ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
371 / 492
凍雪国編第4章

第35話 仮眠場所

しおりを挟む
 オンジたちとヤナリスの交渉は、すんなりとまとまり、ガンドたちは護衛につくことになった。
 ガンドは、ヤナリスには見えないところで、「国都にある自宅で寝るのが楽しみだったのに……」とぼやいたが、ハンナやエスレートがやる気を見せたので、結局は折れて、護衛を引き受けた。
 ガンドたち三人は、最後尾の馬車に乗ることが決まった。
 ダイザとテムは、オンジとともに、三人に短い別れの挨拶を言ってから、「気をつけろよ」と用心を重ねるように注意を促しておく。
 ヤナリスは、三人が馬車に乗り込んだのを見て、御者に出発の合図を送り、ダイザたちが見送る中で、早々に北へ立ち去る。
 残されたダイザとテム、オンジは、街道の中央に立ち、遠ざかっていく馬車を見送り続ける。

「あいつらは、気づいていないんだろうなぁ……」

 テムは、これから起こることに、ややうんざりとした様子で、ダイザとオンジに話しかける。

「えぇ、そうですね。でも、知らない方が相手に悟られませんよ」

「まぁ、そうなんだが……。やれやれ……」

 テムは、僅かに肩をすくめて、ダイザに答える。
 まだ、丘の上にいる者たちが敵だと判明した訳ではない。
 しかし、ダイザとテムは、国主の妻が現れたことで、よからぬ方向に考えてしまう。

「テム殿。何のことを話しているのです?」

 オンジは、ダイザとテムの会話についていけてない。
 それを聞いたダイザとテムは、馬車が立ち去った方角からくるりと体の向きを変えて、オンジに答える。

「ダイザが、丘の上から複数の視線を感じているんだ。それが、国主の妻の登場とともに、数が減ったらしい」

「本当か?」

 テムの説明に、オンジは、ダイザへ確認する。

「あぁ、本当だ。最初は、私たちを監視しているのかと思ったが、どうも違うらしい」

「私には、そこまでの気配は分からない。しかし、もしそれがヤナリス様を狙っているなら、こうしてはいられない」

 オンジは、凍土林の向こう側へすでに行ってしまった馬車を追いかけようとする。
 それをテムが、急いで押し留め、オンジが振り返ろうとするのを遮る。

「まぁ、待て待て。今から追いかけても、追いつけん」

「しかし……」

「オンジ殿。何も、追いかけないとは言ってない。まだ、こちらも動けないんだ」

 テムは、丘の上から見えないように、胸の前で丘の上をちょいちょいと指差す。

「まだ、敵と決まった訳ではないし、俺たちが標的である可能性も否定できない」

 テムの言葉に頷いたダイザが、オンジの肩を叩く。

「オンジ。とりあえず、私たちは国都へ向かおう」

 そう言って、ダイザは、先に国都の方へ街道を歩いていく。
 テムも、それに従い、オンジは背後が気になるものの、振り返らず、ダイザとテムを追う。

「オンジ殿。今日は、野宿だよ」

 テムは歩きながら、両手を頭の後ろで組んで、朗らかに笑う。

「このまま国都へ向かうが、今日は、国都へは入らない。国主の妻が標的だった場合、襲われるのは夜だしな」

「分かりました。今夜は、徹夜ですね」

 オンジは、物分かりがよく、テムの考えを先回りする。
 オンジとて、戦場を渡り歩いてきた強者である。
 夜襲が常套手段なのは、熟知している。

「はははっ。そうなる。だから、もう少し歩いたら、休憩がてら、仮眠を取ろう」

 テムは、傾いてきた日を見上げ、あと3時間ほどは眠れると読む。
 そして、本当に眠くなってきたのか、「ふぁ~ぁ」と大きな欠伸をする。
 これから、戦いになるという緊張感は微塵も見せない。
 もちろん、ダイザとオンジも、それほど緊張していない。

「いいですね。あまり離れると、気配が分かりにくくなりますし、戻るのも大変ですしね」

 ダイザは、テムの提案に乗り気で、なかなか動きを見せない相手との我慢比べの気持ちになってきている。

「まだ、変化はないか?」

「ないですね。相変わらず、私たちを監視していますよ」

 ダイザは、背後にある丘の上を気配察知で探り続けている。

「なんだろうなぁ……。やっはり、俺たちが標的なのか?」

「さぁ? でも、敵意もないですよ」

「ただの斥候なら、敵意は示さんだろ? 本隊がどこかに潜んでいるんじゃないのか?」

「そうかもしれません。ですが、私が探れる範囲には、ほかに人の気配はありません」

 ダイザも、首を傾げる。

「おっ! あそこなんか、いいんじゃないか?」

 テムが見つけたのは、街道から少し外れたところにある大きめの岩である。
 あの岩を背後にすれば、奇襲を受ける方角を限定することができる。
 奇襲では、直接襲われなくとも、飛び道具や魔法で離れたところから攻撃を受ける可能性がある。
 眠っているときに、それをされたら致命的になる。
 テムは、ダイザとオンジの了承を取り付けて、自身が見つけた場所で休憩を取ることにする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...