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凍雪国編第3章
第19話 モールの特製薬2
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「まぁ、これでも飲むのじゃ」
モールは、皆の前に順番に湯呑みを置いていき、茶瓶から黒褐色の液体を注ぎ込む。
湯呑みに入った液体は、どろどろとしており、そこから立ち上る湯気まで、どことなく黒褐色に色づいて見える。
「何……ですか?」
オンジらは、見たこともない液体を見て、絶句し、僅かに身を引く。
特に、ガンドは、露骨に嫌な顔をし、たじたじと後ずさる。
湯吞みから漂う匂いは、薬草の香りのようであるが、複雑に混じり合いすぎて、もはや何の匂いか特定できない。
「何って……、わしが特別に煎じた回復薬じゃよ。味は、保証せんがな」
モールは、はははっと快活に笑い、味見してみよと皆に促す。
皆は、お互いに視線を送り合い、誰が一番先に飲むのかを探り合う。
当然、皆の視線は、ギルド支部長のオンジへと集まる。
オンジは、ごくりと喉を鳴らしたあと、観念したように湯呑みを持ち上げ、口をつける。
「!」
一口、口に含んだオンジは、大きく目を見開き、全身から汗が一気に吹き出すのを感じる。
体は、それを異物と認識し、吐き出す反射行動を起こし始める。
だが、オンジは、頑強に鍛え上げた精神力で、それをねじ伏せ、抑えつける。
鼻から抜ける匂いは、薬草のそれである。
しかし、口の中の感触は、得体のしれない生き物が蠢いているようである。
(これは……飲み物だ……)
オンジは、拒絶する体を無理矢理騙し込み、ごくりと飲み下す。
「何……なのですか?」
どろりとした舌触りは、脂ぎっていて、苦味のほかに、辛味と酸味が強い。
僅かに甘味が感じられるものの、ほかの味が強すぎて、すぐに打ち消されてしまう。
液体が触れた唇や舌、喉では、焼けつくようにひりひりと痛みに近い悲鳴が上がり始める。
「体力回復薬じゃよ。わしは、精励湯と呼んでおるがな」
モールは、さらりと言い、オンジの湯呑みにおかわりを注ぎ足そうとする。
それを見たオンジは、顔が引きつり、手で湯呑みに蓋をして、モールから湯呑みを遠ざける。
「遠慮はせんでええ。それでは物足りないじゃろ?」
「紅寿様……。これは、何かの罰ですか?」
オンジは、もしや援軍が遅れたことに対する仕打ちなのかと、モールに疑い目を向ける。
「違う違う。わしは、善意の塊じゃよ」
モールは、オンジ以外にも、ほれ飲んでみよと促し、効果抜群じゃぞと付け加える。
モールは、丹精を込めて作り上げた薬液に絶対の自信を持ち、心から良かれと思って勧めている。
しかし、ガンドやエスレートなどは、逃れられるものならば逃れたいと、心の底から思っているようである。
「見た目や味は悪いが、薬効は確かじゃ。お主たちの疲れや痛みが吹き飛ぶぞ」
「私は、意識の方が飛びそうです。何を混ぜられたのですか?」
「それは……、知らぬ方がよい」
オンジは、僅かに咳き込み、ひりつく喉を手で押さえる。
モールは、にやりと意味ありげに笑い、楽しそうな様子で、皆に飲め飲めと催促し出す。
モールお手製の回復薬には、莪蒁、乾生姜、川芎、山茱萸、厚朴、人参などの植物性生薬のほか、蛤蚧、鹿茸、海狗腎などの動物性生薬も配合されている。
このうち、蛤蚧は内臓を取り除いたオオヤモリの干物で、鹿茸は雄鹿の幼角、海狗腎はオットセイの生殖器を乾燥させたものである。
この処方自体は、モールの姉メラニアが先代の薬師から海腎加厚朴生姜人参湯として詳伝されたものである。
しかし、モールは、自身の経験を踏まえ、配合比率を変えて調合し、精励湯と命名した。
