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凍雪国編第3章
第53話 獣装の由来3
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小川では、器を先に洗い終わったボフトスとネグルが立ち話をしており、イザックのほか、数名が器を川の流れに浸し、すすいでいる。
そこへ、テムは近づき、まずはボフトスに声をかける。
テムは、先ほど猪を提供したときに、すでにボフトスとは言葉を交わし、知り合っているからである。
「美味い料理を食べさせて貰った。感謝する」
ボフトスは、テムの言葉に巨軀を丸めて頭を下げ、恐縮した様子で答える。
ボフトスも、ミショウ村出身者には畏敬の念を抱いているため、自然と頭が下がってしまう。
「お口に合ったのなら、幸いでやす」
テムは、厳つい顔のボフトスが体を縮こませているのを見て、陽気に笑いながら緊張をほぐさせる。
「はははっ。謙遜しなくてもいい。ボフトス殿の腕前は、名料理人にもひけをとらない。久しぶりに美味い料理を堪能させて貰った」
相変わらず、ボフトスは恐縮し続けているが、隣のネグルがボフトスを助けようと口を挟む。
「テム殿。ボフトスは、褒められることに慣れておりません。ですので、お褒めの言葉は、それぐらいにしてあげてください」
「ん? そうか? あれだけの美味い料理なのに……。勿体ないな」
テムは、ボフトスが国都へ行き、店を構えれば、たちまち行列ができる名店になるだろうと予想する。
だから、素直にその気持ちを表して、ボフトスを褒めたのだが、ボフトスにとっては戸惑いを覚える気持ちの方が強かったらしい。
ボフトスは、困った表情を浮かべ、禿げた頭をしきりに手で撫で上げている。
「まぁ、とりあえず礼を言いたかったのだ。ボフトス殿の料理に敬服したからな」
「有り難き……、お言葉に御座いやす」
「はははっ。また、機会があれば、食べさせてくれ。そのときは、もう少しましな食材を持ってくるからな」
「いつでも、お待ちしておりやす」
ボフトスは、ようやくテムに笑顔を見せる。
ボフトスの笑みは、厳つい顔ながら、目に優しさが表れ、なかなかに愛嬌がある。
「話は変わるが、俺は、なぜ皆が獣装をしているのかを知りたい。クイ殿によれば、そこのイザック殿が知っているのではないかということだが……」
テムは、小川からこちらに向かってくるイザックを手で示して、ボフトスとネグルに聞く。
「獣装の理由……ですか?」
ネグルは、ボフトスと顔を見合わせる。
ボフトスとネグルにとっては、物心がついたときには獣装の習慣がすでにあり、それを自然なこととして受け入れてしまっている。
「私は、知りません。おそらくボフトスも同じでしょう」
ボフトスも、ネグルの言葉に、うんうんと頷いて、同意を示している。
ボフトスとネグルは、ともに壮年の域に達しているが、長命族の血がそれほど濃くはないため、50年ほどしか生きていない。
一方、見た目は同い年に見えるテムは、長命族の血が濃いため、すでに200年以上もの歳月を重ねている。
「確かに、イザックであれば、何かを知っているかもしれません」
ネグルの後ろまで迫ってきたイザックは、白髪の髭を蓄え、顔には幾つもの深いしわが刻まれている。
イザックは、100年以上もの戦闘経験を有する歴戦の勇士である。
ダイザやバージたちによれば、35年ほど前には獣装兵が存在していたらしいから、イザックであれば、確かに何かを知っていてもおかしくはない。
「わしに、何か用かの?」
イザックは、重厚感のある深い声で、テムに声をかけてくる。
「いや……、貴殿であれば、獣装が始まった理由を知っているのかもしれんと思ってな。何か、知っているか?」
テムは、イザックへ握手の手を差し出し、問いかける。
イザックは、快く握手に応じて、テムの手を握り返す。
「獣装か? 知っているぞ」
イザックは、何やら含み笑いを浮かべ、テムに答える。
「教えてくれないか?」
「うむ。わしが分かる範囲でしか答えられんが、それでもよければ話そう」
「知っている範囲で構わない。俺も、島に閉じ籠っている間に流行った獣装に、疑問を感じた程度だからな」
テムは、それほど詳しく知りたい訳ではない。
