ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第36話 東の軍気1

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 見張りの順番は、特に決めない。
 なぜなら、ここは、街道の側にある岩で、近くには、人はおろか、獣の気配すらないからである。
 また、丘の上にいる者たちに休憩中であることを見せつけるためにも、三人は堂々と岩の側にある大きめの石を枕にして寝転ぶ。
 ダイザを真ん中にして、右にオンジ、左にテムが横になり、三人が川の字になって仮眠を取る。

「しかし、眩しいなぁ……」

 テムの顔には、傾いてきた西日が直接当たり、目をつぶっても、視界が暗くならない。
 テムは、仕方がないので、左腕で顔を覆い、西日を遮る。
 テムの右手は、右大腿の側に寝かせた斧の柄を掴んでおり、いつでも攻撃ができるように備えてある。

「テムさん」

「ん?」

 テムは、ダイザの呼びかけに即座に反応する。
 欠伸が出るほど眠気があり、すぐに眠るつもりで横になったが、今日は遅くに起きたため、なかなか寝入れなかったのである。

「東の方に気配が現れました。それも、多数です」

 ダイザは、新たな気配に集中しているため、目をつぶったまま話す。

「敵か?」

「ここからでは、分かりません。しかし、北へ移動しています」

 ダイザは、目を見開き、体を起こす。
 その隣では、オンジがすでに起き上がり、ダイザの言葉を待っている。

「……なら、行くか?」

 テムも、由々しき事態が進行しつつある予感に駆られ、表情を引き締め、起き上がる。

「えぇ、行きましょう。丘の上の監視より、そちらの方が気になります」

「やれやれ、次から次へと……」

 テムは、国都が近づくにつれ、厄介事が増えていくことに、ぼやく。
 ぽんぽんと、体についた草や土を払い落とし、東の方を向く。
 確かに、軍気のようなものが、北へ北へと動いているのが分かる。
 もっとも、ダイザに指摘されなければ、それと気がつかないほど、その軍気とは距離が離れている。
 テムは、ふと真顔になって、ダイザへ尋ねる。

「俺たちは、村を襲撃したリビングデッドとヒュブを調べに来たんだよな?」

「そうですよ」

「それが、なぜ国主の妻を庇うことを優先させているんだろうな?」

「国主の妻への動きが、ヒュブ絡みな気がするからですね」

「国主は、味方か?」

「そう、信じたいところです」

 ダイザは、先代国主ノールに恩義がある。
 だから、現国主ドラインも、悪く思いたくない。
 ただ、現実には、そんな甘い見通しが通用する世界ではないということも、よく分かっている。
 ダイザとしては、ヒュブが兵を集め、その兵が向かうところが気になるのである。

「まだ、どれも仮定の域を出ないんだよなぁ……。一つ一つ、調べていくしかないか……」

「えぇ。それに、今、国主の妻を死なせる訳にはいきません。国主の妻が亡くなれば、国都での活動がしにくくなります」

 国主の妻が殺害されることになれば、国都は厳戒態勢が敷かれ、余所者は、ありとあらゆるところで検問を受けかねない。
 そうなれば、得られる情報も、手に入らなくなる。
 ダイザの返答に納得して頷いたテムは、オンジに向き直る。

「オンジ殿」

「はい」

「これから向かうところにいる者たちだが……。国主の妻を襲う場合、倒してしまっても、国都では罪に問われないだろうか?」

「問われません。その場合、その者たちは賊として扱われ、例え逃げ出せても追っ手が掛かります。また、捕まれば国賊として死罪となります」

「はははっ。それを聞いて安心した。国主の妻を助けても、こちらが処罰されてはかなわんからな」

 テムは、懸念が解消したのか、明るく笑い、ダイザの肩を叩いて、にやりと笑う。

「賊なれば、大いに暴れられる。人の安眠する機会を奪った鬱憤を、奴らにぶつけてやろう」

「敵と分かってからですよ」

 ダイザは、テムの気持ちを理解するが、軽率な行動は戒めなければならない。
 ダイザは、宗主国の宗主であり、下手に手を出せば、宗主国が国都と敵対してしまう。

「俺は、無闇に手を出さん。その辺は、安心してくれ」

 テムは、ダイザの背中をばしばしと叩き、「では、行こうか」と気楽に誘う。
 ダイザは、テムの言い方が可笑しかったのか、笑みをこぼして頷く。
 オンジも、のんびりとしたテムの物言いに、ゆとりを感じ取り、気持ちに余裕が生まれる。

「全ては、調べてからですよね」

「はははっ。その通り」

 テムは、オンジに答え、凍土林の中に入る。
 その後を、ダイザとオンジが追い、三人は獣道を見つけて、街道からどんどんと外れ、東へと進んでいく。
 丘の上からの視線は、相変わらず動かない。
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