ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第42話 トセンへの誘い3

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 ダイザは、歩哨に立っていたロルに話しかけ、リターナへの取り次ぎを願い出る。
 ロルは、即座に頷き、馬の世話をしているリターナのところへ駆けていく。

「あのフォッグ狼は、大陸にいる個体なんだろうな……?」

「あぁ、島のものよりも小振りだし、色も少し違うな」

 バージは、ロルが被るフォッグ狼の兜を見て、隣のダイザに疑問に思ったことを話す。
 ダイザも、ロルのフォッグ狼の頭の大きさが、島に棲息する個体よりも小さく、毛並みも少し異なることに気がつく。

「しかし……、ディスガルドタイガーは、よく目立つな」

 バージは、フォッグ狼の兜を被った兵がディスガルドタイガーの兜の兵のもとへ駆け寄るのを眺めながら、暢気に感想を漏らす。
 ダイザは、バージもリターナと親しい仲であることを知っているので、はははっと笑いながら請け合う。

「珍獣とされているからな」

「リターナは、あれを狩ったんだよな?」

「たぶんな」

 ダイザも、バージと同じ感想を抱く。
 ディスガルドタイガーは、滅多に遭遇することのない獣で、絶滅危惧種とも噂されている。
 また、ディスガルドタイガーは、獣としての強さも格段に違い、フォッグ狼など足元にも及ばない強さを秘めている。
 そのディスガルドタイガーに運よく出くわし仕留めるとは、リターナは相当な強運の持ち主か、長い年月を掛けて探し回ったかのどちらかである。

「白虎など追ってないで、婿を探した方が早いだろうに……」

「はははっ。それを言うと、怒り狂うぞ。リターナの婿選びは、難儀だからな」

「確かにな」

 バージも、はははっと笑い出し、リターナの婿に突きつけられる条件を思い出す。
 リターナは、クウザミ族の長の直系ではないものの、その美貌と賢さ、強さを買われ、トセンというクウザミ族の支族長に就いている人物である。
 また、リターナは、クウザミ族の長であるルイビスの愛弟子でもあり、その婿はルイビスの眼鏡に適う男でなければならない。
 これまで、何人もの男がリターナの婿として名乗り出てはいるが、リターナの心を射止めた人物はおらず、ルイビスの推薦も得られてはいない。

「バージが立候補してみれば、どうだ?」

「俺がか?」

 バージは、ダイザの勧めを聞き、少し嫌そうな顔をする。

「そうだ。いつまでも独り身では、村長が心配するだろう?」

「叔父さんは、勧めるかもな。だが、俺としては、リターナの尻に敷かれたくない」

 バージは、己がリターナをめとると、確実に尻に敷かれる自分が想像できる。
 バージの好みは、おしとやかな女性であり、リターナのように気性が荒く、何でもこなす女性は正直遠慮したい。

「リターナは、嫁というよりも戦友だな。俺は、家庭を守ってくれる女性がいい」

「そんな女性は、辺境にはいないぞ?」

 辺境に住む女性は、いつ獣に襲撃されてもいいように、自衛のために鍛えている。
 また、厳しい自然環境に適応するように、心の強さを備え、性格もきつくなりがちである。

「だから、俺は、都会の女性が好みなんだよ」

「なんだ? 今回の任務は、嫁探しだったのか?」

「はははっ。もちろん、それもある。俺も、そろそろ家庭が欲しいからな」

 バージは、三男二女をもうけたダイザをうらやんでおり、早く自分も家庭を築き、親代わりのドルマを安心させたいと思っている。
 バージの父母は、バージが幼き頃にセキガ山の崖崩れに遭い、命を落としている。

「分かった。いい人がいれば、バージに紹介しよう」

「おっ! 頼むな。俺が気に入る女を見繕ってくれよ?」

「あくまでも、気にめておく程度だ。あまり期待はしないでくれ」

 ダイザは、急に乗り気になったバージに苦笑して答える。
 国都へは、教練師としての任務をこなすために赴くのであって、バージの嫁探しではない。

「それでも構わない。俺は、こう見えて奥手でな。なかなか、自分からは声が掛けられない」

「知っているよ」

 ダイザは、バージの性格を知り抜いており、特に女性に対して慎重になりすぎた場面に度々遭遇している。
 バージが、壮年になるまで独り身で居続けているのも、その辺りが影響しているのかもしれない。
 しばらく、ダイザとバージが他愛のない話を続けていると、ロルを引き連れたリターナが近づいてくる。
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