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凍雪国編第3章
第41話 トセンへの誘い2
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リターナたちが炊事で立ち上げた煙は、ダイザたちの道標となり、一行を迷わせることなく、リターナたちのもとへと導いた。
「うわぁ……。 いっぱいいるね……」
ジルは、さまざまな獣や魔獣の毛皮を纏った獣装兵を目の当たりにして、感嘆の声を上げる。
「本当だ……。見たこともない毛皮の人もいる」
ジルの横に並び立ったキントも、同じ感想を抱き、興味深げに獣装兵を見つめる。
その後ろでは、猪を肩に担いだテムが、隔世の感に浸りながら呟く。
「どうなっているんだ? これが最近の流行なのか?」
テムには、獣の格好をする美意識が分からない。
夕餉の支度に励む獣装兵は、獣や魔獣の強さで格付けをされているのか、強い獣の毛皮を纏う者ほど、地位が高いように思われる。
(己の武を誇るなら、獣の皮なぞに頼らず、剣の腕や魔法の技量を磨き上げ、器量を誇ればいいだろうに……)
テムは、人が畏敬を集めることの本質を知っているのである。
人は、力が強いだけでは、真の尊敬は得られない。
強さのほかに、人としての心、またその大きさが合わさってこそ、人徳が高まり、威望が集うのである。
(だが……、獣装兵と敵対せずに済んだことは重畳だな)
ダイザたちが獣装兵と遭遇したあと、遅れて合流したテムは、キントが矢を放った相手がやはり獣装兵であったと聞かされ、クウザミ族を敵に回してしまったかと危惧した。
しかし、獣装兵にダイザが宗主であることを是認して貰い、事なきを得たと聞き、ほっと胸を撫で下ろしたのだ。
バージは、そのときの様子を可笑しそうに語り、ダイザから僅かな顰蹙を買ったが、テムはキントの親としてダイザの存在に感謝した。
今、テムの視界には、矢傷を負ったものは見当たらない。
「キント。矢を当ててしまった者が分かるか?」
「うん。あそこの黒銀熊の人だよ」
テムから尋ねられたキントは、馬たちのそばにいるクイを指差す。
クイのそばには、ディスガルドタイガーの毛皮を纏った兵がおり、何やらその人物と会話を交わしているようである。
「分かった。あとで、俺から謝罪をしておこう」
「僕も一緒に謝るよ」
「それがいいな。遺恨にならないようにしなければいけないからな」
「うん」
キントは、咄嗟のことだったとはいえ、人と分からずに矢を放ってしまったことを悔いている。
テムは、キントの気持ちを思い遣り、獣装兵からのもてなしを受けたあと、個人的にあの人物と接触を試みようと心に決める。
「テムさん。その猪も調理してもらいましょうか?」
ダイザは、獣装兵への手土産になるものがなかったため、テムが狩った猪をそれに当てようとする。
「あぁ、そうして貰うか。いつまでも担いでいるのは、肩が凝るからな」
テムは、ダイザの提案に快く乗る。
島の猪と比べて小振りとはいえ、テムもそろそろ肩が痛くなってきた頃であり、先ほどから猪を降ろしたいと考えていたところである。
「では、私が話をつけてきます。テムさんは、ここで待っていてください」
「分かった。だが、早めに頼むな」
「はい」
ダイザは、笑顔で答え、バージとともに、リターナのところへ行く。
テムは、猪を担ぎなおし、アロンやジル、キントをそれとなく守りながら、ジョティルのそばに立つ。
「ジョティルは、行かないのか?」
「はい。トセンには訪れたことがないため、知り合いはおりません。ですので、あまり出しゃばるのは得策ではないと判断しました」
「国都の巡察官でも、気兼ねする部族なのか?」
「いえ……。クウザミ族は、どちらかと言えば、友好的な部族です。しかし、ダイザが宗主として赴くのならば、私の出番はありません」
テムは、ジョティルから宗主という言葉が出たので、おっとした表情になり、そのことを尋ねてみる。
「……知っていたのか?」
「はい」
「いつから?」
「巡察官になってから、この地方の部族について学んだときです」
ジョティルが、宗主について知ったのは、巡察官になり、その研修として各部族を先輩巡察官とともに巡っていたときである。
宗主国という存在自体にも驚かされたが、ダイザがその主であると聞いて、言葉を失った記憶がある。
「そうか……。では、知ってからダイザに会うのは初めてか?」
「えぇ。……そのことには、特段意識しないように努めてきましたが、ダイザが今までと同じように接してくれたので、私も普段通りに接することができました」
「ダイザらしいだろ?」
「そうですね……。ふふふっ」
ジョティルとテムは、愉快そうに笑い合う。
ダイザは、宗主としての責務を表に出さず、風に吹く柳のように重圧を受け流している。
二人の様子をそばで見ているアロンやジル、キントには、宗主が何を意味しているのか、よく分からない。
ただ、ダイザがクウザミ族から敬われており、クウザミ族といざこざを起こすことにはならないことだけは理解できている。
(バージさんとテムさんだけでなく、ジョティルさんも宗主について知っているんだね)