どろりとした液体に仕上がっているのは、少々熟成し過ぎた結果である。
モールは、皆の前に順番に湯呑みを置いていき、茶瓶から黒褐色の液体を注ぎ込む。
湯呑みに入った液体は、どろどろとしており、そこから立ち上る湯気まで、どことなく黒褐色に色づいて見える。
「何……ですか?」
オンジらは、見たこともない液体を見て、絶句し、僅かに身を引く。
特に、ガンドは、露骨に嫌な顔をし、たじたじと後ずさる。
湯吞みから漂う匂いは、薬草の香りのようであるが、複雑に混じり合いすぎて、もはや何の匂いか特定できない。
「何って……、わしが特別に煎じた回復薬じゃよ。味は、保証せんがな」
モールは、はははっと快活に笑い、味見してみよと皆に促す。
皆は、お互いに視線を送り合い、誰が一番先に飲むのかを探り合う。
当然、皆の視線は、ギルド支部長のオンジへと集まる。
オンジは、ごくりと喉を鳴らしたあと、観念したように湯呑みを持ち上げ、口をつける。
「!」
一口、口に含んだオンジは、大きく目を見開き、全身から汗が一気に吹き出すのを感じる。
体は、それを異物と認識し、吐き出す反射行動を起こし始める。
だが、オンジは、頑強に鍛え上げた精神力で、それをねじ伏せ、抑えつける。
鼻から抜ける匂いは、薬草のそれである。
しかし、口の中の感触は、得体のしれない生き物が蠢いているようである。
(これは……飲み物だ……)
オンジは、拒絶する体を無理矢理騙し込み、ごくりと飲み下す。
「何……なのですか?」
どろりとした舌触りは、脂ぎっていて、苦味のほかに、辛味と酸味が強い。
僅かに甘味が感じられるものの、ほかの味が強すぎて、すぐに打ち消されてしまう。
液体が触れた唇や舌、喉では、焼けつくようにひりひりと痛みに近い悲鳴が上がり始める。
「体力回復薬じゃよ。わしは、精励湯と呼んでおるがな」
モールは、さらりと言い、オンジの湯呑みにおかわりを注ぎ足そうとする。
それを見たオンジは、顔が引きつり、手で湯呑みに蓋をして、モールから湯呑みを遠ざける。
「遠慮はせんでええ。それでは物足りないじゃろ?」
「紅寿様……。これは、何かの罰ですか?」
オンジは、もしや援軍が遅れたことに対する仕打ちなのかと、モールに疑い目を向ける。
「違う違う。わしは、善意の塊じゃよ」
モールは、オンジ以外にも、ほれ飲んでみよと促し、効果抜群じゃぞと付け加える。
モールは、丹精を込めて作り上げた薬液に絶対の自信を持ち、心から良かれと思って勧めている。
しかし、ガンドやエスレートなどは、逃れられるものならば逃れたいと、心の底から思っているようである。
「見た目や味は悪いが、薬効は確かじゃ。お主たちの疲れや痛みが吹き飛ぶぞ」
「私は、意識の方が飛びそうです。何を混ぜられたのですか?」
「それは……、知らぬ方がよい」
オンジは、僅かに咳き込み、ひりつく喉を手で押さえる。
モールは、にやりと意味ありげに笑い、楽しそうな様子で、皆に飲め飲めと催促し出す。
モールお手製の回復薬には、莪蒁、乾生姜、川芎、山茱萸、厚朴、人参などの植物性生薬のほか、蛤蚧、鹿茸、海狗腎などの動物性生薬も配合されている。
このうち、蛤蚧は内臓を取り除いたオオヤモリの干物で、鹿茸は雄鹿の幼角、海狗腎はオットセイの生殖器を乾燥させたものである。
この処方自体は、モールの姉メラニアが先代の薬師から海腎加厚朴生姜人参湯として詳伝されたものである。
しかし、モールは、自身の経験を踏まえ、配合比率を変えて調合し、精励湯と命名した。
どろりとした液体に仕上がっているのは、少々熟成し過ぎた結果である。
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