」
根が素直なレティは、早とちりをした件を謝らなければならないと思っていた。
その良い機会が訪れたため、テムに重ねて謝ったのである。
「はははっ。お前は、いい奴だな」
陽気に笑ったテムは、先を走るダイザに向かって、声をかける。
「ダイザ! こいつらの夜営場所に寄ってくれ! 荷物を拾う!」
「分かりました! では、先にそっちへ行きます!」
ダイザは、レティとファイナが夜営をしていた場所を気配で察知している。
そのため、夜営場所へ急ぐことが可能である。
ただ、ダイザは、ちらりと後ろ振り返り、先ほどから荒い呼吸を繰り返してついてくるファイナを見る。
ファイナは、サルクを背負って走っているため、苦しそうな表情を浮かべている。
「その子をこちらへ!」
「はい?」
「急ぎます! 時間がありません!」
ダイザは、ファイナの背中からサルクを取り上げ、素早く背負ったあと、夜営場所へと駆け出す。
ダイザやテムにとって、子どもを背負って走ることなど苦にもならないのである。
ファイナは、一瞬呆気に取られるが、それでも状況を理解しているため、必死にダイザに追いすがる。
サルクを背負ったダイザの方が、走る速度が速いのである。
「俺たちも急ぐぞ!」
「分かった!」
テムは、一気に加速し、返事をしたレティをおいて行く。
レティは、歯を食いしばって足を動かし、テムを見失うまいと全速力で追いかける。
すると、国都からだけではなく、東からも人が近づいてきていることが分かる。
ただ、国都からの気配は統制が取れており、兵士たちであると推定できる。
一方、東からの気配は、ばらついている。
もしかしたら、東から来る人たちは、この辺りの凍土林を管理している人たちなのかもしれない。
ただ、いずれもテムが打ち上げた火魔法を見て、こちらを調べに来ているはずである。
ダイザは、そのことを隣のテムにそっと伝える。
「この場は、離れた方がいい」
「そうですね。二人にも伝えます」
ダイザは、サルクとマラニを介抱しているレティとファイナにも、人が近づいてきていることを知らせる。
その間に、テムは、自身が作り上げたロープを穴の中に放り投げ、松明もろとも火魔法で焼き払ってしまう。
ただ、テムが切り倒した木は、焼き払うわけにはいかないため、風魔法で切り株とともに乾燥させ、倒木してから時間が経っているような工作を施しておく。
「こっちは、終わったぞ。そっちは、どうだ?」
テムは、素早く立ち上がったファイナに言う。
ファイナの背中には、サルクが背負われており、マラニはレティが背負い上げている。
「はい。移動できます」
「そうか。俺たちは、馬を取りに戻る。お前たちは、どうするんだ? このまま、国境を目指すのか?」
テムの問いかけに、ファイナが一瞬言葉に詰まる。
サルクとマラニの状態を見れば、国境まで連れて行くのは無理である。
ファイナもレティも、そのことはよく分かっており、どうしたものかと途方に暮れ、二人で顔を見合わせてしまう。
「そもそも、行く当てはあるのか?」
「ない。国に帰るだけだ」
険しい顔つきをしたレティは、ぶっきらぼうにぼそりと呟く。
ファイナも、今後の方針が立てられないのか、力なく頭を垂れる。
「分かった。なら、ついて来い。悪いようにはせん」
テムは、ダイザに目配せをして、移動を促す。
ここでもたもたしていては、この後で時間的余裕が持てなくなるのである。
ダイザは、テムに向かって大きく頷き、馬を待機させた場所まで急ぎ足で戻り出す。
それを見たテムは、レティとファイナに声をかける。
「ついて行け。俺が殿を務める」
レティとファイナは、ちらりと視線を交わすが、二人とも妙案はないため、テムの指示に従うことにする。
ファイナが先にダイザを追いかけ、レティがそれに続く。
ただ、レティは、走りながら後ろを振り返り、テムに頼む。
「夜営場所に寄ってくれ。荷物を取りたい」
それを聞いたテムは、素早くレティに並びかける。
「よし。それなら、俺がその子を背負う」
テムは、素早くレティからマラニを受け取り、背中に背負う。
「すまない」
レティは、申し訳なさそうな顔をして、テムに詫びを入れる。
「気にするな。借りは、後で返してもらう」
テムは、しょげかけたレティに向かってにやりと笑い、その背中をバンと強く叩く。
これは、テムなりの励ましであったが、その衝撃が強すぎたのか、レティはたたらを踏んでしまう。
「何をする!」
レティは、目に怒りを込めて、テムを睨む。
「はははっ。それだけの元気があれば、大丈夫だ」
レティの視線を笑ってかわしたテムは、再び駆け出し、レティについて来るように合図する。
そして、並びかけてきたレティに向かって、真剣な顔つきで話しかける。
「俺の亡き妻は、元奴隷だった」
「何!?」
テムの突然の告白に、レティは驚愕する。
しかし、テムもレティも、その足は止めずに、先へ行ったダイザとファイナに追いつくべく足を速める。
「正確には、奴隷に落とされたと言った方がいいな。この子たちも同じだろ?」
テムの妻ヤエルは、もともとはルシタニア貴族の娘であった。
だが、ヤエルの父が権力争いに破れ、連座して家族共々奴隷に落とされた。
ヤエルは、すぐに家族と離れ離れとなり、複数の奴隷商人を経由して、ディスガルドの地へ送られた。
テムは、大陸を放浪中に、そのヤエルと出会い、あまりにも残酷な扱いを受けているヤエルを助け出し、奴隷から解放したのである。
テムの身の上話をじっと聞いていたレティは、同情よりも信頼をテムに寄せる。
「疑って悪かった。切りつけたことを謝る」
「なに、気にすることじゃない。怪我もしていないしな」
「それでも、謝る。本当にすまない」
根が素直なレティは、早とちりをした件を謝らなければならないと思っていた。
その良い機会が訪れたため、テムに重ねて謝ったのである。
「はははっ。お前は、いい奴だな」
陽気に笑ったテムは、先を走るダイザに向かって、声をかける。
「ダイザ! こいつらの夜営場所に寄ってくれ! 荷物を拾う!」
「分かりました! では、先にそっちへ行きます!」
ダイザは、レティとファイナが夜営をしていた場所を気配で察知している。
そのため、夜営場所へ急ぐことが可能である。
ただ、ダイザは、ちらりと後ろ振り返り、先ほどから荒い呼吸を繰り返してついてくるファイナを見る。
ファイナは、サルクを背負って走っているため、苦しそうな表情を浮かべている。
「その子をこちらへ!」
「はい?」
「急ぎます! 時間がありません!」
ダイザは、ファイナの背中からサルクを取り上げ、素早く背負ったあと、夜営場所へと駆け出す。
ダイザやテムにとって、子どもを背負って走ることなど苦にもならないのである。
ファイナは、一瞬呆気に取られるが、それでも状況を理解しているため、必死にダイザに追いすがる。
サルクを背負ったダイザの方が、走る速度が速いのである。
「俺たちも急ぐぞ!」
「分かった!」
テムは、一気に加速し、返事をしたレティをおいて行く。
レティは、歯を食いしばって足を動かし、テムを見失うまいと全速力で追いかける。
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