ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
265 / 492
凍雪国編第3章

第41話 トセンへの誘い2

しおりを挟む
 リターナたちが炊事で立ち上げた煙は、ダイザたちの道標となり、一行を迷わせることなく、リターナたちのもとへと導いた。

「うわぁ……。 いっぱいいるね……」

 ジルは、さまざまな獣や魔獣の毛皮を纏った獣装兵を目の当たりにして、感嘆の声を上げる。

「本当だ……。見たこともない毛皮の人もいる」

 ジルの横に並び立ったキントも、同じ感想を抱き、興味深げに獣装兵を見つめる。
 その後ろでは、猪を肩に担いだテムが、隔世の感に浸りながら呟く。

「どうなっているんだ? これが最近の流行なのか?」

 テムには、獣の格好をする美意識が分からない。
 夕餉ゆうげの支度に励む獣装兵は、獣や魔獣の強さで格付けをされているのか、強い獣の毛皮を纏う者ほど、地位が高いように思われる。

(己の武を誇るなら、獣の皮なぞに頼らず、剣の腕や魔法の技量を磨き上げ、器量を誇ればいいだろうに……)

 テムは、人が畏敬を集めることの本質を知っているのである。
 人は、力が強いだけでは、真の尊敬は得られない。
 強さのほかに、人としての心、またその大きさが合わさってこそ、人徳が高まり、威望がつどうのである。

(だが……、獣装兵と敵対せずに済んだことは重畳ちょうじょうだな)

 ダイザたちが獣装兵と遭遇したあと、遅れて合流したテムは、キントが矢を放った相手がやはり獣装兵であったと聞かされ、クウザミ族を敵に回してしまったかと危惧した。
 しかし、獣装兵にダイザが宗主であることを是認して貰い、事なきを得たと聞き、ほっと胸を撫で下ろしたのだ。
 バージは、そのときの様子を可笑しそうに語り、ダイザから僅かな顰蹙ひんしゅくを買ったが、テムはキントの親としてダイザの存在に感謝した。
 今、テムの視界には、矢傷を負ったものは見当たらない。

「キント。矢を当ててしまった者が分かるか?」

「うん。あそこの黒銀熊の人だよ」

 テムから尋ねられたキントは、馬たちのそばにいるクイを指差す。
 クイのそばには、ディスガルドタイガーの毛皮を纏った兵がおり、何やらその人物と会話を交わしているようである。

「分かった。あとで、俺から謝罪をしておこう」

「僕も一緒に謝るよ」

「それがいいな。遺恨にならないようにしなければいけないからな」

「うん」

 キントは、咄嗟のことだったとはいえ、人と分からずに矢を放ってしまったことを悔いている。
 テムは、キントの気持ちを思い遣り、獣装兵からのもてなしを受けたあと、個人的にあの人物と接触を試みようと心に決める。

「テムさん。その猪も調理してもらいましょうか?」

 ダイザは、獣装兵への手土産になるものがなかったため、テムが狩った猪をそれに当てようとする。

「あぁ、そうして貰うか。いつまでも担いでいるのは、肩が凝るからな」

 テムは、ダイザの提案に快く乗る。
 島の猪と比べて小振りとはいえ、テムもそろそろ肩が痛くなってきた頃であり、先ほどから猪を降ろしたいと考えていたところである。

「では、私が話をつけてきます。テムさんは、ここで待っていてください」

「分かった。だが、早めに頼むな」

「はい」

 ダイザは、笑顔で答え、バージとともに、リターナのところへ行く。
 テムは、猪を担ぎなおし、アロンやジル、キントをそれとなく守りながら、ジョティルのそばに立つ。

「ジョティルは、行かないのか?」

「はい。トセンには訪れたことがないため、知り合いはおりません。ですので、あまり出しゃばるのは得策ではないと判断しました」

「国都の巡察官でも、気兼ねする部族なのか?」

「いえ……。クウザミ族は、どちらかと言えば、友好的な部族です。しかし、ダイザが宗主として赴くのならば、私の出番はありません」

 テムは、ジョティルから宗主という言葉が出たので、おっとした表情になり、そのことを尋ねてみる。

「……知っていたのか?」

「はい」

「いつから?」

「巡察官になってから、この地方の部族について学んだときです」

 ジョティルが、宗主について知ったのは、巡察官になり、その研修として各部族を先輩巡察官とともに巡っていたときである。
 宗主国という存在自体にも驚かされたが、ダイザがその主であると聞いて、言葉を失った記憶がある。

「そうか……。では、知ってからダイザに会うのは初めてか?」

「えぇ。……そのことには、特段意識しないように努めてきましたが、ダイザが今までと同じように接してくれたので、私も普段通りに接することができました」

「ダイザらしいだろ?」

「そうですね……。ふふふっ」

 ジョティルとテムは、愉快そうに笑い合う。
 ダイザは、宗主としての責務を表に出さず、風に吹く柳のように重圧を受け流している。
 二人の様子をそばで見ているアロンやジル、キントには、宗主が何を意味しているのか、よく分からない。
 ただ、ダイザがクウザミ族から敬われており、クウザミ族といざこざを起こすことにはならないことだけは理解できている。

(バージさんとテムさんだけでなく、ジョティルさんも宗主について知っているんだね)

 アロンは、詳しいことが分からず、歯がゆい思いを抱いているが、父親が何も語らないため、今はその思いを心の奥へしまい込んでおく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

侯爵夫人は子育て要員でした。

シンさん
ファンタジー
継母にいじめられる伯爵令嬢ルーナは、初恋のトーマ・ラッセンにプロポーズされて結婚した。 楽しい暮らしがまっていると思ったのに、結婚した理由は愛人の妊娠と出産を私でごまかすため。 初恋も一瞬でさめたわ。 まぁ、伯爵邸にいるよりましだし、そのうち離縁すればすむ事だからいいけどね。 離縁するために子育てを頑張る夫人と、その夫との恋愛ストーリー。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

処理中です...