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凍雪国編第4章
第63話 農村ペイトーでの夜3
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「こりゃぁ、美味い!」
テムが、特製ソースが掛けられたローストベアにかぶりついて唸る。
脂身が少ない腿肉は、しっかりとした食感であるものの、あっさりとした味である。
そこを、ハーブとニンニクがたっぷりと利いた特製ソースが絶妙な味わいを作り出している。
腹が減っていたテムは、豪快にがつがつと口の中にかき込み、一緒に出されたスープで飲み下す。
スープは、玉ねぎを煮詰めて甘味を出し、そこに熊のスジ肉と骨から取り出したエキスを加えて、春野菜のコシアブラとウコギの若葉を煮込んだものである。
「これも、美味いなぁ! しかも、よく短時間でこれだけの濃い出汁が取れたな……」
自分でも料理をするテムは、スジ肉と熊の肋骨からエキスを抽出するには、数時間の煮込み時間が必要であることを知っている。
しかし、ダイザとテム、オンジが部屋に案内されて荷物を置き、食堂に来て食べ始めるまで、1時間と掛かっていないのである。
それが、こうまで旨味を引き出し、味わい深い料理が出てくるとは、予想もしていなかった。
「あのコックたちは、腕がいい。受付女性の対応もいいし、ここは凄いな」
テムは、向かいに座るダイザとオンジへ話しかける。
二人も、出された料理にテムと同様の感想を抱いており、農村の宿屋にしては高い評価をつけている。
「えぇ、そうですね。国都でも、これほどの宿屋には、なかなか巡り会えません」
オンジも、料理の完成度に驚いている。
建物の外観からは、大衆宿屋にしか見えなかったが、中で働く者たちは、皆一流の人材である。
酒粕をつけて炙られた肩肉にかぶりつき、もぐもぐと噛み砕いていたダイザも、オンジの言葉に頷く。
すると、ダイザが手に持っていた肩肉から、肉汁が滴り落ちる。
「あとで、誉めておこう。レシピも知りたいしな」
テムが、こんこんと木の器を指先で叩いた料理は、熊肉を塩麹を揉み込んで柔くし、ブラウンソースで煮込んだベアシチューである。
「これも、美味しいですね。野営では出ない味です」
オンジは、匙を使ってシチューを掬い上げ、口に運ぶ。
「確かに、熊肉の旨味が、よく出ています。これだけで行列ができそうですね」
テムとオンジに促されたダイザが、ベアシチューを堪能する。
ダイザの言う通り、このベアシチューを国都で出せば、たちまち噂になり、並んでもなかなか食べられない料理になりそうである。
三人は、この村で採れたという春野菜のサラダも残さず食べ、約二日振りのまともな食事を終える。
食堂は、夕食を食べるには遅すぎる時間帯であることから、ほとんど人がいない。
ダイザたち以外の唯一の食事客は、カウンター席の端っこに座っている中年の男性客だけである。
この客は、畑仕事で日に焼けた赤ら顔をしており、旅装もしていないことから、この村の住人であると思われる。
しかも、常連客らしく、時折厨房の方に消えて行っては、手に酒を持って帰ってくる。
「交易商から黒斑牛の相場を聞きたかったですね」
「そうだな。でも、それは、また今度だな」
ダイザとテムは、国都からの帰りについて、すでに話し合っている。
その話では、馬を連れて帰るなら、数が減ってしまった黒斑牛も連れて帰ろうということになった。
だから、ダイザは、国都で値段を交渉する前に、黒斑牛の適正相場が知りたかったのである。
食事を終えた三人は、食堂をあとにし、テムだけ部屋に戻らず、受付女性のもとへ行く。
そこで女性と話してみて分かったことは、テムが推測した通り、女性は国都にある格式高い宿屋で働いていたことである。
また、コック二人も同じ宿屋で働いており、そのほかにも、この宿屋には国都で働いていた者も多数いるとのことである。
似た境遇が多いのは、この村の若者は、ほとんどが国都で働きたいと願って上京し、壮年になって戻ってくることがその原因らしい。
テムはついでに、女性にこの宿屋の女将かと問うたが、それは違うとの返答を貰った。
女性が言うには、女将は別におり、今はこの村にいないとのことらしい。
