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凍雪国編第3章
第82話 リターナの葛藤3
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「お姫さんは、侍女に同じものを与えるべきではなく、立場を超える考えを持たせるべきではなかった」
国家に身分の上下がある場合、これは明確に区別しなければならないもので、不可侵のものである。
これを、親密な関係だからといって、軽々と超えさせてしまっては、封建制そのものが成り立たなくなってしまう。
「お姫さんは、姫という立場が絶対のものであると過信してしまった。しかし、現実は、どこにでも下剋上はあり、臣下が主君を害するということが起きている」
「あたしにも、気をつけろと……?」
「いや、そうじゃない。クウザミ族に身分の上下はない。だから、お姫さんの場合と比べる必要はなく、下剋上についても心配しなくていい。ただ……」
テムが、少し言い淀む。
「ただ?」
「何でも話せる仲は、得難いものだ。だが、同じ立場にはなれない。そのことを知っておいて貰いたい」
テムは、親切心から、リターナへ忠告する。
「分かった。肝に命じておくよ。もっとも、あたしには、何でも話せる人間はいないがね」
リターナは、寂しそうに笑う。
「そうなのか? 獣装兵と仲良くしているじゃないか」
「はははっ。確かにね。でも、あたしは、孤独だよ。トセンの長になってからというもの、気が抜けない毎日を過ごしているんだ」
「どうしてだ?」
「なんでだろうね……。別に、命を狙われている訳でもないのにね」
リターナは、ふと心の弱さが出たのか、一粒の涙をほろりと落とす。
しかし、すぐに頬を擦り上げ、その跡を消し、恥ずかし気な笑みを浮かべる。
「良かったら、話してくれないか? 聞き役になるぐらいはできるぞ」
テムは、優しい声音で、諭すように言う。
「はははっ。恥ずかしい話さ。あたしは、孤児で身寄りがいない。唯一、家族と呼べるのは、ルイビス師匠だけさ」
リターナの両親は、幼いときに流行り病で病死している。
リターナには、兄弟がなく、親戚もいない。
また、クウザミ族は、ミショウ村ほど皆が近しい関係ではなく、割りと家族単位が確立している。
そのため、リターナにとっての家族とは、幼少時に引き取ってくれたルイビスだけである。
勿論、ルイビスの家族は、リターナと義理の家族に当たるが、血の繋がりがないため、心のどこかで遠慮し、距離を置いてしまっている。
「……辛い思いをたくさんしたな」
「そう……だね」
リターナは、久し振りに素直に頷くことができた。
リターナの感覚では、テムは、亡き父のような包容力があり、そばにいるだけで安心感が得られる。
「人は、全てを一人で抱え込むことはできない。辛いときは、周りに少し頼り、余裕があるときは、少し力を貸す。そうして、己の心と人との調和を守り、前に進んでいくんだ」
「はい……」
リターナは、心の安らぎを感じながら、小さく頷く。
遠くにアロンたちやロルたちがいなければ、このまま泣いてしまいそうである。
リターナは、己の矜持を保つため、涙を流すことなく、ぐっと堪える。
「長としての重圧は、よく分かる。だから、たまには、そこから解放できる人や場所を見つけなければならない。これが、長続きの秘訣だな」
テムは、リターナの鬱屈を見抜いており、上手に気分転換を図らないと心が押し潰されてしまうのではないかと危惧する。
「もし、耐えきれないのであれば、一度長という立場から離れてみるといい。それに、リターナ殿の先程の例え話ではないが、獣装兵と魔嶽鋒、今まで見えなかった景色が見えるようになるかもしれない」
「……国都へ行けば、良いのでしょうか?」
「別に、国都でなくともいい。長期でなくともいい。少しの休息を取れる場所であれば、それでいい」
「はい……」
「それと、心の内をさらけ出せる相手を見つけることだ。ただし、その者は、クウザミ族の者ではなく、別の部族の者で、立場を気にせず付き合える者がいい」
「そんな人がいるでしょうか?」
「はははっ。いなければ、俺でもいいし、バージでもいい。俺なら、話ぐらいは聞いてやれる。バージとなら、いつもの口調で会話できる」
「あっ……」
リターナは、テムに指摘されてみて、初めて敬語を使い、話していたことに気がつく。
「はははっ。俺との会話は、おそらくそうなる。だから、バージの方が適任だな。それに、バージとは、喧嘩もできるんだろう?」
「それは……、そうだね」
リターナは、口調を元に戻し、テムに頷く。
