ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第2章

第103話 襲撃を命令した者3

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 モールは、ナジキの様子からそう長くは持たないことを察し、聞きたいことのみを優先して聞く。
 ボーは、その様子を静かに見守る。

「お主たちは、何人で来た?」

「ろ、6……」

 モールは、ナジキが挙げた名前を数え上げる。

「ナジキとキガメラ、ワジィ、セルノ、ベド、エテン…の6人か?」

「そ、そう……」

「リーダーは、誰だ?」

「ベ、ベド……。い、依頼……、セ、セルノ……」

 モールは、断片的に答えるナジキの言葉に、状況を補足して考える。
 そして、襲撃計画の全容を頭の中に描き出していく。

「ベドが大将で、依頼を持ってきたのがセルノか?」

「そ、そう……」

 モールは、畳み掛けるように質問を繰り返す。
 ナジキは、時折、歯を食いしばることもあり、闇の支配が心の深層にまで達し始めている。

「娘を攫ったら、金を誰からもらう?」

「お、長……。お、俺たちの……」

「ギルド長の名は?」

「わ、分からない……。お、長に……、な、名……ない……」

 通常、闇ギルドに所属する者は、同じギルド員にも本名を告げない。
 リビングデッドのギルド長も、ナジキに本名を語っていないはずである。
 モールは、闇ギルドに関しては、それ以上は深く追求しない。
 今は、リビングデッドという闇ギルドの名が分かっただけでも良しとする。
 闇ギルドの詳細は、あとで調べれば分かることである。

「報酬はどこから出る金だ?」

「ゼ、ゼノス……。セ、セルノ……、長が出す……」

 モールは、ナジキの「ゼノス……」という言葉を聞いて、おっという表情になる。
 ゼノス教は、モールが大陸にいたときからある異端宗教で、モールもかつてその教団にとらわれた奴隷の解放依頼を受けている。

「セルノは、ゼノス教のものか?」

「そ、そう……」

「ベドやエテンもか?」

「わ、分からない……、分からない……」

 ナジキは、突然がくがくと震えだす。
 そして、白目を剝き、口から泡を吹き出し、そのまま息絶える。

「お、おい……。死んでしまったぞ?」

 尋問の様子を静かに見ていたボーが、モールへ非難の目を向ける。

「こやつの精神が、闇の力に耐えられんかった。もう少し聞きだせるかと思ったが、残念じゃの……」

 モールは、ナジキへの憐憫れんびんをわずかに示す。
 だが、ナジキが、マルザやハイト、デュークの命を奪ったことを忘れない。

「これで、マルザとハイト、デュークが安らかに眠れればよいがの……」

 モールは、家族同然のものが殺害され、激しい怒りを抱く。
 しかし、それと同時に、争いごとの悲哀や虚しさも感じる。
 モールが都を避け、ミショウ村に帰ってきたのは、そうした気持ちから離れるためでもあった。

「それで、黒幕の正体は分かったのか?」

 ボーは、複雑な表情を浮かべるモールの心情を思いやりながら聞く。

「ふむ……。鍵は、セルノじゃな。それと、ゼノス教とやらが絡んでおることだけは確かなようじゃ」

「それだけか?」

「まぁの……」

「もう少し、聞き出せたのではないか?」

「今は、それで十分じゃよ。あとは、こやつの持ち物や、キガメラとワジィ……じゃったか、そやつらからも情報を探るでな」

「それで、大丈夫なのか?」

「問題ないじゃろ。バキュリデスや獣枷じゅうかの指輪を持っておったからの」

 モールが言うバキュリデスは、ベアトリス八名剣の1つで『暗黒剣バキュリデス』のことである。
 また、獣枷の指輪は、エテンが飛竜を使役していた魔道具である。
 どちらも、唯一無二のものであり、所持者を辿れば、ベドとエテンの正体に辿り着けるはずである。
 モールは、ナジキが腰につけている麻袋を取り上げる。
 そして、魔法陣を破り取るときに見えたナジキの入れ墨を調べるため、ナジキの上衣を剥ぎ取る。

「ん~。どこでじゃったかな……?」

 モールは、ナジキの背中から脇腹に掛けて彫られた入れ墨をしげしげと眺め、首を捻る。
 その様子を訝しく思ったボーが、尋ねる。

「どうした?」

「いや、なに……。この入れ墨……、確かどこかで見た覚えがあるのじゃが……、記憶が探れんほど昔のことらしい……」

「何かの図柄か?」

 クスリナの様子を窺っていたボーが、近づいてきて、ナジキの入れ墨を見る。

「ほれ……、円環に絡みつく双頭の蛇じゃ。この意匠は、暗殺を生業なりわいにする者たちが好んで刻み込む。じゃが……、ここじゃよ」

 モールは、双頭の蛇の一方が咬みつく宝珠に刻まれた紋章を指し示す。
 そこには、三つのくさびが重なり合った紋章がある。

「リビングデッドとかいうギルド章ではないのか?」

「その可能性は大いにあると思う。……じゃが、わしは、以前にどこかで、これを確かに見ておる」

「それが、思い出せんと?」

「うむ」

 しきりに首をかしげながら、必死に思い出そうとするモールを尻目に、ボーは、我には関係のないことだというように、クスリナのもとへと戻る。
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