ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第18話 モールの特製薬1

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 ハンナは、精神的に不安定になっており、人目につかない空間が必要かもしれない。
 しかし、モールは、表向きにはオンジの指摘を受け入れ、それもそうかと、あっさりと納得する。
 モールとしては、オンジたちは部下ではなく、ミショウ村の危機に駆けつけてくれた恩人である。
 例え、襲撃には間に合わなかったにせよ、貴重な情報を複数持ってきてくれている。
 そのため、モールは、オンジたちを快くもてなすつもりである。
 だが、オンジは、部屋でくつろぐとは言っても、戦着いくさぎを脱ぐつもりはなく、緊張の糸を切らすつもりもない。

「では、必要なものがあれば、遠慮なく申し出てくれ。わしが何とか用意するでな」

「ご配慮、感謝致します」

「なになに、構わんて……。これからは、わしらが世話になることもあるでな」

 モールは、今この地を離れられない身である。
 そのため、大陸のことは、オンジたちの働きに期待しなければならない。
 今回の襲撃は、取り逃がしたセルノやベドを斬り捨てたからといって、おそらく解決はしない。
 国都での権力争いが陰に潜んでいる可能性があり、ひいては、ルシタニアなど、大国の思惑が絡んでいる可能性もある。
 特に、ゼノス教の動向が気になる。

「わしなりの心遣いじゃ。遠慮せずに受け入れてくれ」

「有り難く……」

 オンジは、微笑みながら、拝手してモールのもてなしに謝意を示す。

「おっ!」

 モールは、そう言い、何かを思い出したのか、オンジを残して台所へと消える。
 オンジは、モールの突発的な行動には慣れており、僅かに肩をすくめて、皆がいる隣の部屋へと戻る。
 その顔には、自然と笑みがこぼれ、以前と変わらないモールに懐かしさを覚える。
 ゼルスト国にいた頃、オンジは、メリングとともにエイフェ付きの護衛騎士をしていた。
 当然、エイフェの夫であるモールも護衛対象であった。
 だが、モールは、ゼルスト国紅燐騎士団や教導騎士団の魔法指南役に就いており、ゼルスト国中でも最強の存在であり、護衛の必要すらなかった。
 護衛を嫌うモールは、いつもオンジやメリングらに行方をくらまし、飄々ひょうひょうと過ごしていた。



「どうでした?」

 オンジの姿を確認したメリングが、真っ先に声をかけてくる。
 メリングは、ゼルスト国からずっとオンジの副官を務めている。
 ほかの者は、思い思いの姿でくつろいでいたが、メリングの声にオンジを仰ぎ見る。

「部屋を用意してくださった」

 オンジは、今しがたの光景を事細かく皆に話す。

「天蓋……ですか?」

 メリングは、意表を突かれたような顔をして聞き返す。
 しかし、それを聞いたハンナが、モールの思いを代弁する。

「おそらく、私のため……ではないでしょうか?」

 ハンナは、先程、自分が取り乱したときに見せた、モールの優しさを忘れていない。
 また、モールは、この家に至るまでの道中、常に殿しんがりのハンナに気を配り、歩くペースを調整してくれていた。

「モール様は、私が一人になれる場所を用意してくださったのだと思います」

 オンジは、天蓋について聞いたとき、モールが一瞬何かを言いたそうにしたのに気がついている。

「そうかもしれないな。ああ見えて、中々に気配りをされる方だからな」

 オンジは、皆に話すときはしゃべり方が変わる。
 ギルド員との会話には、敬語は不要である。
 その後、皆で今後の方針を話し合っていると、モールが音も気配もなく突然現れ、声をかけてくる。

「何を話しておるんじゃ?」

 モールは、お盆の上に人数分のお猪口ちょこのような湯呑みと大きめの茶瓶ちゃびんを載せて、部屋に入ってくる。

「いえ……。紅寿様の深慮に、感銘を受けておりました」

 オンジは、自身の理解不足を恥じ、モールへ頭を下げる。

「……よく分からんが……」

 モールは、きょとんとした顔をして、オンジの謝意をはぐらかし、皆の側にどすんと音を立てて座る。
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