テムは、女性に食事を誉め、明日レシピを教わる約束をしてから部屋へと戻る。
テムが、特製ソースが掛けられたローストベアにかぶりついて唸る。
脂身が少ない腿肉は、しっかりとした食感であるものの、あっさりとした味である。
そこを、ハーブとニンニクがたっぷりと利いた特製ソースが絶妙な味わいを作り出している。
腹が減っていたテムは、豪快にがつがつと口の中にかき込み、一緒に出されたスープで飲み下す。
スープは、玉ねぎを煮詰めて甘味を出し、そこに熊のスジ肉と骨から取り出したエキスを加えて、春野菜のコシアブラとウコギの若葉を煮込んだものである。
「これも、美味いなぁ! しかも、よく短時間でこれだけの濃い出汁が取れたな……」
自分でも料理をするテムは、スジ肉と熊の肋骨からエキスを抽出するには、数時間の煮込み時間が必要であることを知っている。
しかし、ダイザとテム、オンジが部屋に案内されて荷物を置き、食堂に来て食べ始めるまで、1時間と掛かっていないのである。
それが、こうまで旨味を引き出し、味わい深い料理が出てくるとは、予想もしていなかった。
「あのコックたちは、腕がいい。受付女性の対応もいいし、ここは凄いな」
テムは、向かいに座るダイザとオンジへ話しかける。
二人も、出された料理にテムと同様の感想を抱いており、農村の宿屋にしては高い評価をつけている。
「えぇ、そうですね。国都でも、これほどの宿屋には、なかなか巡り会えません」
オンジも、料理の完成度に驚いている。
建物の外観からは、大衆宿屋にしか見えなかったが、中で働く者たちは、皆一流の人材である。
酒粕をつけて炙られた肩肉にかぶりつき、もぐもぐと噛み砕いていたダイザも、オンジの言葉に頷く。
すると、ダイザが手に持っていた肩肉から、肉汁が滴り落ちる。
「あとで、誉めておこう。レシピも知りたいしな」
テムが、こんこんと木の器を指先で叩いた料理は、熊肉を塩麹を揉み込んで柔くし、ブラウンソースで煮込んだベアシチューである。
「これも、美味しいですね。野営では出ない味です」
オンジは、匙を使ってシチューを掬い上げ、口に運ぶ。
「確かに、熊肉の旨味が、よく出ています。これだけで行列ができそうですね」
テムとオンジに促されたダイザが、ベアシチューを堪能する。
ダイザの言う通り、このベアシチューを国都で出せば、たちまち噂になり、並んでもなかなか食べられない料理になりそうである。
三人は、この村で採れたという春野菜のサラダも残さず食べ、約二日振りのまともな食事を終える。
食堂は、夕食を食べるには遅すぎる時間帯であることから、ほとんど人がいない。
ダイザたち以外の唯一の食事客は、カウンター席の端っこに座っている中年の男性客だけである。
この客は、畑仕事で日に焼けた赤ら顔をしており、旅装もしていないことから、この村の住人であると思われる。
しかも、常連客らしく、時折厨房の方に消えて行っては、手に酒を持って帰ってくる。
「交易商から黒斑牛の相場を聞きたかったですね」
「そうだな。でも、それは、また今度だな」
ダイザとテムは、国都からの帰りについて、すでに話し合っている。
その話では、馬を連れて帰るなら、数が減ってしまった黒斑牛も連れて帰ろうということになった。
だから、ダイザは、国都で値段を交渉する前に、黒斑牛の適正相場が知りたかったのである。
食事を終えた三人は、食堂をあとにし、テムだけ部屋に戻らず、受付女性のもとへ行く。
そこで女性と話してみて分かったことは、テムが推測した通り、女性は国都にある格式高い宿屋で働いていたことである。
また、コック二人も同じ宿屋で働いており、そのほかにも、この宿屋には国都で働いていた者も多数いるとのことである。
似た境遇が多いのは、この村の若者は、ほとんどが国都で働きたいと願って上京し、壮年になって戻ってくることがその原因らしい。
テムはついでに、女性にこの宿屋の女将かと問うたが、それは違うとの返答を貰った。
女性が言うには、女将は別におり、今はこの村にいないとのことらしい。
テムは、女性に食事を誉め、明日レシピを教わる約束をしてから部屋へと戻る。
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