ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第33話 一行の猪狩り2

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 テムは、沼までの距離を推測し、己の腹の虫と相談する。
 テムの腹の虫は、即座に決断を下し、ぐぅぅぅっと、テムに催促の声を上げる。

「よし。バージも、それでいいか?」

「構いませんよ。ただ、途中でスノーヘェアがいれば、狩っていきますからね」

 バージは、腹と背中がくっつきそうだというように、腹を撫で擦る。

「はははっ。腹が減っているのは、俺も同じだよ。ただ、どうせ腹を満たすのなら、美味いものが食いたいだけだ」

 テムは、笑いながら、バージの背中をばしばしと叩き、先を急ぐ。

「何か……。テムさんって、楽しんでない?」

「うん。あれは、楽しんでいるね」

 ジルは、隣を歩いているキントに話しかけ、キントは、父親の様子から確信を持って答える。

「……だよね。島にいたときとは、顔つきが違うから……」

 テムは、大陸の凍土林に入ってから、一行の先頭に立ち、生き生きとした表情を浮かべ、歩みを進めている。
 テムは、いつもとは異なる自然に触れて心が解放され、若き頃の活力がみなぎっているようである。
 ただ、アロンやジルばかりでなく、ダイザとバージも、若き頃のテムを知らない。
 そのため、皆、若干戸惑い気味にして、テムのあとに続いている。
 一方、ジョティルは、テムがエンシェントバラクーダを一撃でほふったのを見て以来、テムへ敬意を抱き始めている。
 ジョティルは、先を行くテムに追いつき、ミショウ村を出立したときよりも、やわらかい笑みを浮かべて話しかける。

「無事に海を渡ることができました。ありがとうございます」

「ん? 礼などはいらん。俺は、あれの餌になりたくなかっただけだからな」

「ですが……。私では、対処できませんでした」

「はははっ。よくそれで、あの海峡を一人で渡ったもんだな。もし命を落としていたら、運が悪かったでは済まされんぞ」

 テムは、村を出てから、ずっと気さくな表情でジョティルに接してきている。
 今もまた、朗らかな笑みを浮かべながら、ジョティルの無謀さを笑い飛ばしている。

「未熟さを痛感しております」

「お主も島の生き物には、気をつけることだな。あそこでは、常識が通じん」

(そこに住む人もですが……)

 ジョティルは、心の中でテムに突っ込みを入れる。
 だが、表情だけは、にこやかさを崩さず、テムの忠言に素直に頷く。

「しかし、腹が減ったな」

 テムは、先程バージがしたのと同じように腹を擦る。
 ジョティルは、ミショウ村へ行くときに見かけた野草について触れる。

「獣道を外れれば、姫タケノコやコシアブラの新芽が採れるかもしれませんよ」

「おっ!」

 テムは、ジョティルの口からコシアブラという言葉が出て、少し驚く。
 コシアブラは、苦味が独特で、好き嫌いがはっきりと分かれる食材である。
 テムは、自然食豊かなコシアブラの苦味が好きだが、いつも一緒に食事をしているキントは、あまりコシアブラを食べない。

「ジョティルもコシアブラを食べるのか?」

「えぇ。私は、小さな頃からコシアブラを食して育ってきましたので……」

「確か……、フィーカンドの出身だったか?」

 フィーカンドとは、エンゼイ族の集落名で、サイバジ族の集落リポウズと国都ギールグッドの中間に位置する比較的新しい村である。

「はい。私の村では、コシアブラを油で素揚げしたものがよく食卓に出されました。春の珍味として好まれていましたよ」

「あぁ……。あれは、美味いな。俺も、よく作る……おっ!」

 テムは、急に足を止め、積雪についた獣の足跡を調べ出す。

「スイフトボアか?」

 テムが、積雪についている足跡を指差し、ジョティルに尋ねる。
 スイフトボアは、体長1mほどながら、動きが俊敏な野生猪のことである。
 この猪は、島には棲息しておらず、テムにはその真偽が判断できない。
 テムは、目当ての獣を見つけたかと嬉しそうにして、ジョティルの答えを待つ。

「そうですね……。足跡の形や歩幅から、スイフトボアのもので間違いないかと思います」

「そうか。では、こいつを狩ろう。ジャイアントバイソンよりも早く飯にできる」

 テムは、後ろのバージたちを手招きして、スイフトボアの足跡を皆に見せる。
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