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凍雪国編第4章
第25話 クスリナの覚悟
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ミショウ村では、ランジェとクスリナが目覚めてから、新たな朝を迎えている。
村の中央広場では、大工のヨルテンが凍土林から切り出してきた丸太を、家屋の木材に加工している。
村長のドルマは、ゲナンと一緒にそれらをせっせと運んでは、壊された小屋の建て替え作業を続けている。
ほかの者たちも、村の柵を修復したり、畑作業をしたり、それぞれができる範囲で村の復興に貢献している。
メラニアの家では、ランジェとクスリナがまだ養生を続けており、ホレイやナート、ニコルらの手厚い看病を受けている。
ランジェとクスリナは、襲撃者からバチアの秘薬を飲まされた。
だが、メラニアの中和薬で目覚めることができた。
先に目覚めたランジェは、事態が把握できずに、幾分情緒不安定ではあったものの、バチアの秘薬による後遺症は特にみられなかった。
一方、クスリナは、バチアの秘薬の影響が現れたのか、無意識のときに高魔力体質の魔力覚醒が起こってしまった。
クスリナは、自身で魔力が制御できない状態になり、一時は危険な状態に陥った。
しかし、モールが持ってきた練魔石のお陰で、溢れ出る魔力を吸収でき、クスリナは、魔力を安定させることができた。
ただし、クスリナは、母マルザや弟デュークが殺されるところを見ており、その記憶を思い起こしてしまった。
クスリナは、精神的ショックから錯乱して泣き叫び、やがては泣き疲れて眠ってしまうまで、それは続いた。
一夜が明けたあとでも、クスリナは心の整理が追い付かず、結局はメラニアが処方した鎮静薬を服用して、再び眠りについた。
クスリナには、しばらくは安静が必要である。
「娘は、大丈夫でしょうか?」
クスリナの側を離れずにいた父ニコルが、朝食を持ってきたメラニアに尋ねる。
「心配いらないよ。今は、混乱しているだけさね」
「いつ、落ち着きますか?」
「さぁね。家族を失った悲しみは、本人が乗り越えるしかない。いつまでとは、言えないよ」
メラニアは、クスリナの寝台の側に置いてある机に、二人分の朝食を載せる。
ニコルの方は、米粉パンと目玉焼き、野菜サラダのメニューになっており、これに黒斑牛のバターとチーズ、牛乳がついている。
一方、クスリナの方には、三分粥と野菜スープのメニューになっており、あまり噛まなくても食べられる献立となっている。
「それより、あんたの方が心配さね。付きっきりで看病するのはいいけど、しっかりと食べて休まないと、そのうちぶっ倒れてしまうよ」
「はい……」
ニコルは、娘を心配するあまり、昨日の晩ごはんを抜いてしまっている。
今でも、食欲が湧いてこないが、ニコル自身、それでは駄目だと分かっており、メラニアの忠告には素直に従うつもりである。
「クスリナは、あと少しで薬の効果が切れる。起きたら、これを食べさせておくれ」
「分かりました」
クスリナは、時折寝返りを打つものの、苦し気な様子を見せずに、よく眠っている。
ニコルは、早く元気になって欲しいという思いで、たった一人の家族となってしまった愛娘を見つめている。
「あと、これは食後に飲ませておくれ。昨日よりも弱い鎮静薬だけど、よく効くよ」
「ありがとうございます」
メラニアは、クスリナに魔力感知を行い、魔臓に蓄えられている魔力がまだ少ないことを確認して安心する。
クスリナも、昨日から食事をしておらず、魔力を生み出す栄養素が不足しているのである。
「食事を取ったら、魔力量に注意するのだよ。いつまた、魔力暴走が始まるか分からないからね」