アロンは、詳しいことが分からず、歯がゆい思いを抱いているが、父親が何も語らないため、今はその思いを心の奥へしまい込んでおく。
「うわぁ……。 いっぱいいるね……」
ジルは、さまざまな獣や魔獣の毛皮を纏った獣装兵を目の当たりにして、感嘆の声を上げる。
「本当だ……。見たこともない毛皮の人もいる」
ジルの横に並び立ったキントも、同じ感想を抱き、興味深げに獣装兵を見つめる。
その後ろでは、猪を肩に担いだテムが、隔世の感に浸りながら呟く。
「どうなっているんだ? これが最近の流行なのか?」
テムには、獣の格好をする美意識が分からない。
夕餉の支度に励む獣装兵は、獣や魔獣の強さで格付けをされているのか、強い獣の毛皮を纏う者ほど、地位が高いように思われる。
(己の武を誇るなら、獣の皮なぞに頼らず、剣の腕や魔法の技量を磨き上げ、器量を誇ればいいだろうに……)
テムは、人が畏敬を集めることの本質を知っているのである。
人は、力が強いだけでは、真の尊敬は得られない。
強さのほかに、人としての心、またその大きさが合わさってこそ、人徳が高まり、威望が集うのである。
(だが……、獣装兵と敵対せずに済んだことは重畳だな)
ダイザたちが獣装兵と遭遇したあと、遅れて合流したテムは、キントが矢を放った相手がやはり獣装兵であったと聞かされ、クウザミ族を敵に回してしまったかと危惧した。
しかし、獣装兵にダイザが宗主であることを是認して貰い、事なきを得たと聞き、ほっと胸を撫で下ろしたのだ。
バージは、そのときの様子を可笑しそうに語り、ダイザから僅かな顰蹙を買ったが、テムはキントの親としてダイザの存在に感謝した。
今、テムの視界には、矢傷を負ったものは見当たらない。
「キント。矢を当ててしまった者が分かるか?」
「うん。あそこの黒銀熊の人だよ」
テムから尋ねられたキントは、馬たちのそばにいるクイを指差す。
クイのそばには、ディスガルドタイガーの毛皮を纏った兵がおり、何やらその人物と会話を交わしているようである。
「分かった。あとで、俺から謝罪をしておこう」
「僕も一緒に謝るよ」
「それがいいな。遺恨にならないようにしなければいけないからな」
「うん」
キントは、咄嗟のことだったとはいえ、人と分からずに矢を放ってしまったことを悔いている。
テムは、キントの気持ちを思い遣り、獣装兵からのもてなしを受けたあと、個人的にあの人物と接触を試みようと心に決める。
「テムさん。その猪も調理してもらいましょうか?」
ダイザは、獣装兵への手土産になるものがなかったため、テムが狩った猪をそれに当てようとする。
「あぁ、そうして貰うか。いつまでも担いでいるのは、肩が凝るからな」
テムは、ダイザの提案に快く乗る。
島の猪と比べて小振りとはいえ、テムもそろそろ肩が痛くなってきた頃であり、先ほどから猪を降ろしたいと考えていたところである。
「では、私が話をつけてきます。テムさんは、ここで待っていてください」
「分かった。だが、早めに頼むな」
「はい」
ダイザは、笑顔で答え、バージとともに、リターナのところへ行く。
テムは、猪を担ぎなおし、アロンやジル、キントをそれとなく守りながら、ジョティルのそばに立つ。
「ジョティルは、行かないのか?」
「はい。トセンには訪れたことがないため、知り合いはおりません。ですので、あまり出しゃばるのは得策ではないと判断しました」
「国都の巡察官でも、気兼ねする部族なのか?」
「いえ……。クウザミ族は、どちらかと言えば、友好的な部族です。しかし、ダイザが宗主として赴くのならば、私の出番はありません」
テムは、ジョティルから宗主という言葉が出たので、おっとした表情になり、そのことを尋ねてみる。
「……知っていたのか?」
「はい」
「いつから?」
「巡察官になってから、この地方の部族について学んだときです」
ジョティルが、宗主について知ったのは、巡察官になり、その研修として各部族を先輩巡察官とともに巡っていたときである。
宗主国という存在自体にも驚かされたが、ダイザがその主であると聞いて、言葉を失った記憶がある。
「そうか……。では、知ってからダイザに会うのは初めてか?」
「えぇ。……そのことには、特段意識しないように努めてきましたが、ダイザが今までと同じように接してくれたので、私も普段通りに接することができました」
「ダイザらしいだろ?」
「そうですね……。ふふふっ」
ジョティルとテムは、愉快そうに笑い合う。
ダイザは、宗主としての責務を表に出さず、風に吹く柳のように重圧を受け流している。
二人の様子をそばで見ているアロンやジル、キントには、宗主が何を意味しているのか、よく分からない。
ただ、ダイザがクウザミ族から敬われており、クウザミ族といざこざを起こすことにはならないことだけは理解できている。
(バージさんとテムさんだけでなく、ジョティルさんも宗主について知っているんだね)
アロンは、詳しいことが分からず、歯がゆい思いを抱いているが、父親が何も語らないため、今はその思いを心の奥へしまい込んでおく。
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