418 / 492
凍雪国編第4章
第82話 国都西の工房2
しおりを挟む
国都の西、およそ2km離れた場所に、小山が幾つか点在する岩礁地帯が広がっている。
そこは、国都から見れば、ただの岩場にしか見えなかったが、奥行きがあり、小山の中には洞穴の口が開いているものもある。
ダイザとテムが追う職人男は、岩場を縫うように造られた人工的な小道を進み、比較的小さな洞穴の中へと入っていく。
ただ、男が入った洞穴は、入口が小さくとも、奥に行くにつれて道幅は広くなり、最深部は国都の居城がすっぽりと入るほどの空間が広がっている。
また、その最深部の天井には、所々の岩盤に亀裂が入っており、その亀裂が外までつながっていて、天然の換気口となっている。
洞穴の入口付近は、明かりが一切なく、薄暗い。
だが、男は、躊躇うことなく進み続け、曲がりくねった道を抜ける頃に、奥から漏れてきた光でようやく男の足元が確認できる。
光は、主に最深部に造られた建物から発している。
しかし、そこへ行く道の壁にも、光を出す魔道具が幾つか嵌め込まれ、男の行く手を明るく示している。
男は、最深部の空間に出る手前に造られた小屋の前に立ち、中へ声をかける。
「俺だ。戻ったぞ」
すると、小屋の中から、若い男の声が返ってくる。
「レイドック様。お帰りなさい。少々、お待ちください」
「おぅ」
その声にレイドックと呼ばれた職人男が答えると、洞穴の出口に張られた結界が立ち消える。
どうやら、小屋の中にいる若い男は、見張りであり、結界の番人であるように思われる。
「お通りください。万事、異常はありません」
「分かった」
レイドックは、そう短く答え、結界が消えた場所を通り過ぎ、奥の建物へと向かう。
その途中、レイドックの背後で再び結界が張られ、元の状態に戻る。
レイドックは、一つ満足そうに頷いたあと、建物の玄関脇に設置してある鐘を鳴らす。
カァーン
最深部の空間に甲高い鐘の音が響き渡り、建物内から慌ただしい物音が聞こえてくる。
その物音は一つではなく、複数聞こえ、中に幾人かの者たちがいたことが分かる。
「レイドック様!」
「お戻りか!?」
バタバタと足音がしたかと思うと、勢いよく玄関扉が開けられ、中から小さな女の子が飛び出し、レイドックに抱きつく。
その後ろからは、執事らしい初老の男が顔を見せ、ゴイメールの騎兵隊の鎧兜を身に着けた二人の男女と技師らしい若者が三人続いて現れる。
「お帰りなさい! 父様!」
「おぅ。帰ってきたぞ」
レイドックは、愛娘の頭をぽんぽんと軽く叩き、激しい出迎えに答える。
「いかがでした?」
「若君は?」
騎兵隊の男女が、勢い込んで尋ねる。
声を発した騎兵隊の男は、肩に隊長章を着けており、この男が隊を率いている者だとが分かる。
一方、同じく口を開いた騎兵隊の女は、赤い花をあしらった副隊長章を肩に着けている。
レイドックは、二人の質問に渋い顔をして見せる。
「失敗だ。横槍が入って、北へ逃げられてしまった」
「横槍? ゾラス隊長は、どうしたのです?」
騎兵隊の女が、驚いた表情をして、レイドックへ聞く。
「ゾラスは、ヤナリスに処刑された。隊の者も、全員な」
レイドックは、丘の中腹から遠眼鏡を使い、ゴイメールの騎兵隊が倒されるところを見ていた。
また、一緒に連れて行った傭兵たちが、役に立たず、皆逃げ去っていく様も目撃している。
「全滅ですか!? それで、若君は無事なのですか?」
レイドックの説明を聞いた皆が驚き、目を大きく見開く。
レイドックは、愛娘を執事の方へ押しやり、騎兵たちに向かって重々しく頷く。
「誰一人、助からなかった。ヤナリスは、口封じをしたらしい。ただ、若君は、ヤナリスのそばから離れず、自分の意思でついて行ったように見えた」
「何てこと……」
「アキュサ様は、もう戻って来ないの?」
今度は、執事に抱きついたレイドックの愛娘が、今にも泣きそうな顔で父に尋ねる。
「モイス。まだ、確かなことは分からない。だが、我々は、諦めたりはしない」
レイドックは、目に力を込めて、愛娘モイスに答え、皆を見渡していく。
この洞穴を隠れ家に利用しているのは、ゴイメールの族人である。
レイドックは、ゴイメール族長の弟であり、ここに連れてきた隊長たちは、レイドック直属の兵である。
「しかし……。ロマキへ連れて行かれては、手出しができません」
騎兵隊の隊長が、眉を曇らせて言う。
「分かっている。連れ戻すのには、時間がかかる。だから、国主の方を先に何とかするしかない」
「やはり、チヌルに便乗するのですか? 国主を殺すのですよ?」
「そうなる。これで我らも、逆賊だな」
憂いを深くしたレイドックは、国主暗殺を企てるチヌルに加担するしか、方法が思いつかない。
各族長や将軍から人質を要求し、脅迫するようなやり方には、これ以上、ゴイメールは従えない。
それは、ゴイメール族長と族人の総意である。
そこは、国都から見れば、ただの岩場にしか見えなかったが、奥行きがあり、小山の中には洞穴の口が開いているものもある。
ダイザとテムが追う職人男は、岩場を縫うように造られた人工的な小道を進み、比較的小さな洞穴の中へと入っていく。