メラニアが二人の食事を置いた机には、新たな拳大の練魔石がすでに用意されている。
これは、ホレイが持ってきた練魔石で、クスリナの魔力覚醒を知ったホレイが急拵えで作成した練魔石である。
「何かあったら、呼んでおくれ」
「はい」
ニコルは、感謝の眼差しをメラニアに送り、言葉少な目に答える。
メラニアは、クスリナの様子をもう一度観察したあと、部屋を出ていく。
昼時になり、ニコルが用を足しに行っている間に、クスリナが目を覚ます。
その目は、天井をただぼんやりと眺めている。
だが、始めは虚ろであった目は、次第に焦点が結ばれていき、力が込められていく。
(私……。生き残ったのね……)
クスリナは、襲撃者に拐われてからのことを冷静に思い起こす。
途中、母と弟が殺された場面では、辛く苦しそうに顔を歪め、荒い呼吸を繰り返す。
しかし、意思の力でそれを抑え込む。
そして、襲撃者が発した名前を胸に刻み込んでいく。
(セルノ、ベド、エテン、ナジキ、キガメラ、ワジィ……。全部で6人……)
クスリナは、バチアの秘薬を飲まされ、意識が朦朧となる中でも、襲撃者たちの会話に耳を傾け、それらの言葉を覚えていた。
(それに……。ゼノス教……、ドレイファス……、リビングデッド……)
クスリナにとっては、ゼノス教やドレイファス、リビングデッドは、何のことか分からない。
ただ、それらは、家族を奪った悪い奴らであることだけは確信できる。
(もう……泣くのは嫌。私は、強くなる……)
クスリナは、上半身を起こし、両拳を握り締めて、歯を食い縛る。
(もう……辛い思いは十分。私は、力を手に入れた……)
クスリナは、己の魔臓が以前よりも力強く魔力を生み出し、魔臓がありえないほど大きく広かっているのを感じる。
また、前よりも魔力が格段に濃くなり、魔力の質が上がっていることが分かる。
(これなら、あいつらに負けない……。あいつらは、母と弟を殺した……)
クスリナの目には、凜然とした殺意が宿り始めており、魔力が全身を駆け巡り始める。
(あいつらを、絶対に許さない!)
村の中央広場では、大工のヨルテンが凍土林から切り出してきた丸太を、家屋の木材に加工している。
村長のドルマは、ゲナンと一緒にそれらをせっせと運んでは、壊された小屋の建て替え作業を続けている。
ほかの者たちも、村の柵を修復したり、畑作業をしたり、それぞれができる範囲で村の復興に貢献している。
メラニアの家では、ランジェとクスリナがまだ養生を続けており、ホレイやナート、ニコルらの手厚い看病を受けている。
ランジェとクスリナは、襲撃者からバチアの秘薬を飲まされた。
だが、メラニアの中和薬で目覚めることができた。
先に目覚めたランジェは、事態が把握できずに、幾分情緒不安定ではあったものの、バチアの秘薬による後遺症は特にみられなかった。
一方、クスリナは、バチアの秘薬の影響が現れたのか、無意識のときに高魔力体質の魔力覚醒が起こってしまった。
クスリナは、自身で魔力が制御できない状態になり、一時は危険な状態に陥った。
しかし、モールが持ってきた練魔石のお陰で、溢れ出る魔力を吸収でき、クスリナは、魔力を安定させることができた。
ただし、クスリナは、母マルザや弟デュークが殺されるところを見ており、その記憶を思い起こしてしまった。
クスリナは、精神的ショックから錯乱して泣き叫び、やがては泣き疲れて眠ってしまうまで、それは続いた。
一夜が明けたあとでも、クスリナは心の整理が追い付かず、結局はメラニアが処方した鎮静薬を服用して、再び眠りについた。
クスリナには、しばらくは安静が必要である。
「娘は、大丈夫でしょうか?」
クスリナの側を離れずにいた父ニコルが、朝食を持ってきたメラニアに尋ねる。
「心配いらないよ。今は、混乱しているだけさね」
「いつ、落ち着きますか?」
