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凍雪国編第4章
第19話 月照の幼女1
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テムは、背後に立つ人物の気配や魔力を探る。
しかし、背後からは、気配も魔力も、全く感じない。
(何だ……? こんな奴は、初めてだぞ)
首筋に当てられた剣には、力強さは感じない。
だが、無闇に動けば、背後の人物が言うように、簡単に首が切り離されてしまう剣気を剣先から感じる。
「俺は、テムという旅の者だ」
「ほぅ……」
その声は、やはり幼い子どもの声である。
ただ、背後の人物は、素直に名乗ったテムに感心を示す。
テムの言葉に、偽りを感じなかったからである。
「俺たちは、向こうの湖で野営をしていた。だが、こちらからおかしな気配を感じた。それで、調べに来ただけだ」
「……」
背後の人物は、何も言わず、剣の腹でとんっとテムの首を押し、その先を促す。
「俺たちに敵意はない。この剣を下げてくれんか?」
「よかろう……」
背後の人物は、あっさりとテムの願いを聞き入れ、剣をテムの首から離す。
テムは、多少緊張感を緩めて、後ろを振り向こうとする。
「まだ、動いてはならぬ。こちらを見てもならぬ」
シャッと剣が鞘に仕舞われる音がする。
背後の人物は、一歩踏み出し、テムの背中を人差し指で突く。
「!」
テムは、一瞬で行動の自由を奪われ、体を硬直させる。
呼吸をすることはできるが、首から下が動かない。
背後の人物は、オンジの背中も、同じように人差し指でつんっと一突きする。
「くっ……!」
オンジも、首から下の自由を奪われる。
(これは、一指禅……!)
オンジは、東方大陸の武芸である一指禅をかつて受けたことがある。
そのときは、師事した師範から武芸百般の一つとして紹介された程度であった。
しかも、師範は、完全に一指禅を会得しておらず、中途半端な効果しかなかった。
今受けた一指禅は、完璧にオンジの自由を奪っており、背後の人物が相当に武芸に秀でた人物であることが分かる。
「息はできるようにしておいた。問答ができねば、困るからの」
「な、何をした……!」
テムが、首だけでも無理に振り向こうとするが、大して首は回らない。
せいぜい、隣のオンジも同じ状態になっていることが確認できるぐらいである。
「秘孔を突かせてもらった。わらわの姿を見られるわけにはいかぬからな」
「や、やはり……!」
オンジは、秘孔という言葉で、背後の人物が一指禅を使ったことを確信する。
「ほぅ……。お主は、この技の正体を知っておるのか?」
「いっ……、一指禅……!」
「うむ、正解じゃ。お主は、博識じゃの」
テムは、二人の問答を聞いても、さっぱり訳が分からない。
ただ、分かることは、これは魔法ではなく、純粋な打撃技の一つであるということぐらいである。
「さて……。お主らが、この近くで野営をしておる者たちであることは信じよう。何かを感じて、ここまで来たこともな」
「な、ならば……、なぜ、こんなことをする!?」
テムは、理不尽な扱いを受けて、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「こちらの都合じゃ。お主らには、酷かも知れぬが、勘弁せい」
背後の人物は、テムの抗議を意に介さず、淡々と答えるのみである。
「ど、どうするつもりだ……?」
しゃべりにくいテムの第一声は、どうしても、どもってしまう。
「少し問いたい」
穏やかではあるが、その声には、有無を言わさぬ威厳が込められている。
相変わらず幼子の声ではあるが、使う言葉は古めかしい。
「何をだ?」
「お主らは、英清水というものを知っておるか?」
「え、英清水?」
テムは、何のことか分からず、隣のオンジを横目で見る。
そのオンジは、背後の人物とテムの会話に注視し続け、無言を貫く。
「……そうか。知らぬか……」
背後の人物は、些か落胆したような声を出す。
「そ、それは、何だ?」
「知らぬのなら、興味を持つでない。お主らには、縁のないものじゃ」
テムは、そっけなくあしらわれる。
だが、テムは、背後の人物の正体を掴もうと、なおも言葉を続ける。
「わ、分からんぞ。く、詳しく教えてくれれば、や、役に立つ情報を与えられるかもしれん」
「ふむ……。それもそうか……。この辺りには、ほかに聞く奴もおらぬしな……」
テムは、相手に一考の余地を与えたことを確信し、続きを話す。
「さ、探し物か? み、水なのか?」
「水は水だが、森の英気が宿る水だ。お主らは、聞いたことがないか?」
テムは、そのことを聞いて、頭の片隅でそれらしいものに思い当たる。
(そういえば……)
テムは、飛竜に乗ってミショウ村に帰郷したあと、モールから疲労回復のために、栄養ドリンクを飲まして貰っている。
テムは、そのときのモールとの会話を思い起こす。
(確か……。モール爺は、森のエキス入りとか何とか言ってなかったか?)
