ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第51話 獣装の由来1

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 宴は、そろそろお開きになり始め、食事の片付けをし始めている者もいる。
 ボフトスとネグルは、いち早く動き出し、己の食器を小川へ洗いに行く。
 テムの後ろを歩いていたバージは、テムに何も告げずに離れていき、リターナのもとへ近寄る。
 テムとキントは、そのまま進み、宴の末席で一人リゾットを食しているクイに声をかける。
 クイは、獣装兵の中では年配の方に当たるが、地位はそれほど高くないようである。

「クイ殿……であったな」

 テムは、クイがダイザへ挨拶をしたとき、その名前と顔を覚えていた。
 クイは、近づいてきたテムとキントの意中を察しており、姿勢を正して答える。

「はい。クイと申します」

 テムは、クイの返事にひとつ頷く。

「隣に座ってもよいか?」

「はい。構いません」

「では……」

 テムは、クイの隣に腰を下ろし、キントもテムの横に座る。
 テムと並んで座る形になったクイは、多少緊張して、テムが話し出すのを待つ。

「矢傷のことを謝りたくて来た。クイ殿には、申し訳のないことをしてしまった。すまぬ」

 テムは、クイの方を向いて頭を下げ、横のキントも、テムに倣って頭を下げる。

「気になさらないでください。俺も、もう気にしていませんから……」

 クイにしてみれば、狩りを覗き見て、矢を射かけられたのであり、敵と見間違われても仕方がなかったのである。
 まして、その後、クイがテムたちを敵と見なし、攻撃を加えている。
 どちらかと言えば、己の判断がまずかったのであり、矢も避けられなかった己の不甲斐なさを悔いている。

「それでは、このキントと仲良くして欲しい。俺は、お互いに恨みを抱かせないようにしたい」

「それは、こちらこそ望むところです。俺も、キント殿の神弓しんきゅうにあやかりたい」

 クイは、己の敏捷性には自信があり、それ故、斥候せっこうの役割を買って出ているのである。
 しかし、キントの弓術は、正確無比であり、たぐいまれな速射であった。

「はははっ。それを聞いて、少し安心した。親としては、子に恨みを持つ者を減らしたい。クイ殿は、心根に陰が見えないので、その言を信じることにしよう」

「嘘偽りは、申しません。キント殿は、まだお若いですが、俺よりも武の才に優れております」

 クイは、キントの腕前を高く評価しており、その気持ちを率直に現す。

「はははっ。そうか、そうか。クイ殿からお褒めの言葉を貰い、キントも光栄だな」

「クイさん。すいませんでした」

 キントは、クイの言葉を聞き、憂いが晴れたのか、人見知りの性格を抑えて、自らの言葉で謝罪する。
 クイは、頭を下げたキントを見て、慌てて止める。

「それ以上の謝罪は、無用です。どうか頭を上げてください」

 しかし、キントは、長々と頭を下げたまま、動かない。

「キント。クイ殿が困っている。それぐらいにして、次の話に移ろう」

 テムとしては、終わりなき謝罪を避けたい。
 お互いのわだかまりがなくなったのを機に、新たな局面に転じなければ、延々と同じことを繰り返すしかない。

「クイ殿。矢傷の方は、大丈夫なのか?」

「はい。もう、治っています」

 クイは、己の左太ももを擦って答える。

「そうか……。もし、痛みが残るようなら、これを傷に塗ってくれ」

 テムは、腰に下げた薬籠やくろうから、金瘡きんそう軟膏が入った二枚貝を取り出し、クイへ手渡す。

「これは、俺たちの村の薬師が調合した薬だ。矢傷にもよく効く。もちろん、魔法で治癒しきれない傷にもな」

「頂いても、宜しいのですか?」

「もちろん。代わりは、まだ沢山ある。それは、俺とキントからの詫びとして受け取ってくれ」

「分かりました。有り難く、頂戴致します」

 クイは、素直に礼を述べて、テムから渡された二枚貝を自身の小袋へとしまう。

「ところで……。気になっていたんだが……、聞いてもいいか?」

 テムは、クイが被る黒銀熊の兜を指差して問う。

「あぁ……。これですか?」

 クイは、黒銀熊の頭を剥製にした兜を脱ぎ、テムの質問に答える。
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