ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第44話 獣装兵の宴1

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 バージを天幕へ連れて行く途中、リターナは、ロルにボフトスへの指示を伝えさせ、猪を焼き入れる準備を整えさせる。
 それを見ていたバージが、独り言のように呟く。

「リターナも、出世したな」

「何を今更……。あたしは、騎兵隊を率い、日夜任務に励んでいる。のらりくらりと暮らすバージとは違う」

 リターナは、ミショウ村に引っ込み、悠々自適の生活を送っているバージを揶揄やゆする。
 ミショウ村の暮らしは、この北半島よりも厳しい環境のため、リターナが思うほど決して生易しい生活ではない。
 だが、バージは、島暮らしを知らないリターナの言葉を、はははっと笑って軽く受け流し、リターナの兜に注目する。
 ディスガルドタイガーは、白虎と呼ばれるほど、白く美しい毛並みが有名で、その毛皮製品は国都でも高く取引されている。

「それは、自分で狩ったのか?」

「そうだ」

 リターナは、当然だとでも言うように、自信たっぷりに答える。

「どこにいたんだ?」

「北の方だな。山をいくつも越えたところにいたぞ」

 リターナのいう北の方とは、ゴンスル地方の中心部である。
 このゴンスル地方とは、ディスガルド北半島の突端付近にあり、標高1000m級の山が連なる山岳地帯一体を指す。
 クウザミ族が集落を構えるボーキョウも、そのゴンスル地方に含まれるが、最も南方にあり、ゴンスル地方の外れに位置している。

「氷雪を踏破したのか?」

「あぁ……。苦労させられたが、何とか越えられたな」

 ゴンスル地方は、積雪の多い土地で、あちこちに万年氷河が存在している。
 バージたちがミショウ村を出発した今の時期は、春先を過ぎた頃であり、雪解けがもう間もなく終わる頃である。
 しかし、春になった今の時期でも、この辺りには時折冷たい風が山から吹き降りてくる。
 ディスガルドタイガーの目撃例がある場所は、ここよりも凍てつく高地にあり、日中でも氷点下を下回っている。

「確かに、ディスガルドタイガーは標高の高い豪雪地帯にしか棲息していないとはいえ、ずいぶん無茶をしたな……」

「仕方があるまい。あたしは、皆の期待に応えなければいけない。その辺にいる獣では、誰もあたしにはついて来ない」

「そういうもんか? 俺は、そうは思わんけどな……」

(強さや見栄えを気にするよりも、たまには弱さを見せることも必要だがな。偉丈夫の女将軍でも構わないが、頼る姿を見せる方が可愛げがあるし、部下も働きやすくなるんだがな……)

 バージは、強がり過ぎているリターナを心配するが、それは表には出さない。

「バージには、分からん」

 リターナは、ややすねねたように言い捨て、近づいてきた簡易天幕の前で立ち止まる。

「ここを使ってくれ」

「おぅ。立派な天幕だな。雨避あまよけの覆いまでこしらえてあるのか……」

 獣装兵が張った天幕は、中央に長い柱を立て、その四隅に少し短い柱で骨組みを作り、その上から布で覆ったものである。
 そして、さらにその上には、近くの木から吊るした雨避けの布が渡されている。
 二つの天幕は、それぞれ3m四方の大きさがあり、高さも2mを軽く超えるほどの移動式家屋となっている。
 身長が2mあるテムが、天幕の中で立ち上がっても、頭がつかえることはなさそうである。

「いつも、こんな天幕を持ち歩いているのか?」

「狩りに行くときはな」

 獣装兵が狩りを行うときは、日帰りになることは少なく、5~10日程度の旅程で凍土林の中を行き来することが多い。
 そのため、日々の疲れを残さず、快適な睡眠が取れるように、普段から移動式天幕を携行している。

「騎馬での利点だな」

「柱は、現地調達をすればいい。布と長紐だけを鞍に括りつければ十分だから、それほど苦労することはない」

 バージは、それを聞いて納得する。
 確かに、天幕に必要な道具を鞍に括り付けておけば、わざわざ持ち運ぶ必要もない。
 また、狩りの最中でも、鞍の後ろの荷物は邪魔にならない。
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