ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
241 / 492
凍雪国編第3章

第17話 モールのもてなし4

しおりを挟む
「お主は、気にせんでもええ。これは、わしの仕事じゃからな」

 モールは、最後の箱を手に持って、オンジの気遣いを優しさで包み込むように言う。

「私は、客ではありません。今でも、紅寿様の部下です」

「もう過去のことじゃな」

 モールは、オンジの思いをさらりと受け流し、最後の箱を置きに奥の部屋へ行く。
 モールにとり、ゼルスト国との関係は、妻の死別を機に失われている。
 オンジは、一瞬やるせない気持ちを顔に浮かべる。
 だが、モールが部屋を出るときには、いつもの冷静な表情に戻る。
 モールが立ち去ったあと、すぐに、がたがたがた……と奥の部屋で大きな物音がする。
 モールが、箱にかけていた浮遊魔法を解いたため、箱が重力に従って積み重なったのである。

「さて、部屋を片付けたあとは、綺麗にしてやらんとな。オンジは、外に出てくれ」

 部屋に戻ってきたモールは、オンジに部屋の入り口まで下がるように指示をする。

「掃除ぐらい、私たちがやります」

 オンジは、ここぞとばかりに助力を申し出る。
 だが、モールは、早く向こうに行けとばかりに、手をひらひらと振ってオンジを遠ざける。

「わしがやった方が早い。まぁ、見ておれ」

 そう言われたオンジは、不承不承ふしょうぶしょうながら部屋の外まで下がる。
 モールは、風魔法を使い、座敷を掃き清め、開け放たれた窓からちりほこりを庭に吹き飛ばす。
 そして、水魔法で作り出した水球を部屋中に転がし、床や壁、天井の汚れを吸い上げ、庭に捨てる。
 最後の仕上げは、再び風魔法で乾燥した空気を部屋に送り込み、濡れた床や壁などを乾かして終わりである。
 たった数分で、部屋の中が綺麗になってしまう。

「流石ですね……」

 オンジは、鮮やかな家事の手並みに驚きを隠さない。

「なに、100年も同じことをやっとれば、これぐらい何てことはない」

 モールは、肩をすくめて、オンジに答える。
 一人で暮らし始めて、すでに100年以上の月日が流れている。

「さて……、お主たちが寝る部屋を用意できたぞ。ここは、誰が使うんじゃ?」

「私とメリング、ハンナで使わせていただきます」

「女性陣じゃな」

 モールは、しばし考え、ふいっと奥の部屋に消える。
 奥の部屋からは、がたごとと、箱をひっくり返すような音が聞こえ、続いて、しゅるしゅると布地が擦れる音が聞こえてくる。

「これが使えるじゃろ」

 モールは、体が隠れるほどの大きな布地を両手に抱えて戻ってくる。

「何に……ですか?」

 オンジは、モールの意図がいまいち掴めず、モールの動きを注視する。
 モールは、ばさばさと、その布地を広げ、風魔法で天井付近に浮かべる。
 そして、手に持っていたびょうを指で弾き飛ばし、布地を天井板に張り付ける。
 四角く天井に留められた布地は、余った生地を床に垂らす。
 部屋の隅に、2m四方の閉鎖空間ができあがる。

「ほれ。天蓋てんがいじゃ。これで個室の出来上がりじゃな」

 モールは、思いの外、形よく完成したことに満足する。
 オンジは、細やかな配慮を見せたモールに感謝しながらも、その用途に困惑する。

「何じゃ? その顔は?」

「いえ……。何のためのものかと……」

「何って……、即席の個室じゃよ。一人になりたいときもあるじゃろ? エイフェやマティアスは、着替え用や身だしなみ用に必要としておったぞ?」

 モールは、当然という顔でオンジに答える。
 モールは、エイフェから、女性が部屋でくつろぐためには、他人の目を気にせず、素の自分を出せる空間が必要であると教えられている。
 オンジには、王族であったエイフェの感覚は理解できる。
 しかし、一兵士であり、一冒険者である自分たちへの配慮としては、少々的外れだと感じる。
 オンジは、ついいさめる口調で話してしまう。

「紅寿様……。我らは、客ではありませぬ。着替える必要はありませぬし、化粧も必要ありませぬ」

「ん? そうか?」

(ハンナには、必要かもしれんがの……)

 モールは、心の中で密かに呟く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...