しかし、背後からは、気配も魔力も、全く感じない。
(何だ……? こんな奴は、初めてだぞ)
首筋に当てられた剣には、力強さは感じない。
だが、無闇に動けば、背後の人物が言うように、簡単に首が切り離されてしまう剣気を剣先から感じる。
「俺は、テムという旅の者だ」
「ほぅ……」
その声は、やはり幼い子どもの声である。
ただ、背後の人物は、素直に名乗ったテムに感心を示す。
テムの言葉に、偽りを感じなかったからである。
「俺たちは、向こうの湖で野営をしていた。だが、こちらからおかしな気配を感じた。それで、調べに来ただけだ」
「……」
背後の人物は、何も言わず、剣の腹でとんっとテムの首を押し、その先を促す。
「俺たちに敵意はない。この剣を下げてくれんか?」
「よかろう……」
背後の人物は、あっさりとテムの願いを聞き入れ、剣をテムの首から離す。
テムは、多少緊張感を緩めて、後ろを振り向こうとする。
「まだ、動いてはならぬ。こちらを見てもならぬ」
シャッと剣が鞘に仕舞われる音がする。
背後の人物は、一歩踏み出し、テムの背中を人差し指で突く。
「!」
テムは、一瞬で行動の自由を奪われ、体を硬直させる。
呼吸をすることはできるが、首から下が動かない。
背後の人物は、オンジの背中も、同じように人差し指でつんっと一突きする。
「くっ……!」
オンジも、首から下の自由を奪われる。
(これは、一指禅……!)
オンジは、東方大陸の武芸である一指禅をかつて受けたことがある。
そのときは、師事した師範から武芸百般の一つとして紹介された程度であった。
しかも、師範は、完全に一指禅を会得しておらず、中途半端な効果しかなかった。
今受けた一指禅は、完璧にオンジの自由を奪っており、背後の人物が相当に武芸に秀でた人物であることが分かる。
「息はできるようにしておいた。問答ができねば、困るからの」
「な、何をした……!」
テムが、首だけでも無理に振り向こうとするが、大して首は回らない。
せいぜい、隣のオンジも同じ状態になっていることが確認できるぐらいである。
「秘孔を突かせてもらった。わらわの姿を見られるわけにはいかぬからな」
「や、やはり……!」
オンジは、秘孔という言葉で、背後の人物が一指禅を使ったことを確信する。
「ほぅ……。お主は、この技の正体を知っておるのか?」
「いっ……、一指禅……!」
「うむ、正解じゃ。お主は、博識じゃの」
テムは、二人の問答を聞いても、さっぱり訳が分からない。
ただ、分かることは、これは魔法ではなく、純粋な打撃技の一つであるということぐらいである。
「さて……。お主らが、この近くで野営をしておる者たちであることは信じよう。何かを感じて、ここまで来たこともな」
「な、ならば……、なぜ、こんなことをする!?」
テムは、理不尽な扱いを受けて、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「こちらの都合じゃ。お主らには、酷かも知れぬが、勘弁せい」
背後の人物は、テムの抗議を意に介さず、淡々と答えるのみである。
「ど、どうするつもりだ……?」
しゃべりにくいテムの第一声は、どうしても、どもってしまう。
「少し問いたい」
穏やかではあるが、その声には、有無を言わさぬ威厳が込められている。
相変わらず幼子の声ではあるが、使う言葉は古めかしい。
「何をだ?」
「お主らは、英清水というものを知っておるか?」
「え、英清水?」
テムは、何のことか分からず、隣のオンジを横目で見る。
そのオンジは、背後の人物とテムの会話に注視し続け、無言を貫く。
「……そうか。知らぬか……」
背後の人物は、些か落胆したような声を出す。
「そ、それは、何だ?」
「知らぬのなら、興味を持つでない。お主らには、縁のないものじゃ」
テムは、そっけなくあしらわれる。
だが、テムは、背後の人物の正体を掴もうと、なおも言葉を続ける。
「わ、分からんぞ。く、詳しく教えてくれれば、や、役に立つ情報を与えられるかもしれん」
「ふむ……。それもそうか……。この辺りには、ほかに聞く奴もおらぬしな……」
テムは、相手に一考の余地を与えたことを確信し、続きを話す。
「さ、探し物か? み、水なのか?」
「水は水だが、森の英気が宿る水だ。お主らは、聞いたことがないか?」
テムは、そのことを聞いて、頭の片隅でそれらしいものに思い当たる。
(そういえば……)
テムは、飛竜に乗ってミショウ村に帰郷したあと、モールから疲労回復のために、栄養ドリンクを飲まして貰っている。
テムは、そのときのモールとの会話を思い起こす。
(確か……。モール爺は、森のエキス入りとか何とか言ってなかったか?)
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