ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第74話 テムの機転

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 ルイビスの問いかけに、ダイザは、しばし考え込み、そして、ゆっくりと首を横に振る。
 村へ帰還するには、安全な道を選ばなければならない。
 大陸と島を隔てる海峡を再び横断するのは、筏の作製に時間が掛かるし、横断中も危険が伴う。

「敵の正体や目的が掴めていない今、ここから村へ直接帰るのは危険です」

「海峡を横断しなければいけませんからな」

 ルイビスは、海を渡る危険性を十分に認識している。

「はい。そこを襲われたら、一溜まりもありません。それよりも、リポウズへ向かう方が良いかと思います」

 ディスガルド北半島の情報は、交易のかなめであるリポウズに集まる。
 そのリポウズに行けば、ミショウ村が襲われた理由も判明するかもしれない。
 しかも、リポウズまでは、トセンから馬を飛ばせば5日ほどで辿り着ける距離にある。
 道中も、騎馬で移動しているのなら、敵に襲われても対処することができる。

「分かりました。では、ビーバたちを護衛につけます」

「馬に乗れるのですか?」

 ダイザは、少し驚いて聞き返す。
 山岳民は、馬に不慣れなはずである。

「ビーバのほか、数名は乗馬経験を積んでおります。リポウズ程度の遠乗りなら、苦ではありません。それよりも、アロン様たちの方が心配です」

 ダイザは、ルイビスの懸念に対して頷いて答える。

「分かっています。アロンたちは、ここに残すつもりです」

 ダイザが、そう言い終えると、大広間の入り口から、のんびりとした声がかけられる。

「おぉ? 魔嶽鋒がいるな」

 テムは、まだ二日酔いがしっかりと醒めていないのか、頭をがりがりと掻きむしりながら歩いてくる。
 その隣には、バージが眠そうに欠伸をしており、後ろにアロンたちが続いている。
 テムたちの姿には、緊張感がなく、なんとも悠長な足取りで歩いてくる。

「本当だ……。久し振りに見た」

 バージは、昔ドルマのお供で族長会議に出席している。
 その際、ルイビスの護衛をしていた魔嶽鋒とすれ違っている。
 ビーバは、そのときの魔嶽鋒の中にいたが、バージはその顔までは覚えていない。

「どうした? そんな深刻な顔をして?」

 テムは、不思議そうに、ダイザとルイビス、ビーバ、リターナたちを順々に眺めていく。

「テムさん。私たちの村が襲われました」

 ダイザは、極めて冷静に、起きた事実のみを簡潔に伝える。

「何!」

 テムやバージは、一気に目が覚め、両目を大きく見開く。

「どういうことだ!?」

「村は、無事なのか?」

 テムとバージが、驚いた口調でダイザに詰め寄る。
 ルイビスとビーバは、すぐに二人に場所を譲り、少し離れた位置に控える。

「そこにいる青帯の長が、急報をもたらしてくれました。ビーバ殿は、ボーキョウから私たちの村が襲われているのを目撃しています」

 ダイザは、ビーバから聞いた内容をテムとバージに教える。

「それで、どうなった!?」

「村の火は、鎮火したようです。ただ、結界が破られ、村の中へ侵入されました」

 ミショウ村の魔方陣結界は、特殊な結界であり、強度も相当なものである。
 村人たちも、これまで結界が破られる事態に遭遇したことはなく、その備えは盤石ではない。
 それを思うと、今回の襲撃で、どれほどの被害が出たのか、想像すらつかない。

「……戻るぞ」

 テムは、両拳を握り締め、歯ぎしりをしながら、声を絞り出す。

「はい」

 ダイザは、テムの意見には賛成である。
 たが、その方法が問題なのである。

「私は、リポウズまで行くのが良いと思います」

「いや……。ボーキョウへ行こう」

 テムは、ミショウ村が直接見えるボーキョウへ行くことを提案する。

「理由を聞いてもいいですか?」

 ボーキョウへ行っても、ミショウ村からは遠ざかり、帰るのが遅くなるだけである。

「宗主国の力を信じよう」

 その言葉で、アロンたちを除いて、皆がテムの言いたいことを理解する。
 ビーバがそうであるように、各部族が、ミショウ村で起きた異変に気がつき、行動を起こすはずである。
 特に、飛竜隊を擁するサイバジ族は、常々つねづねディスガルド北半島の情勢を監視している。
 運が良ければ、もうすでに、飛竜隊が活動しているかもしれない。
 だが、そう上手く事が運ぶ保証もない。
 そこで、ダイザは、ルイビスたちの協力を仰ぐことにする。

「分かりました。では、魔嶽鋒や獣装兵にお願いしましょう」

 ダイザは、テムの考えを実現するために、ルイビスたちに動いて貰うことにする。
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