ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第37話 東の軍気2

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 街道から外れ、凍土林の中の獣道を東へ歩くこと1時間。
 北部から流れてきた川にぶつかったところで、軍気を発する一団を発見した。
 ダイザたちは、背の高い木に登って気配を殺し、その部隊が目の前を通り過ぎていくのをじっと観察する。
 騎馬に乗り、部隊を先導している者は、緋色の鎧兜を纏い、上から黒の外套を着けている。
 それに続く者たちは、皆が傭兵風の出で立ちをしており、縦に並んではいるものの、規律正しくはなく、馬に乗った者の後をぞろぞろとついて歩いている。
 それらの者の中には、古びた鎧兜を着ける者がいる一方、革の胴当てのみの者や体に鎖を巻き付けただけの者もいる。
 統一感のなさや、年齢や性別もばらばらなことから、彼らが雇われ兵であることは一目瞭然である。
 ただし、話をする者はなく、その辺りの命令は、一応守っているようである。
 ダイザは、集団の人数を数えていき、その中で魔法に長けている者がいないかを確認していく。
 だが、誰も魔法師愛用のローブを着んでおらず、また、杖を所持している者もいない。
 ただ、魔道具を装備している者は、数人いる。
 しかし、いずれの品質も低級で、ダイザたちの魔法を防げるほどの効果は期待できない。
 ダイザたちは、息を潜め、総勢23名の集団が通り過ぎるのをじっと待つ。
 オンジは、知った顔がいないかと、目を凝らして、一人一人の顔を確認していく。

(……!)

 オンジは、視線を次々と移動させ、一団の最後尾付近まで視線を動かしたとき、眉間にシワを寄せる。
 やはり、一団の中に見た顔が二人いて、オンジの懸念が当たってしまったのである。

(あの子たち……。報酬に目が眩んだか……)

 オンジが発見したのは、最近ヴァールハイトに所属した駆け出しのギルド員である。

(名前は、確かミネルとキュリティ……)

 まだ若い男女は幼馴染みで、国都周辺にある村から上京してきたばかりである。
 オンジは、ダイザとテムに手で合図を送り、二人の顔を覚えておくように頼む。

(二人から情報を取れるかもしれない。一団から離れたところを拐えればいいが……)

 オンジは、一団を全滅させることになっても、ミネルとキュリティだけは助けるつもりである。

(あの二人には、良い教訓になる)

 オンジは、ギルド員の初級講座を開いたときに、二人を含め、新人には政治的な依頼を受けるなと何度も警告しておいた。
 それが、まだ未熟な二人は、依頼がどのような意図を持ってなされたのか、見抜くことができなかったのである。 
 集団は、川沿いを北上し続け、ダイザたちから遠ざかっていく。
 集団が見えなくなったところで、ダイザたちは木から降り、周囲を警戒しながら巨木の陰に隠れる。

「オンジ。あの二人は、誰だ?」

 ダイザは、先程の少年と少女のことを聞く。

「ギルドの者たちだ」

「何だ? なら、味方か?」

「いや、違うと思う。先導していたのは、ネオクトンの騎兵だった」

 ネオクトンの族人は、緋色の鎧兜を纏い、稲と剣で意匠された紋章を胴当てに刻み込む。
 集団を先導していた者の胴当てにも、その紋章が刻まれていた。

「では、敵方についたのか?」

「いや、それも考えにくい。あの子たちは、レナール族出身で、ネオクトンとは関係がない」

「ならば、雇われ兵か……」

 ダイザは、傭兵集団がどこに向かうのか、気配を追い続けている。
 一方、丘の上の気配は、すでに離れ過ぎたため、その気配は追えていない。
 丘の上からの視線は、ダイザたちが凍土林に入ったところで途絶えたが、しばらくは気配に何の変化もみられなかった。
 今では、あれが何だったのか、知る由もない。

「あの二人は、助けてやってくれ。おそらく、何も考えずに依頼を受けたはずだからな」

「助けるのは構わない。しかし、助けたら、ヴァールハイトが疑われるのではないか?」

 あの二人が、ギルドで依頼を受けたのなら、あの二人だけが助かったら、ネオクトンからあらぬ疑いを掛けられるかもしれない。
 その場合、ヴァールハイトが襲撃を仕掛けたと糾弾されかねない。
 事実、ヴァールハイトのギルド支部長であるオンジが手を下すのである。

「それは、気にしなくてもいい。あの子たちには、依頼失敗の罰を与え、しばらく謹慎させる」

 オンジは、ギルド支部長として厳正な処分を課すつもりである。
 それでなくば、もしネオクトンから難癖をつけられたときに反論できない。
 ギルドは、政治的に中立でなければならず、どの部族にも肩入れはしない。
 もっとも、これは表向きのことであり、内実は、ギルドも政治を加味して行動する。
 オンジが、国主の妻ヤナリスを助けるのも、親レナール族側についているからである。
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