ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第9話 ランジェの鎮静と快復

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 ランジェは、時折発作のごとく雄叫びを上げる。
 ランジェの意識は、まだ混濁しており、無意識のうちに手足をばたつかせている。
 そして、何度目かの雄叫びを上げたのちに、瞳孔が狭まり、目に焦点が結ばれていく。

「あぁぁぁっ!」

「大丈夫……、大丈夫……」

 メラニアは、ランジェの体を優しく抱き締め、背中を擦ってランジェの不安を和らげる。
 ランジェは、荒い呼吸を繰り返すも、手足を強ばらせていた力みを緩め、少しずつ周りの状況を認識し始める。
 ランジェからは、獣のような雄叫びが止まる。
 そして、喉の奥から、かすれた声が絞り出てきて、メラニアへ疑問を投げかける。

「こ……、ここは……? メ、メラニアさん?」

「ここは、あたしの家さね。ランジェを治療するために、ここへ連れてきたんだよ」

 メラニアは、ランジェを抱き締めるのを止め、ランジェに部屋の中を見せる。
 あちこちの棚に、薬瓶や薬の原料が置かれ、机には、調剤道具が乱雑に置かれている。
 また、戸棚には、古めかしい書物が並び、貴重な魔道具も仕舞ってある。

「私……、助かったの?」

「そうさね。だから、もう大丈夫だよ」

「うっ……、ううっ!」

 ランジェは、ようやく安心したと見え、それまで押し込めていた感情が、涙とともにせきを切って流れ出す。
 ランジェは、誘拐したセルノに対し、目一杯の抵抗をした。
 けれども、闇魔法で自由を奪われ、薬を無理矢理に飲まされてしまった。
 それからは、意識が遠退き、夢うつつの世界で、押し寄せる闇に独りであらがい続けるしかなかった。
 ランジェは、突然現実世界に生還したことで、恐怖や嫌悪、不安などの負の感情から解放され、安堵や喜び、驚きなどの感情が一気に噴き出してしまったのである。
 ランジェは、激しく泣きじゃくり、メラニアにしがみつく。

「良い子だね。よく頑張ったよ。もう大丈夫だからね……」

 メラニアは、ランジェを優しく包み込むように再び抱き寄せ、ランジェの気が済むまで、泣かせてやる。
 一方で、ランジェの様子をつぶさに観察し、バチアの秘薬による後遺症が出ていないかを調べる。

(感情の乱れがあるということは、記憶には問題はなさそうだね。泣けるし、しゃべれるし、体にも不具合はなさそうだね)

 メラニアは、ランジェの涙を手拭いで拭いてやり、嗚咽おえつが落ち着きを見せ始めたところで、再び英精水を飲ませてやる。
 ランジェは、セルノにバチアの秘薬を飲まされた記憶を思い起こし、一瞬おびえた表情を見せる。
 だが、メラニアの慈愛に満ちた目に見つめられ、勇気を振り絞って恐怖や不安を押し退け、差し出された薬を飲み干す。

「に、苦い……」

 ランジェは、顔をくしゃくしゃにして、舌が痺れるほどの苦味に耐える。
 フレイが作り出した英精水は、純度が高いため特にその苦味が強い。
 まるで渋皮を煮出して、長い年月を掛けて濃縮させたような味である。
 しかし、その効果は絶大で、ランジェの乱れた感情は、徐々に落ち着きを取り戻し、衰えていた体力も戻ってくる。

「す、すごい……」

 ランジェは、体に起きた変化を目の当たりにして、薬の苦味が尊いものに思えてくる。

「ふふふっ。良薬口に苦しさね」

 メラニアは、ランジェの快復を見て、ほっとしたように笑う。
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