ただ、男が入った洞穴は、入口が小さくとも、奥に行くにつれて道幅は広くなり、最深部は国都の居城がすっぽりと入るほどの空間が広がっている。
また、その最深部の天井には、所々の岩盤に亀裂が入っており、その亀裂が外までつながっていて、天然の換気口となっている。
洞穴の入口付近は、明かりが一切なく、薄暗い。
だが、男は、躊躇うことなく進み続け、曲がりくねった道を抜ける頃に、奥から漏れてきた光でようやく男の足元が確認できる。
光は、主に最深部に造られた建物から発している。
しかし、そこへ行く道の壁にも、光を出す魔道具が幾つか嵌め込まれ、男の行く手を明るく示している。
男は、最深部の空間に出る手前に造られた小屋の前に立ち、中へ声をかける。
「俺だ。戻ったぞ」
すると、小屋の中から、若い男の声が返ってくる。
「レイドック様。お帰りなさい。少々、お待ちください」
「おぅ」
その声にレイドックと呼ばれた職人男が答えると、洞穴の出口に張られた結界が立ち消える。
どうやら、小屋の中にいる若い男は、見張りであり、結界の番人であるように思われる。
「お通りください。万事、異常はありません」
「分かった」
レイドックは、そう短く答え、結界が消えた場所を通り過ぎ、奥の建物へと向かう。
その途中、レイドックの背後で再び結界が張られ、元の状態に戻る。
レイドックは、一つ満足そうに頷いたあと、建物の玄関脇に設置してある鐘を鳴らす。
カァーン
最深部の空間に甲高い鐘の音が響き渡り、建物内から慌ただしい物音が聞こえてくる。
その物音は一つではなく、複数聞こえ、中に幾人かの者たちがいたことが分かる。
「レイドック様!」
「お戻りか!?」
バタバタと足音がしたかと思うと、勢いよく玄関扉が開けられ、中から小さな女の子が飛び出し、レイドックに抱きつく。
その後ろからは、執事らしい初老の男が顔を見せ、ゴイメールの騎兵隊の鎧兜を身に着けた二人の男女と技師らしい若者が三人続いて現れる。
「お帰りなさい! 父様!」
「おぅ。帰ってきたぞ」
レイドックは、愛娘の頭をぽんぽんと軽く叩き、激しい出迎えに答える。
「いかがでした?」
「若君は?」
騎兵隊の男女が、勢い込んで尋ねる。
声を発した騎兵隊の男は、肩に隊長章を着けており、この男が隊を率いている者だとが分かる。
一方、同じく口を開いた騎兵隊の女は、赤い花をあしらった副隊長章を肩に着けている。
レイドックは、二人の質問に渋い顔をして見せる。
「失敗だ。横槍が入って、北へ逃げられてしまった」
「横槍? ゾラス隊長は、どうしたのです?」
騎兵隊の女が、驚いた表情をして、レイドックへ聞く。
「ゾラスは、ヤナリスに処刑された。隊の者も、全員な」
レイドックは、丘の中腹から遠眼鏡を使い、ゴイメールの騎兵隊が倒されるところを見ていた。
また、一緒に連れて行った傭兵たちが、役に立たず、皆逃げ去っていく様も目撃している。
「全滅ですか!? それで、若君は無事なのですか?」
レイドックの説明を聞いた皆が驚き、目を大きく見開く。
レイドックは、愛娘を執事の方へ押しやり、騎兵たちに向かって重々しく頷く。
「誰一人、助からなかった。ヤナリスは、口封じをしたらしい。ただ、若君は、ヤナリスのそばから離れず、自分の意思でついて行ったように見えた」
「何てこと……」
「アキュサ様は、もう戻って来ないの?」
今度は、執事に抱きついたレイドックの愛娘が、今にも泣きそうな顔で父に尋ねる。
「モイス。まだ、確かなことは分からない。だが、我々は、諦めたりはしない」
レイドックは、目に力を込めて、愛娘モイスに答え、皆を見渡していく。
この洞穴を隠れ家に利用しているのは、ゴイメールの族人である。
レイドックは、ゴイメール族長の弟であり、ここに連れてきた隊長たちは、レイドック直属の兵である。
「しかし……。ロマキへ連れて行かれては、手出しができません」
騎兵隊の隊長が、眉を曇らせて言う。
「分かっている。連れ戻すのには、時間がかかる。だから、国主の方を先に何とかするしかない」
「やはり、チヌルに便乗するのですか? 国主を殺すのですよ?」
「そうなる。これで我らも、逆賊だな」
憂いを深くしたレイドックは、国主暗殺を企てるチヌルに加担するしか、方法が思いつかない。
各族長や将軍から人質を要求し、脅迫するようなやり方には、これ以上、ゴイメールは従えない。
それは、ゴイメール族長と族人の総意である。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。
hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。
明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。
メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。
もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる