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凍雪国編第3章
第110話 モールの頼み1
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ドルマは、ヨルテンが急造した簡易食堂で、ブーキたち飛竜隊をもてなす。
ブーキたちは、ダイザたちを連れ戻すというドルマの命を首尾よく果たしてくれた。
そのため、ヒュレイは腕によりをかけて料理を作り、さまざまな品を食卓に並べたのである。
ブーキたちは空腹であったこともあり、それらの料理を心から堪能し、ドルマやヒュレイに何度も礼を述べ、一時の安らいだ時間を楽しむ。
その頃、ブーキたち飛竜隊とともに来たギルド員は、モールのあばら家へ戻り、自分たちで手作りした料理を食し、食後の休憩を取っている。
「明日の朝には、戻るのか……」
ガンドは、憧れていたミショウ村の集落をセキガ山の中腹から名残惜しそうに見下ろし、隣に立つハンナやエスレートに呟く。
一足先に食事を終えた三人は、夕涼みを兼ねてモールの庭の端に立ち、麓に広がるミショウ村の家々を眺めているのである。
「そうですね。思ったよりも、早くに帰ることになりましたね」
エスレートは、ガンドの呟きに答え、静かに聞いていたハンナも、うんうんと首を縦に振っている。
「そうだよなぁ……。俺は、1週間ぐらい滞在するつもりでいたが、僅か3日とは、短すぎだよな……」
「ふふふっ。ガンドは、観光がしたかったんだよね?」
ハンナは、嘆くガンドを楽しそうに笑う。
「当たり前だろ。滅多に来れないところだぞ。土産話も兼ねて、あちこちを見て回りたい」
「魔獣に襲われるだけよ。私たちじゃ、命を落としかねないわ」
「そうですよ。遊びに来たわけではないんですから……」
ガンドは、子どもの頃の夢を叶えて、有頂天のような気持ちになっていた。
だが、現実的な意見を二人から突きつけられて、ぐっと言葉に詰まる。
「……そうは言うがな……」
「はいはい。未練たらしいことは、それ以上言わない。私たちは任務で来て、仕事が終わったから帰る。それで、いいじゃない」
ガンドは、年下のハンナに窘められて、面白くないのか、そっぽを向く。
「しかし……。ここの瘴気は、本当に濃いですね……」
拗ねたガンドに見切りをつけたエスレートが、周りの空気を忌々しげに見つめる。
エスレートの魔力量では、魔力増幅薬を服用していなければ、1時間と持たずに、魔臓を傷つけられ、致命傷を負いそうである。
「私も、そう思う。ここは、想像を絶しているよね」
ハンナも、生まれて初めて、これほどの濃い瘴気に当てられ、魔臓が今にも悲鳴を上げそうである。
今日ですでに、3本目の魔力増幅薬の薬瓶を飲み干し終えている。
「あの村の人たちは、よく平気で暮らしていられますよね。流石に宗主家の方々というわけですね」
エスレートも、ガンドとハンナ同様に、サイバジ族の出身である。
そのため、ミショウ村の人々を敬っており、ヤグラムに連なる宗主家を崇めている。
「そうよね。私じゃ、薬があっても長居はできないわ。もはや、別次元の人たちよね」
「僕も、そう思います。ロシュフォールの皇族は、僕たちとは生きる世界が違いますよね」
エスレートは、ロシュフォール皇家の血を引く人々が、どれほど自分たちとはかけ離れた存在であるかということを改めて思い知る。
それは、ハンナとガンドも、同じ思いであり、だからこそ、ミショウ村の人々に、自然と敬う気持ちを抱いてしまうのである。
「フェンリルもいるしな……」
ガンドは、後ろのセキガ山の山頂方向を振り返り、神獣が住まう山を仰ぎ見る。
「あれ? 拗ねていたんじゃないの?」
「拗ねとらんわい。感傷に浸っていただけだ」
ガンドは、からかうように言ったハンナに、怒り気味に言い返す。
「案外、繊細だよね」
「それが、ガンドの良いところですよ」
ハンナは、隣のエスレートに同意を求め、エスレートも、楽しそうに笑いながらハンナに応じる。
ガンドは、二人の会話を聞き、面白くなさそうに、ふんっと鼻息を荒くし、腕を組んで仁王立ちになる。
「ここは、神話の中の世界だと言いたかっただけだ。俺の憧れていた島だ。馬鹿にするな」
「ふふふっ。誰も、馬鹿になんかしていないわよ。ねぇ?」
「そうですね。少年のような目をするガンドが、珍しかっただけですよ」
「ふんっ」
ガンドは、あくまでも子どものように諭してくる二人に、臍を曲げる。
そんなガンドを見て、ハンナとエスレートは、楽しそうに笑い合う。
「なんじゃ? あやつらは……」
モールは、縁側に腰を下ろし、庭の端の方で言い合っている三人を不思議そうに見やる。
モールの隣では、オンジとメリングが春先の涼しい風を楽しんでいる。
「ギルド期待の若手です」
オンジは、ミショウ村に来たことが嬉しくて、はしゃぎ合う三人を微笑ましそうに見つめる。
「見てくれよりも、皆、まだ子どもじゃの。気配察知すら、しとらんわい」
モールは、襲撃後から全方位に意識を飛ばし、島に異変が生じていないかどうか、常に魔力の流れや気配を探知し続けている。