「さぁね。家族を失った悲しみは、本人が乗り越えるしかない。いつまでとは、言えないよ」
メラニアは、クスリナの寝台の側に置いてある机に、二人分の朝食を載せる。
ニコルの方は、米粉パンと目玉焼き、野菜サラダのメニューになっており、これに黒斑牛のバターとチーズ、牛乳がついている。
一方、クスリナの方には、三分粥と野菜スープのメニューになっており、あまり噛まなくても食べられる献立となっている。
「それより、あんたの方が心配さね。付きっきりで看病するのはいいけど、しっかりと食べて休まないと、そのうちぶっ倒れてしまうよ」
「はい……」
ニコルは、娘を心配するあまり、昨日の晩ごはんを抜いてしまっている。
今でも、食欲が湧いてこないが、ニコル自身、それでは駄目だと分かっており、メラニアの忠告には素直に従うつもりである。
「クスリナは、あと少しで薬の効果が切れる。起きたら、これを食べさせておくれ」
「分かりました」
クスリナは、時折寝返りを打つものの、苦し気な様子を見せずに、よく眠っている。
ニコルは、早く元気になって欲しいという思いで、たった一人の家族となってしまった愛娘を見つめている。
「あと、これは食後に飲ませておくれ。昨日よりも弱い鎮静薬だけど、よく効くよ」
「ありがとうございます」
メラニアは、クスリナに魔力感知を行い、魔臓に蓄えられている魔力がまだ少ないことを確認して安心する。
クスリナも、昨日から食事をしておらず、魔力を生み出す栄養素が不足しているのである。
「食事を取ったら、魔力量に注意するのだよ。いつまた、魔力暴走が始まるか分からないからね」
メラニアが二人の食事を置いた机には、新たな拳大の練魔石がすでに用意されている。
これは、ホレイが持ってきた練魔石で、クスリナの魔力覚醒を知ったホレイが急拵えで作成した練魔石である。
「何かあったら、呼んでおくれ」
「はい」
ニコルは、感謝の眼差しをメラニアに送り、言葉少な目に答える。
メラニアは、クスリナの様子をもう一度観察したあと、部屋を出ていく。
昼時になり、ニコルが用を足しに行っている間に、クスリナが目を覚ます。
その目は、天井をただぼんやりと眺めている。
だが、始めは虚ろであった目は、次第に焦点が結ばれていき、力が込められていく。
(私……。生き残ったのね……)
クスリナは、襲撃者に拐われてからのことを冷静に思い起こす。
途中、母と弟が殺された場面では、辛く苦しそうに顔を歪め、荒い呼吸を繰り返す。
しかし、意思の力でそれを抑え込む。
そして、襲撃者が発した名前を胸に刻み込んでいく。
(セルノ、ベド、エテン、ナジキ、キガメラ、ワジィ……。全部で6人……)
クスリナは、バチアの秘薬を飲まされ、意識が朦朧となる中でも、襲撃者たちの会話に耳を傾け、それらの言葉を覚えていた。
(それに……。ゼノス教……、ドレイファス……、リビングデッド……)
クスリナにとっては、ゼノス教やドレイファス、リビングデッドは、何のことか分からない。
ただ、それらは、家族を奪った悪い奴らであることだけは確信できる。
(もう……泣くのは嫌。私は、強くなる……)
クスリナは、上半身を起こし、両拳を握り締めて、歯を食い縛る。
(もう……辛い思いは十分。私は、力を手に入れた……)
クスリナは、己の魔臓が以前よりも力強く魔力を生み出し、魔臓がありえないほど大きく広かっているのを感じる。
また、前よりも魔力が格段に濃くなり、魔力の質が上がっていることが分かる。
(これなら、あいつらに負けない……。あいつらは、母と弟を殺した……)
クスリナの目には、凜然とした殺意が宿り始めており、魔力が全身を駆け巡り始める。
(あいつらを、絶対に許さない!)
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