ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第27話 筏での海峡横断4

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 テムは、ものの30分ほどで必要量の丸太をすべて切り出し終える。
 皆は、二往復目を終えた頃合で、もう少し待てば戻ってくるはずである。

「さて、あとは帆か……」

 テムは、凍土林の中を見渡し、背丈は低めで、枝ぶりの良い木を探す。
 大陸の船は、そのほとんどが帆船だが、テムの手元には帆に適する布地はない。
 そのため、テムは、風を受けやすい木で帆の代用とするつもりである。

「おっ! これなんかがいいな」

 テムが見つけた木は、まだ若い木ではあるものの、枝が密集し、青々とした葉を茂られている。
 テムは、その木を根元から切り、適度に枝を手入れし、肩に担ぐ。

「テムさん。終わりましたか?」

 蔓を探しに行っていたダイザが、凍土林の奥の方からやってくる。

「あぁ。無事に終わったぞ。ダイザも、見つけたみたいだな」

「はい。くずの仲間ですが、丈夫な蔓ですよ」

 ダイザは、輪の形に束ねた蔓を両肩から吊るしている。

「では、下で組み上げるか」

「えぇ。バージたちは、もう下ですか?」

「もう一回戻ってくる。途中ですれ違うだろうな」

 テムは、崖上に転がした丸太を指差し、ダイザに教える。

「向こうも大変ですね」

 ダイザは、ふふふっと笑い、テムを促して、崖を降り始める。



 筏の材料をすべて揃えたダイザ一行は、波が激しく打ち寄せる岩礁の上で、筏作りを開始する。
 まず、皆で手分けをして丸太を組み上げ、蔓で丸太同士を縛りつける。
 テムは、その丸太の間に斧で切れ込みを入れ、帆の代用となる木を差し込む。
 ジョティルは、背負っていた麻袋から魔方陣魔法の布を取りだし、テムが帆の代用とした木へ蔓を用いて括りつける。

buoyancyボォイアンスィー

 ジョティルが魔法を唱え終わると、魔方陣が淡い光を帯び、浮流ふりゅう魔法が発動する。
 これで、筏が浸水しても、海中へ沈まなくて済む。
 次にダイザが、筏の前に立ち、鋼岩属性の魔法を唱える。

iron conversionアイロンコンバージョン

 蔓は、丸太同士が離れないように、丸太に固くわえられている。
 ダイザが魔法を発動させると、蔓は鈍色にぶいろに染まりだし、徐々に鉄に変換していく。
 筏のあちこちで、蔓がぎしぎしときしみ音を上げながら、その強度を増していく。

「テムさん。私は、このまま魔法を発動し続けなければなりません。皆で筏を海へ押し出していただけますか?」

 ダイザは、一足先に筏へ乗り込み、その中心に胡坐をかいて座る。
 腕を組んで岩礁の上に立っていたテムは、ダイザに頷き、皆のほうを振り返る。

「任せておけ。では、皆で筏を海へ押し出すぞ」

「「はい」」

 アロンとジルが元気よく返事をし、バージたちも筏を動かすために、それぞれが配置へつく。
 ダイザが、テムに真っ先に声をかけたのは、力自慢のテムがこの場面でもっとも頼りになるからである。

「そぉ~れ~!」

 テムの掛け声を合図に、皆は力を合わせ、打ち寄せる波に筏が押し戻されぬように海へ押し出す。
 岩礁から少しずつ離れた筏は、途端に波の力により、上下に激しく揺れ動き、丸太の隙間から海水を吹き上げる。

「わっ!」

 波しぶきをまともに食らったジルは、一瞬で濡れ鼠になり、慌てて岩礁にしがみつく。

「こ、これ……、転覆しない!?」

「大丈夫だ」

 テムは、ジルの背中をぽんと優しく叩き、岩礁から筏へと跳び移る。
 皆も次々に筏へ跳び移り、重心を低くするため、筏に身を伏せる。
 筏は、頑丈にできて、全員が乗っても沈む気配はない。
 しかし、その乗り心地は最悪で、絶え間なく上下左右に揺れ動き、丸太の隙間からは噴水のごとく海水が断続的に吹き出している。
 あっという間に、全員が濡れ鼠になり、まだ冷たい海水に体を震わせる。

「私の浮流魔方陣の力により、沈むことはありません。ですが、揺れや寒さは別ですよ」

 ジョティルは、魔方陣を指し示しながら、寒そうにして体を擦る。
 確かに、丸太の隙間からは絶え間なく浸水するものの、海水はすぐに筏の上から流れ落ち、丸太が完全に水没することはない。
 ダイザの魔法も効果を上げており、蔓はびくともせず、丸太を固定させている。

「あとは、俺の仕事だな」

 バージは、得意とする風魔法を唱え、筏の後ろから追い風を吹かせる。
 帆代わりの木は、葉や枝でその風を受け、筏をぐんぐんと前へ進めていく。

「さ、寒い……」

 ずぶ濡れになったジルは、鼻水をすすり上げ、激しく吹きつける風に体を震わせる。
 体温は、吹き寄せる風に次々と奪われていき、唇の色はすでに真っ青である。
 それを見たダイザは、テムをちらりと見る。
 テムは、ダイザの意図を了解して、皆に風の防御魔法をかける。

air protectionエアプロテクション

 がたがたと体を震わせていたジルは、風の膜が体を覆い、吹き寄せる風を遮断してくれたことにほっとする。

「これって、濡れる前にして欲しかった……」

 ジルは、血色を取り戻しながら、愚痴をこぼす。
 その隣では、アロンやキントがうんうんと頷いている。

「はははっ。俺の魔法では、水を完全には防ぎきれん。先でも後でも、結果は同じだよ」

 日頃から体温の高いテムは、海水の冷たさなど気にもしないのか、陽気に笑い飛ばす。
 アロンとジルは、お互いに顔を見合わせ、何かを言いたそうにするが、激しい波のうねりが口を開かせない。
 下手に言い返せば、舌を噛みそうである。
 そうこうしているうちに、筏は、ぐんぐんと前進を続け、岸壁を離れ、沖合いに出て行く。
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