ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第86話 洞穴内の対峙3

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 ダイザとテムは、最奥部の手前にある見張り小屋の中を確認し、魔法結界を発動させていた魔道具を探し当てる。
 魔道具には、大抵魔方陣が刻み込まれており、そこに発動と解除に関する記述がなされている。
 だが、ここにある魔道具は、その魔方陣を表からでは見ることができない構造になっている。
 テムは、結界を解除する方法が分からぬため、力技に頼ることにする。
 テムは、魔力塊を右拳に宿し、おもむろに魔道具へ拳を振り下ろす。

パキィンッ

 乾いた音がして、魔道具があっさりと砕け散る。
 魔道具の核となる魔石は、より強い魔力を作用させると砕けてしまうのである。

「よし。これで、結界が解けたな」

「はい。ただ、向こうも身構えたようですよ」

 ダイザは、結界が消失したあとに、奥の空間にいる者たちの緊張が一気に高まったのを感じ取る。
 しかし、一箇所に集まっている者たちは、そのまま待機をしているようで、特に動き出したりはしない。

「それは、仕方がないことだな。いきなりやってきて、勝手に結界を壊したのだからな」

「それも、そうですね」

 テムの言葉に頷いたダイザは、見張り小屋の中をもう一度調べ、ほかに気になるものがないかどうかを確認する。
 テムも、ダイザと一緒になってあれこれと調べるが、特に目ぼしいものがない。
 二人は、見張り小屋の外へ出て、結界がきれいになくなった場所を通過する。
 二人の目の前にある空間は、広く開けており、その中央付近に2階建ての木造建築物がある。
 その手前には、ダイザとテムが追っていた職人男がおり、その側に、小さな女の子が職人男の裾を掴んで立っている。

「あの子だな」

「えぇ」

 ダイザとテムが気になっていた者は、15歳前後の年頃の女の子で、国都にいるような格好をしている。
 ただ、その表情は固くこわばっており、こちらをおびえた目で見つめている。

「何で、こんなところにいるのかな?」

「さぁ? 私には分かりませんが、奇妙ですね」

「まぁな。とりあえず、あの男に声を掛けてみるか。襲ってくる雰囲気は、ないみたいだしな」

「でも、建物内に人がいますよ。気をつけてください」

「分かっている」

 テムは、ダイザの忠告に素直に頷き、ゆっくりとした足取りで、職人男の前まで進む。
 男の隣にいる女の子は、恐怖のあまり泣き出してしまいそうな顔をし、男にしがみついてしまう。

(さて……。なんと言葉を掛けるべきかな? 「初めまして」や「こんにちは」でもなかろうし……)

 テムがそんなことを考えていると、目の前に立つ職人男が先に口を開く。

「ここへ、何をしに来た? 君たちは、何者だ?」

 レイドックは、警戒しながらも、極力穏やかな口調になるように尋ねる。

「何をしに来た……か。そうだな、何と言えばいいのか分からんが、とりあえず、気になったからここまで来た……というのが正直なところだな」

 テムは、偽りをもってレイドックに接するつもりはなく、至極真面目な顔で答える。

「結界を破壊してか?」

「あぁ、あれか? 壊してしまったのは悪かった。だが、通行の邪魔だったのでな。すまんな」

 テムは、さらりと言ってのける。
 だが、魔道具の結界を壊すことすらできないレイドックは、一瞬呆気あっけにとられる。
 しかし、すぐに気を取り直し、再び口を開く。

「まぁ、いい。次の質問の答えを聞きたい。君たちは何者だ?」

「俺たちか? 俺たちは、田舎から出てきた農夫だな。ほら?」

 そう言ってテムは、背中の収納袋から愛用の斧を取り出して、レイドックたちに見せる。

「ひっ!」

 モイスは、小さな悲鳴を上げて、レイドックの背中に顔を押し当て、震えてしまう。

「あぁ、悪い。危害を加えるつもりはない。これは、確かに武器にもなるが、俺の仕事道具だ。俺たちを分かって欲しくて出したんだが……。はははっ」

 レイドックは、モイスを庇い、テムに対し、剣呑な空気を醸し出す。
 だが、テムは、そんな空気を払いのけるかのように、陽気に笑い出し、さっさと斧を仕舞ってしまう。

「それを信じてよいのか?」

 レイドックは、歴然とした力の差を感じており、恐怖心を押し殺して、テムの真意を探ろうとする。

「できれば、信じて欲しい。疑われるのは仕方がないが、俺たちは戦いに来たのではない」

「では、何をしに来たのだ?」

 レイドックから再び同じ質問をされ、テムとダイザは、一瞬目を合わせてから答える。

「正直に言うと、ここが何の施設なのかを知りたい」

 テムは、レイドックに直接疑問をぶつける。
 すると、レイドックは、テムの言葉に真実味を感じたのか、僅かに表情を緩める。

「それに答える前に、もう1つ尋ねたい」

「何をだ?」

「君たちは、国主と繋がりがある者か?」

「ない」

 テムは、きっぱりと答え、レイドックに不信感を与えないようにする。
 しかし、内心では、やはり国主絡みのことに首を突っ込んだのかと思い、軽い脱力感を覚える。
 レイドックは、テムとダイザの目を交互に見て、慎重に判断を下す。

「……いいだろう。君たちを信じることにする」

 レイドックは、重々しく言い、いつまでもしがみついているモイスの背中を優しく擦り、モイスの目を見て、安心するようにと言うように頷く。
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