ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第99話 黒づくめの南方人3

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 ダイザとテムが、街道を北上して東へ延びる林道に入ってから10分ほどが経過したとき、ダイザは、前方に黒づくめの気配が少し動きを見せたのを感じ取る。
 ダイザは、急いで馬を止め、後ろのテムに音を出さないように合図する。
 そして、静かに馬を降り、凍土林の中に入って、馬の手綱を木に括りつける。
 ここからは、徒歩で近づいた方が無難だと判断したのである。
 その様子を見ていたテムも、馬から降りて、ダイザが手綱を括りつけた隣の木に、乗ってきた馬の手綱を括りつける。

「向こうが、こちらに気がついたようです」

「そうか……。気配を察知できる奴がいるんだな?」

「えぇ」

 ダイザは、確信を持って頷く。
 今、二人がいる位置からでは、馬の蹄音は届かないはずである。
 しかも、平らな石を敷き詰めた街道ではなく、草や落ち葉で覆われた林道の地面では、なおさら蹄音は響きにくい。

「不用意に近づけば、戦いになります」

「そうだろうな。奴らは、国都の検問を強引に突破してきたわけだし、追っ手が掛かっていると警戒しているわな」

 テムは、向こうの事情もよく分かるというように頷く。
 だが、ダイザとテムも、黒づくめの者たちの正体を探っておく必要がある。
 もし、黒づくめの者たちが、闇ギルドの者たちであれば、見逃すわけにはいかないからである。
 ただ、キルビナ人が、辺境の国の闇ギルドに所属して活動しているとも思えない。
 ダイザとテムは、その答えを求めて、黒づくめの者たちと接触を図るのである。

「私が先導します」

「頼む」

 テムはそう言って、馬たちの周りに簡単な獣避けの結界を張る。
 この結界魔法は、黒銀熊などの獣の侵入を阻むだけでなく、魔力の少ない者なら弾き飛ばすことができる。
 テムは、これで馬たちを安心して待機させておくことができると頷き、先へ進み始めたダイザを追う。



 ダイザとテムが気配を消してしばらく進むと、黒づくめの者たちが突然散り散りになる。
 そして、黒づくめの者たちの中で、ただ一人強い気配を持つ者だけが襲い掛かってくる。

「!」

ギィィィン

 ダイザは、とっさに剣を引き抜き、白刃のきらめきを弾き返す。

「くっ!」

 黒づくめの者から、若い女性の声が漏れる。
 どうやら、先ほどの剣撃は、渾身の一撃を放ったものらしく、大きく跳び退って距離をおく。

「待て待て! いきなり斬りつけてくるな!」

 ダイザと黒づくめの者との間に、テムが割って入り、両手を黒づくめの者に突き出して制止させる。
 テムは、手に愛用の斧を持っておらず、黒づくめの者に敵意のないことを示したのである。

「お前たちは、何者だ!?」

 黒づくめの者から発せられた言葉は、ややなまりがあり、国都周辺ではあまり聞かれない抑揚の付け方である。

「俺たちか? 俺たちは、旅の者だ」

 テムは、ダイザをかばうように前に立ちはだかり、黒づくめの者に穏やかな口調で答える。

「信じられん! なぜ、暗闇の中を追ってきた!?」

 黒づくめの者は、剣を腰だめに構え、いつでも一撃を放てるように体勢を崩さない。

「はははっ。気がついていたのか? なら、隠すことはない。俺たちは、リビングデッドの奴らを追っている。お前たちがそうじゃないのか?」

 テムは、穏やかな口調を続けるが、その目から笑みを消す。
 対峙する黒ずくめの者は、テムの気配が変わったことを感じ取り、警戒感をあらわにする。

「違う! 私たちは、この国とは関係がない! リビングデッドという名も聞いたことがない!」

「ほぅ……。異邦人か? どこから来たんだ?」

 テムは、相手の言うことを信じたわけではないが、言葉の中に嘘は感じなかった。
 そこで、張りつめさせた気配を元に戻し、再び目に笑みを浮かべて話しかける。
 その後ろでは、ダイザも気を緩めて、引き抜いた剣を鞘に戻している。
 だが、黒づくめの者は、警戒感を解かず、むしろ剣に鋭気を乗せて、斬りかかろうとタイミングを測り出す。

「待て待て。俺たちは、敵じゃないかもしれん。そう早まるな」

 テムは、ちらりと後ろを見て、ダイザに少し下がるように目配せをする。
 しかし、ダイザは、僅かに首を横に振り、手で後方の凍土林の先を指差す。

「魔法師が迂回して戻ってきます。そちらは、任せてください」

「ん? あぁ、確かにな」

 テムも、後方の凍土林へ意識を飛ばす。
 すると、先ほどダイザたちがいた街道に出た魔法師が、二人が通ってきた林道に入るところを感じ取る。
 テムは、小声でダイザにささやき返す。

「分かった。そっちは、任せる。俺は、この女を止める」
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