ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第81話 リターナの葛藤2

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「ある国のお姫さんが、いつも良くしてくれる侍女に、何か好きなものをあげると言った」

 リターナは、突然昔話的なことを言い出したテムに、少し面食らう。
 しかし、テムは、陽気な笑みを浮かべたまま話を続ける。

「庶民上がりの侍女は、最初、お姫さんの愛用している扇子が欲しいと言った。でも、お姫さんは、それは父様から頂いたものだから、別のものにしてと言って、断った。すると侍女は、しばらく考えて、今度は、一日で良いからお姫さんになりたいと言った」

「可愛らしい願いだな……」

 リターナは、それぐらいなら受け入れられるだろうと思った。
 テムは、少し首を横に振る。

「お姫さんは、それも断った」

「どうしてだ?」

「姫の代わりは、誰にも務められないからだ。だから、お姫さんは、最初に侍女が申し出た扇子の姉妹品を作り、それを与えて、姫になる気持ちを味合わせたんだ」

「それは、良い考えだな。それならば、侍女の願いを無下にせず、侍女の思いやそれまでの奉公に報いることができる」

「そうかな? お姫さんは、その後、侍女に毒を盛られて、殺されてしまった」

 テムは、悲しみを目に宿して呟くように言う。

「どうして、そうなるんだ? 話がおかしいじゃないか?」

 リターナは、感情をあらわにして、テムに食ってかかる。

「侍女は、姫になりたいという夢を抱いてしまった……。しかし、たった一日の願いでも、それを断られ、姫愛用の類似品で誤魔化されてしまった」

「違うじゃないか? 姫は、侍女の願いを少しでも叶えるために、できることをしてあげた。どうして、侍女に殺されなければならない?」

 リターナは、テムの話が受け入れられず、憤然として怒り出す。

「嫉妬や羨望に、理性は通用しない。侍女は、自らの願望を叶えるには、邪魔なお姫さんを取り除くのが一番いいと考えたんだ。……短絡的にもな」

 テムとしては、侍女の思いはよく分かる。
 生まれが違うだけで、生き方が決められてしまう。
 侍女は、姫として生まれることができたら、どんなに幸せだっただろうと願ったはずだ。
 しかし、現実は、それを許さない。
 ならば、姫を取り除けば、自分が代わりを務められるかもしれないという考えに至ってもおかしくはない。

「あたしは、納得できない」

「そうか? しかし、侍女は、毎日お姫さんの近くで起居を共にし、行動の全てを把握していた。化粧の仕方も知っており、成り済ましに自信を持っていた」

「すり替わったのかい?」

 正義感の強いリターナにとって、それは許せないことである。

「いや。あっさりと父親に見破られ、侍女は、処刑されてしまった」

「そうかい……」

 リターナは、それを聞いて、幾分胸の内がすっきりとする。
 しかし、そこでふと思いつく。

「テム殿。その例え話を、どうしてあたしに聞かせたんだい?」

 リターナの疑問は、当然である。
 リターナとテムは、一昨日会ったばかりで、お互いのことをよく知らない。
 しかも、ミショウ村が襲撃された後で、このような話をするのは不自然である。

「はははっ。俺も、それはよく分からん。ただ、リターナ殿と話をしていたら、そのお姫さんの話がしたくなった」

 テムは、それまでの悲しい表情が嘘であったかのように、どことなく憎めない、人懐っこい笑みを浮かべる。
 リターナは、テムの理由を聞いても腑に落ちない。
 テムが話した姫に、何か含蓄があるような気がしてならない。

「テム殿。あたしは、その姫と似ているのだろうか?」

 リターナは、真剣な表情をして、テムの顔を真正面から見る。

「いや、似てないぞ」

 テムは、笑みを浮かべ続けたままである。

「……テム殿。あたしは、真面目に聞いている。見た目のことを聞いていない」

 リターナは、茶化されたと思い、少し眉根に怒りを表す。
 それを見て、テムは、慌てて笑みを消す。

「すまん、すまん。……リターナ殿。別に茶化した訳ではない。リターナ殿は、その姫とは似ても似つかない」

「具体的には?」

「俺が話したお姫さんは、世間を知らない箱入り娘だった。だから、侍女の心の奥底に眠る願望に気がつかなかったし、毒を盛られても、疑うことをしなかった」

 姫は、宮殿の外に出たことがなく、侍女と数人の宮仕えの者しか知らなかった。
 それ故、庶民が何を考えているかを知らず、庶民の気持ちに思いを馳せることもしなかった。
 あるのは、父母からの溢れんばかりの愛情と生来の素直さ、純情さだけであった。

「お姫さんは、人を思いやる気持ちがあり、素直で素晴らしい心の持ち主だった。しかし、人の上に立つ者としては、未熟で、立場をわきまえることをしなかった」

「そうかい……」

 リターナは、テムの言いたいことが何となく見えてくる。
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