ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第98話 黒づくめの南方人2

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 ダイザとテムは、日没を迎えてからも馬を走らせ、国都からマクヤード国へと続く街道を南進する。
 今日も、月明かりが街道を照らし、夜中でも薄っすらと街道先を見通せるぐらいに明るい。
 しかし、街道の両脇に連なる凍土林は、闇夜の中にすっぽりと覆われており、不気味なほど静まり返っている。
 ダイザとテムは、凍土林の中の気配を探りつつ、凍土林の間を貫く街道をひた走る。
 そうして、3時間も走り続けた頃、気配に敏感なダイザが標的の気配をようやく探り当てる。
 ダイザは、馬の脚を止め、先を急ごうとするテムに声をかける。

「テムさん! 止まってください!」

「どうした!」

「黒づくめは、その先ではありません!」

 ダイザは、気配を感じた先をテムに指し示す。
 その指先は、東を向いており、マクヤード国との国境とは方角が異なっている。

「そっちか!?」

 テムの気配察知では、まだ黒づくめらしき気配を探知できていない。
 しかも、ダイザが示した先は、テムが見逃していた方角である。
 ゆっくりと旋回して戻ってきたテムは、ダイザが乗る馬と向かい合わせの位置で馬を止める。

「魔法師の気配も一緒です」

「そうか……。なら、まず間違いがないな」

 テムは東の空を見上げるが、ダイザから教えられても、その先にある黒づくめの気配を掴めない。
 ただ、テムは、ダイザの気配察知を信じており、その方向に黒づくめの者たちがいることを疑ってはいない。

「どうやって行く?」

 テムが辺りを見渡したところ、凍土林には獣道ができているような切れ目がない。
 かといって、夜の林の中へ馬を乗り入れて進むのは、夜目が利くダイザとテムでも危険すぎる。
 しかも、黒づくめの者たちが凍土林の中に罠を仕掛けていないとも限らず、暗がりの中ではそれを見つけ出すのは難しい。

「少し迂回をしましょう。今来た道の途中に、東へ通じる林道がありました」

「あぁ。確かにあったな。奴らも、そこを通って行ったのかな?」

「おそらくは、そうでしょう。ほかに、道らしき道はありませんでしたから……」

 二人が街道を南下してきて、東へ向かう道は、国都周辺を除いては、その林道しか目撃していない。
 ただ、その林道は、30分ほど前に見たものであるから、黒づくめの者たちに近づくためには大きく迂回をしていくことになる。

「では、行くか。奴らは、もう動いていないんだよな?」

「えぇ。今夜は、そこで夜営をするみたいです」

「それは、助かる。夜中に動かれては、追うのが大変だからな」

 黒づくめの者たちが、夜営をするためにその林道に入っていても、何ら不思議ではない。
 ただ、先を急いでいるのであれば、夜通し歩き続けてもいいはずである。
 テムは、黒づくめの者たちがそれをしないのは、何か理由があるからかもしれないと思いを巡らす。

「よしよし……」

 テムは、荒い息を吐き続けている馬の首筋を擦り、長い距離を駆け続けてきたことをねぎらう。
 そして、もうひとっ走りをお願いするかのように、馬の首筋をぽんぽんと優しく叩く。
 ゴイメールが調教した馬は、頑健で体力に溢れ、まだまだ走れると言うかのように、ブルルッと鼻を鳴らす。

「ここからは、ダイザが案内してくれ。俺は、奇襲に備えて、後ろからついて行く」

「分かりました。では、出発します」

 ダイザは、背後の守りをテムに託し、黒づくめの気配に集中する。
 黒づくめの者たちの気配は、ここから東へ行ったところに留まったままである。
 ただ、ダイザが気になることは、とりわけ強い気配と魔法師の気配のほかに、二つの衰弱した気配が側にあることである。
 また、こんなに多くのキルビナ人が、ディスガルドの地にいるのかと、ダイザは小首を傾げながらも、街道を北上し始める。
 テムも、周囲の林の中を警戒しながら、ダイザを追いかけていく。
 静寂に包まれた夜の街道には、ダイザとテムの乗る馬の蹄音だけが、パカパカと響いていく。
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