ただ、獣装が何を意味するのか、何か目的があってやっているのかを確認したいだけである。
イザックは、テムの意向を確認して頷き、おもむろに話し始める。
そこへ、テムは近づき、まずはボフトスに声をかける。
テムは、先ほど猪を提供したときに、すでにボフトスとは言葉を交わし、知り合っているからである。
「美味い料理を食べさせて貰った。感謝する」
ボフトスは、テムの言葉に巨軀を丸めて頭を下げ、恐縮した様子で答える。
ボフトスも、ミショウ村出身者には畏敬の念を抱いているため、自然と頭が下がってしまう。
「お口に合ったのなら、幸いでやす」
テムは、厳つい顔のボフトスが体を縮こませているのを見て、陽気に笑いながら緊張をほぐさせる。
「はははっ。謙遜しなくてもいい。ボフトス殿の腕前は、名料理人にもひけをとらない。久しぶりに美味い料理を堪能させて貰った」
相変わらず、ボフトスは恐縮し続けているが、隣のネグルがボフトスを助けようと口を挟む。
「テム殿。ボフトスは、褒められることに慣れておりません。ですので、お褒めの言葉は、それぐらいにしてあげてください」
「ん? そうか? あれだけの美味い料理なのに……。勿体ないな」
テムは、ボフトスが国都へ行き、店を構えれば、たちまち行列ができる名店になるだろうと予想する。
だから、素直にその気持ちを表して、ボフトスを褒めたのだが、ボフトスにとっては戸惑いを覚える気持ちの方が強かったらしい。
ボフトスは、困った表情を浮かべ、禿げた頭をしきりに手で撫で上げている。
「まぁ、とりあえず礼を言いたかったのだ。ボフトス殿の料理に敬服したからな」
「有り難き……、お言葉に御座いやす」
「はははっ。また、機会があれば、食べさせてくれ。そのときは、もう少しましな食材を持ってくるからな」
「いつでも、お待ちしておりやす」
ボフトスは、ようやくテムに笑顔を見せる。
ボフトスの笑みは、厳つい顔ながら、目に優しさが表れ、なかなかに愛嬌がある。
「話は変わるが、俺は、なぜ皆が獣装をしているのかを知りたい。クイ殿によれば、そこのイザック殿が知っているのではないかということだが……」
テムは、小川からこちらに向かってくるイザックを手で示して、ボフトスとネグルに聞く。
「獣装の理由……ですか?」
ネグルは、ボフトスと顔を見合わせる。
ボフトスとネグルにとっては、物心がついたときには獣装の習慣がすでにあり、それを自然なこととして受け入れてしまっている。
「私は、知りません。おそらくボフトスも同じでしょう」
ボフトスも、ネグルの言葉に、うんうんと頷いて、同意を示している。
ボフトスとネグルは、ともに壮年の域に達しているが、長命族の血がそれほど濃くはないため、50年ほどしか生きていない。
一方、見た目は同い年に見えるテムは、長命族の血が濃いため、すでに200年以上もの歳月を重ねている。
「確かに、イザックであれば、何かを知っているかもしれません」
ネグルの後ろまで迫ってきたイザックは、白髪の髭を蓄え、顔には幾つもの深いしわが刻まれている。
イザックは、100年以上もの戦闘経験を有する歴戦の勇士である。
ダイザやバージたちによれば、35年ほど前には獣装兵が存在していたらしいから、イザックであれば、確かに何かを知っていてもおかしくはない。
「わしに、何か用かの?」
イザックは、重厚感のある深い声で、テムに声をかけてくる。
「いや……、貴殿であれば、獣装が始まった理由を知っているのかもしれんと思ってな。何か、知っているか?」
テムは、イザックへ握手の手を差し出し、問いかける。
イザックは、快く握手に応じて、テムの手を握り返す。
「獣装か? 知っているぞ」
イザックは、何やら含み笑いを浮かべ、テムに答える。
「教えてくれないか?」
「うむ。わしが分かる範囲でしか答えられんが、それでもよければ話そう」
「知っている範囲で構わない。俺も、島に閉じ籠っている間に流行った獣装に、疑問を感じた程度だからな」
テムは、それほど詳しく知りたい訳ではない。
ただ、獣装が何を意味するのか、何か目的があってやっているのかを確認したいだけである。
イザックは、テムの意向を確認して頷き、おもむろに話し始める。
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