ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
385 / 492
凍雪国編第4章

第49話 ネオクトンのバウリ

しおりを挟む
 国都の情勢に疎いテムは、ネオクトンの傭兵からバウリという名前を聞いても、思い当たる節はない。
 テムは、目でダイザに問いかける。
 だが、ダイザも知らない名前らしく、僅かに首を横に振って、テムの視線に応える。
 それを見たテムは、男に聞いた方が早いとみて、直接尋ねることにする。

「おい。バウリとは、誰だ?」

「し、知らないのか? ディスガルドで有名な方だぞ?」

「残念ながら知らん。いいから、教えろ」

 テムは、余計なことを聞き返される前に、背中の収納袋から斧を取り出して威嚇する。

「ひっ! わ、分かった、分かった! 素直に言うから、命だけは助けてくれ!」

 両手を腰の後ろで縛られ、両足も蔦でぐるぐる巻きにされた男は、テムの斧を見て、体を戦慄わななかせる。

「殺しはせん。いいから、話せ」

 テムは、斧の刃先でぐいっと男の顎を持ち上げる。

「い、言うから……」

 テムは、刃先をどけず、目だけで男を促す。

「バ、バウリ様は、我らネオクトンの騎将だ。数々の武勇伝を残した雄壮な方だぞ? 本当に知らないのか?」

「知らん」

 数十年の間、島から外へ出たことのないテムにとっては、短命族の将など初耳である。
 しかし、男が騎将バウリの子どもを追いかけているのは理解した。

「そのバウリの子どもは、なぜ誘拐されたんだ?」

「誘拐ではない。人質に差し入れられ、連れていかれた子どもだ」

 それを聞いたテムの顔が、少し険しくなる。
 ネオクトンの有力者であるバウリが、子どもを人質として要求されたのである。
 そして、それを要求できる者は、バウリよりも上の人間しかいない。

「誰に……と言いたいが、もしや、国主か?」

「そうだ」

 男の答えをテムの後ろで聞いていたダイザは、顔を曇らせる。
 ドライン国主は、善政を敷いて人望を集めるのではなく、人質手法を用いて各部族を従えているようである。

「今の国主は、各部族が反旗を翻さないために人質を要求している。バウリ様の子どもは、数年前に人質に取られ、今、ロマキへ移送されている」

「それを取り返しに行くのだな?」

「そうだ」

 男は明快に答え、自らの思いに後ろめたいことがないのを誇るかのようにテムの目を見返す。

「分かった。話は信じよう。……ただ、もう1つ教えてくれ。ゴイメールは、どう関わっている?」

「ゴイメール?」

 男は、予想していなかった問いに、言葉に詰まる。

「子どもを取り戻すのは、ネオクトン単独か?」

「そうだ。ゴイメールは、関係ない」

 テムは、男の目を見て、嘘は言ってないと判断する。
しかし、街道の北には、ゴイメールの傭兵団がおり、国主の妻を囲んでいた。
 テムは、男から情報を引き出せるだけ引き出すつもりである。

「ネオクトンとゴイメールの関係はどうだ?」

「あんた、本当に何も知らないんだな?」

 それを聞いたテムは、まだ男の喉元に押し付けていた斧の刃先を少し押し込む。

「痛! わ、分かった、分かった! ゴイメールとは仲が良くない! 奴らとは、縄張り争いが絶えず、お互いに嫌っている!」

 テムは、すっと斧を引くが、まだ釈然としない思いに駆られる。
 男の言葉に嘘はない。
 だが、好き嫌いだけで動かないのが、政治や権力者の世界である。
 ゴイメールは、何の得があって動いているのか、見極めが必要である。
 テムは、男からはこれ以上有益なことは聞けないとみて、男の首筋に手刀を叩き込む。

「ぐっ!」

 男は、白目を向いて気絶し、地面に伸びてしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...