テムと話したあとのリターナの心は、幾分軽くなり、気疲れも減っている。
そんなリターナを、テムは、優しく見つめ、陽気に笑い出す。
国家に身分の上下がある場合、これは明確に区別しなければならないもので、不可侵のものである。
これを、親密な関係だからといって、軽々と超えさせてしまっては、封建制そのものが成り立たなくなってしまう。
「お姫さんは、姫という立場が絶対のものであると過信してしまった。しかし、現実は、どこにでも下剋上はあり、臣下が主君を害するということが起きている」
「あたしにも、気をつけろと……?」
「いや、そうじゃない。クウザミ族に身分の上下はない。だから、お姫さんの場合と比べる必要はなく、下剋上についても心配しなくていい。ただ……」
テムが、少し言い淀む。
「ただ?」
「何でも話せる仲は、得難いものだ。だが、同じ立場にはなれない。そのことを知っておいて貰いたい」
テムは、親切心から、リターナへ忠告する。
「分かった。肝に命じておくよ。もっとも、あたしには、何でも話せる人間はいないがね」
リターナは、寂しそうに笑う。
「そうなのか? 獣装兵と仲良くしているじゃないか」
「はははっ。確かにね。でも、あたしは、孤独だよ。トセンの長になってからというもの、気が抜けない毎日を過ごしているんだ」
「どうしてだ?」
「なんでだろうね……。別に、命を狙われている訳でもないのにね」
リターナは、ふと心の弱さが出たのか、一粒の涙をほろりと落とす。
しかし、すぐに頬を擦り上げ、その跡を消し、恥ずかし気な笑みを浮かべる。
「良かったら、話してくれないか? 聞き役になるぐらいはできるぞ」
テムは、優しい声音で、諭すように言う。
「はははっ。恥ずかしい話さ。あたしは、孤児で身寄りがいない。唯一、家族と呼べるのは、ルイビス師匠だけさ」
リターナの両親は、幼いときに流行り病で病死している。
リターナには、兄弟がなく、親戚もいない。
また、クウザミ族は、ミショウ村ほど皆が近しい関係ではなく、割りと家族単位が確立している。
そのため、リターナにとっての家族とは、幼少時に引き取ってくれたルイビスだけである。
勿論、ルイビスの家族は、リターナと義理の家族に当たるが、血の繋がりがないため、心のどこかで遠慮し、距離を置いてしまっている。
「……辛い思いをたくさんしたな」
「そう……だね」
リターナは、久し振りに素直に頷くことができた。
リターナの感覚では、テムは、亡き父のような包容力があり、そばにいるだけで安心感が得られる。
「人は、全てを一人で抱え込むことはできない。辛いときは、周りに少し頼り、余裕があるときは、少し力を貸す。そうして、己の心と人との調和を守り、前に進んでいくんだ」
「はい……」
リターナは、心の安らぎを感じながら、小さく頷く。
遠くにアロンたちやロルたちがいなければ、このまま泣いてしまいそうである。
リターナは、己の矜持を保つため、涙を流すことなく、ぐっと堪える。
「長としての重圧は、よく分かる。だから、たまには、そこから解放できる人や場所を見つけなければならない。これが、長続きの秘訣だな」
テムは、リターナの鬱屈を見抜いており、上手に気分転換を図らないと心が押し潰されてしまうのではないかと危惧する。
「もし、耐えきれないのであれば、一度長という立場から離れてみるといい。それに、リターナ殿の先程の例え話ではないが、獣装兵と魔嶽鋒、今まで見えなかった景色が見えるようになるかもしれない」
「……国都へ行けば、良いのでしょうか?」
「別に、国都でなくともいい。長期でなくともいい。少しの休息を取れる場所であれば、それでいい」
「はい……」
「それと、心の内をさらけ出せる相手を見つけることだ。ただし、その者は、クウザミ族の者ではなく、別の部族の者で、立場を気にせず付き合える者がいい」
「そんな人がいるでしょうか?」
「はははっ。いなければ、俺でもいいし、バージでもいい。俺なら、話ぐらいは聞いてやれる。バージとなら、いつもの口調で会話できる」
「あっ……」
リターナは、テムに指摘されてみて、初めて敬語を使い、話していたことに気がつく。
「はははっ。俺との会話は、おそらくそうなる。だから、バージの方が適任だな。それに、バージとは、喧嘩もできるんだろう?」
「それは……、そうだね」
リターナは、口調を元に戻し、テムに頷く。
テムと話したあとのリターナの心は、幾分軽くなり、気疲れも減っている。
そんなリターナを、テムは、優しく見つめ、陽気に笑い出す。
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