ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第83話 国都西の工房3

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 ダイザとテムは、レイドックが洞穴の中へ入っていくのを少し離れた岩場の陰から確認する。
 馬は、先程通り過ぎた林の中で待機させ、その周りには簡単な獣避けの結界を施してきた。
 そのため、今は二人とも身軽になり、足場の悪い岩場でも自由に動くことができる。

「あの洞穴は、どこに続いているんだ? 探れるか?」

 テムは、ダイザほど気配察知が得意ではない。
 レイドックが洞穴の中へ入ってしまえば、その気配をそれ以上探れなくなってしまう。

「ある程度はできます。しかし、あの洞穴には、出口はなさそうです」

 ダイザは、洞穴の内部や小山の周りを気配や魔力で注意深く探ってみる。
 しばらく無言で、そちらの方へ意識を飛ばすが、レイドックが入った洞穴とつながる穴はなさそうである。

「ただ、あの男は、内部にある広い空間に留まっています。その周囲には、何人かの気配もあり、結界も張られているようですね」

「結界?」

「えぇ。ごく初歩的なやつですよ。侵入者を軽く弾く程度のものでしかありません」

 ダイザは、結界内の様子は難なく探れたと、テムに説明する。

「そうか。それなら、向こうには大した魔法師はいないな。魔法戦にならなくて良かった」

 ダイザとテムが、洞穴内へ侵入したときに、魔法で応戦されたら、こちらも魔法で防ぐしかない。
 そうすると、弾かれた魔法が周りへ飛び散り、被害が拡散してしまう。
 しかし、魔法戦にならないのであれば、一人一人を倒していけばよく、労力もそれほどかからない。

「テムさん……」

「ん?」

「魔法師はいないようですが、先程の男がいる場所に、魔道具の類いが複数あるようです」

 ダイザは、洞穴の最奥部に微量な魔力を多数感じ取る。

「それは、厄介だな。どんな種類のものか、分かるか?」

 一口に魔道具と言っても、魔道具には色々な種類がある。
 国都の住民が身近に感じるものでは、生活用具としての魔道具である。
 火を起こしたり、光を発したりする魔道具などが重宝されている。
 一方で、職人たちが仕事で使う魔道具もあれば、身を守るための魔道具や戦いに使う魔道具もある。
 これらのうち、攻撃用の魔道具は、一つ一つの威力は小さくとも、一度に大量に発動されれば、ダイザやテムとて警戒しない訳にはいかない。

「ここからでは、そこまでは詳しく分かりません。ただ、男が職人の格好をしていたところから、ここは魔道具を製作するところではないでしょうか?」

「そうかもしれん。だが、それを判断するには、情報が少な過ぎるな」

 テムは、洞穴がある小山の周りを見渡し、どこか近づきやすい場所がないかを探る。
 しかし、洞穴の近くには身を隠すところがなく、忍んでいくには難儀しそうである。

「あの周辺には、魔道具の類いはないようだな」

「そうですね」

「奴らは、周囲の監視用には、魔道具を使用していないんだな」

「無防備と言っても良さそうなぐらい、何もありませんね」

 ダイザも、洞穴の周囲には魔道具の魔力波長を感じ取っていない。
 ただ、テムに指摘されてみて、改めて周りを見渡すが、接近防止用の罠や警戒監視用の鈴なども見つけられない。
 洞穴やその周囲は、ごく自然のままに残され、人の手が加わっているようには見えないのである。

「自然に溶け込むことを選んだのか……。これでは、近くを通っても、わざわざ中へ入ろうと思わないな」

 テムは、妙なところで感心してしまう。
 隠れ家を造るには、人を遠ざけるように造るか、人が気がつかないように造るかが重要になる。
 前者は、強力な仕掛けで接近を阻むが、後者は、手間が掛からない反面、見つかれば接近を阻むのが難しくなる。
 職人の男とその仲間たちは、外では自然を利用し、洞穴の中では敵の接近を阻む細工をしているのかもしれない。

「どうします?」

「このまま放置は、気持ち悪い。あの男がしていることを確認しよう」

 テムは最初、それほど職人男に対して興味を持たなかった。
 だが、こうまでして隠れて何かをしているのであれば、その秘密を知りたくなる。
 ダイザは、テムの目を見て、続きを待つ。

「なに……。ごく普通にやるさ」

 テムは、にやりと歯を見せて笑い、そのまま楽しそうに笑い続ける。
 それを見たダイザは、何となくテムのやることが分かり、苦笑しかできなくなる。
 ダイザが思っている通りなら、テムは堂々と洞穴の中に入り、悪びれもせず、直接尋ねるだろう。
 テムは、そんなダイザの背中をぽんぽんと叩き、「行くぞ」と目で促して、気配を殺さずに岩場を降りていく。
 この段階で、気配に敏感な者はテムに気がつくが、洞穴の中にいる者たちに動きはない。

「いや……。気がついた者がいるか……」

 ダイザは、急に慌ただしく動き始めた気配を察知し、テムに追いついて知らせる。

「テムさん。向こうが、私たちに気がつきました。用心してください」

「分かった。だが、まだ敵とは思われていないだろ? いきなり攻撃してくれば別だが、話しはできるだろう?」

「だといいですが、隠れ家に突然やって来られて、警戒しない者はいませんよ」

「確かにな。一応、気をつけて、話し掛けてみるさ」

「何かあれば、援護します」

「分かった。だが、それは最終手段でいく。今回は、追い剥ぎをしたくないしな。はははっ」

 テムは用心しながらも、陽気さを崩さず、笑顔で向こうの警戒心を解く作戦でいく。
 ダイザは、どこか楽しんでいる様子のテムを見て、そっとため息をつく。

(テムさんは、村で余程退屈していたらしい……)
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