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凍雪国編第4章
第32話 国都の異変1
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ディスガルド国は、短命族のレナール族が起源である。
このレナール族は、今の国都があるところに集落を築き、徐々に勢力を拡大させて国を建てた。
レナール族は、併合したり服従させたりした周辺の短命族を等しく扱い、優秀な者を登用し、国都の役人として重用している。
また、各族の長も、重要政務を取り扱う合議に参加させ、一定程度の発言力を与えている。
このうち、有力部族であるハジル、ロマキ、チヌル、ゴイメール、ネオクトンの五つの部族は、五大族と呼ばれる程の勢力を保ち、レナール族と姻戚関係を結び、国政を左右する力を持つ。
レナール族の族長である現国主ドラインは、五大族のうちのロマキ族から妻ヤナリスを迎えている。
街道を北へ急いでいたのは、そのヤナリスである。
「ダイザとテム殿は、手出しを控えて貰いたい」
「分かった」
ダイザは、即座にオンジへ返答をし、オンジから離れ、街道の脇まで退く。
「俺には、何が何だか分からんぞ?」
テムは、近づいてくるオンジへ言い、退こうとはしない。
しかし、愛用の斧は、背中の収納袋に入れる。
「先方に急な事情があるようです。私は、それを確かめたいのです」
オンジは、武器を仕舞ったテムへ感謝の目差しを送り、その横を通り過ぎて、ヤナリスが乗る馬車の前に行く。
すると、先程槍を振るって、オンジを払い除けようとした騎兵が立ち塞がる。
「それ以上、近づいてはならん」
「ザウバ。その者は敵ではありません。通しなさい」
馬車の中から、再び女性の声が聞こえる。
ザウバと呼ばれた騎兵は、手綱を引き絞って馬を後退させ、馬車の横まで下がる。
「しかし……」
「よいのです。あの者は、ヴァールハイトの支部長オンジ殿です」
ザウバは、はっと顔を上げて、馬車の窓に掛かる御簾の向こうにいる主人を見る。
「そうでしたか……。無礼を働き、申し訳ございません」
「それは、オンジ殿に言いなさい。私は、オンジ殿と少々話します。あなたは、先に行ったキベネに追いつき、このことを伝えてきなさい」
「はっ! すぐに参ります!」
ザウバは、騎上で拝礼して命を受ける。
そして、オンジに向き直り、馬上から頭を下げる。
「オンジ殿! 無礼を容赦願いたい!」
「気にしていません。任務を遂行したまで、と受け取っています」
「有り難い! それでは、失礼する!」
ザウバは、馬の尻に鞭を打ち、街道を北へ進んでいる前の馬車を追いかけていく。
ザウバが脇を駆け抜けて、遠くへ去っていく様子を見ていたテムは、ぼそりと呟く。
「俺には、何もないのか……?」
「テム殿。お気に障ったのなら、私が謝ります」
テムの呟きを聞き取ったオンジは、後ろを振り返って、頭を下げる。
「いや、気分を悪くした訳ではない。ただ、槍を向けた相手に一言あってもいいと思ったまでだ」
テムは、肩をすくめて答える。
実際、テムは、ザウバの振る舞いを何とも思っていない。
ザウバが職務を果たしたまでのことと、割り切っているし、ザウバの槍は大したものではなかった。
「こっちは、気にしなくていい。それよりも、早く話をして、何があったのか突き止めてくれ」
「ふふっ。分かりました」
オンジは、テムが怒っていないことは理解している。
ただ、ヤナリスと話す前に、テムの顔を立てておきたかったのである。
オンジは、馬車の横に行き、御簾越しに声をかける。
「ヤナリス様。何事が起きたのですか?」
すると、御簾がするすると捲り上げられ、中からヤナリスが顔を出す。
ヤナリスは、柔和でふくよかな顔をしており、中年に差し掛かった女性である。
このレナール族は、今の国都があるところに集落を築き、徐々に勢力を拡大させて国を建てた。
レナール族は、併合したり服従させたりした周辺の短命族を等しく扱い、優秀な者を登用し、国都の役人として重用している。
また、各族の長も、重要政務を取り扱う合議に参加させ、一定程度の発言力を与えている。
このうち、有力部族であるハジル、ロマキ、チヌル、ゴイメール、ネオクトンの五つの部族は、五大族と呼ばれる程の勢力を保ち、レナール族と姻戚関係を結び、国政を左右する力を持つ。
レナール族の族長である現国主ドラインは、五大族のうちのロマキ族から妻ヤナリスを迎えている。
街道を北へ急いでいたのは、そのヤナリスである。
「ダイザとテム殿は、手出しを控えて貰いたい」
「分かった」
ダイザは、即座にオンジへ返答をし、オンジから離れ、街道の脇まで退く。
「俺には、何が何だか分からんぞ?」
テムは、近づいてくるオンジへ言い、退こうとはしない。
しかし、愛用の斧は、背中の収納袋に入れる。
「先方に急な事情があるようです。私は、それを確かめたいのです」
オンジは、武器を仕舞ったテムへ感謝の目差しを送り、その横を通り過ぎて、ヤナリスが乗る馬車の前に行く。
すると、先程槍を振るって、オンジを払い除けようとした騎兵が立ち塞がる。
「それ以上、近づいてはならん」
「ザウバ。その者は敵ではありません。通しなさい」
馬車の中から、再び女性の声が聞こえる。
ザウバと呼ばれた騎兵は、手綱を引き絞って馬を後退させ、馬車の横まで下がる。
「しかし……」
「よいのです。あの者は、ヴァールハイトの支部長オンジ殿です」
ザウバは、はっと顔を上げて、馬車の窓に掛かる御簾の向こうにいる主人を見る。
「そうでしたか……。無礼を働き、申し訳ございません」
「それは、オンジ殿に言いなさい。私は、オンジ殿と少々話します。あなたは、先に行ったキベネに追いつき、このことを伝えてきなさい」
「はっ! すぐに参ります!」
ザウバは、騎上で拝礼して命を受ける。
そして、オンジに向き直り、馬上から頭を下げる。
「オンジ殿! 無礼を容赦願いたい!」
「気にしていません。任務を遂行したまで、と受け取っています」
「有り難い! それでは、失礼する!」
ザウバは、馬の尻に鞭を打ち、街道を北へ進んでいる前の馬車を追いかけていく。
ザウバが脇を駆け抜けて、遠くへ去っていく様子を見ていたテムは、ぼそりと呟く。
「俺には、何もないのか……?」
「テム殿。お気に障ったのなら、私が謝ります」
テムの呟きを聞き取ったオンジは、後ろを振り返って、頭を下げる。
「いや、気分を悪くした訳ではない。ただ、槍を向けた相手に一言あってもいいと思ったまでだ」
テムは、肩をすくめて答える。
実際、テムは、ザウバの振る舞いを何とも思っていない。
ザウバが職務を果たしたまでのことと、割り切っているし、ザウバの槍は大したものではなかった。
「こっちは、気にしなくていい。それよりも、早く話をして、何があったのか突き止めてくれ」
「ふふっ。分かりました」
オンジは、テムが怒っていないことは理解している。
ただ、ヤナリスと話す前に、テムの顔を立てておきたかったのである。
オンジは、馬車の横に行き、御簾越しに声をかける。
「ヤナリス様。何事が起きたのですか?」
すると、御簾がするすると捲り上げられ、中からヤナリスが顔を出す。
ヤナリスは、柔和でふくよかな顔をしており、中年に差し掛かった女性である。
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