しかし、長閑に観光気分に浸っているガンドたちは、すでに緊張感を薄れさせている。
ブーキたちは、ダイザたちを連れ戻すというドルマの命を首尾よく果たしてくれた。
そのため、ヒュレイは腕によりをかけて料理を作り、さまざまな品を食卓に並べたのである。
ブーキたちは空腹であったこともあり、それらの料理を心から堪能し、ドルマやヒュレイに何度も礼を述べ、一時の安らいだ時間を楽しむ。
その頃、ブーキたち飛竜隊とともに来たギルド員は、モールのあばら家へ戻り、自分たちで手作りした料理を食し、食後の休憩を取っている。
「明日の朝には、戻るのか……」
ガンドは、憧れていたミショウ村の集落をセキガ山の中腹から名残惜しそうに見下ろし、隣に立つハンナやエスレートに呟く。
一足先に食事を終えた三人は、夕涼みを兼ねてモールの庭の端に立ち、麓に広がるミショウ村の家々を眺めているのである。
「そうですね。思ったよりも、早くに帰ることになりましたね」
エスレートは、ガンドの呟きに答え、静かに聞いていたハンナも、うんうんと首を縦に振っている。
「そうだよなぁ……。俺は、1週間ぐらい滞在するつもりでいたが、僅か3日とは、短すぎだよな……」
「ふふふっ。ガンドは、観光がしたかったんだよね?」
ハンナは、嘆くガンドを楽しそうに笑う。
「当たり前だろ。滅多に来れないところだぞ。土産話も兼ねて、あちこちを見て回りたい」
「魔獣に襲われるだけよ。私たちじゃ、命を落としかねないわ」
「そうですよ。遊びに来たわけではないんですから……」
ガンドは、子どもの頃の夢を叶えて、有頂天のような気持ちになっていた。
だが、現実的な意見を二人から突きつけられて、ぐっと言葉に詰まる。
「……そうは言うがな……」
「はいはい。未練たらしいことは、それ以上言わない。私たちは任務で来て、仕事が終わったから帰る。それで、いいじゃない」
ガンドは、年下のハンナに窘められて、面白くないのか、そっぽを向く。
「しかし……。ここの瘴気は、本当に濃いですね……」
拗ねたガンドに見切りをつけたエスレートが、周りの空気を忌々しげに見つめる。
エスレートの魔力量では、魔力増幅薬を服用していなければ、1時間と持たずに、魔臓を傷つけられ、致命傷を負いそうである。
「私も、そう思う。ここは、想像を絶しているよね」
ハンナも、生まれて初めて、これほどの濃い瘴気に当てられ、魔臓が今にも悲鳴を上げそうである。
今日ですでに、3本目の魔力増幅薬の薬瓶を飲み干し終えている。
「あの村の人たちは、よく平気で暮らしていられますよね。流石に宗主家の方々というわけですね」
エスレートも、ガンドとハンナ同様に、サイバジ族の出身である。
そのため、ミショウ村の人々を敬っており、ヤグラムに連なる宗主家を崇めている。
「そうよね。私じゃ、薬があっても長居はできないわ。もはや、別次元の人たちよね」
「僕も、そう思います。ロシュフォールの皇族は、僕たちとは生きる世界が違いますよね」
エスレートは、ロシュフォール皇家の血を引く人々が、どれほど自分たちとはかけ離れた存在であるかということを改めて思い知る。
それは、ハンナとガンドも、同じ思いであり、だからこそ、ミショウ村の人々に、自然と敬う気持ちを抱いてしまうのである。
「フェンリルもいるしな……」
ガンドは、後ろのセキガ山の山頂方向を振り返り、神獣が住まう山を仰ぎ見る。
「あれ? 拗ねていたんじゃないの?」
「拗ねとらんわい。感傷に浸っていただけだ」
ガンドは、からかうように言ったハンナに、怒り気味に言い返す。
「案外、繊細だよね」
「それが、ガンドの良いところですよ」
ハンナは、隣のエスレートに同意を求め、エスレートも、楽しそうに笑いながらハンナに応じる。
ガンドは、二人の会話を聞き、面白くなさそうに、ふんっと鼻息を荒くし、腕を組んで仁王立ちになる。
「ここは、神話の中の世界だと言いたかっただけだ。俺の憧れていた島だ。馬鹿にするな」
「ふふふっ。誰も、馬鹿になんかしていないわよ。ねぇ?」
「そうですね。少年のような目をするガンドが、珍しかっただけですよ」
「ふんっ」
ガンドは、あくまでも子どものように諭してくる二人に、臍を曲げる。
そんなガンドを見て、ハンナとエスレートは、楽しそうに笑い合う。
「なんじゃ? あやつらは……」
モールは、縁側に腰を下ろし、庭の端の方で言い合っている三人を不思議そうに見やる。
モールの隣では、オンジとメリングが春先の涼しい風を楽しんでいる。
「ギルド期待の若手です」
オンジは、ミショウ村に来たことが嬉しくて、はしゃぎ合う三人を微笑ましそうに見つめる。
「見てくれよりも、皆、まだ子どもじゃの。気配察知すら、しとらんわい」
モールは、襲撃後から全方位に意識を飛ばし、島に異変が生じていないかどうか、常に魔力の流れや気配を探知し続けている。
しかし、長閑に観光気分に浸っているガンドたちは、すでに緊張感を薄れさせている。
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