ロシュフォール物語

凍雪国編第１章

第８４話 猪の解体

「そう、良かったわ。イタヤカエデの樹液には、疲れを癒す栄養素も含まれているから、狩りに行った後には最適よ」

「うん、美味しい……。ありがとう」

　フレイは、両手で温かい湯吞みを持ち、ふーふーと息を吹きかけながら少しずつ飲んでいく。
　フレイとナートのやり取りを見ていたホレイは、「私には、ないのか？」と、猪を担ぎながら尋ねる。

「あら、あなたの分もありますよ。でも、先に、その猪を解体してきてくださいな」

　ナートは、居間の中を振り返り、机の上に置いてある湯吞みを指差しながら答える。

「私も、喉が渇いているんだが……、仕方ないな」

　ホレイは、出入り口の外で猪を担ぎなおして言う。

「ごめんね、ホレイさん。先にいただいちゃった」

「美味かったか？」

「うん」

「そうか。なら、猪の解体を手伝ってくれるか？」

「うん。いいよ」

　フレイは、家の裏手にある井戸に向かうホレイの後についていく。



　ホレイは、猪の腹をナイフで切り裂き、内臓を取り出す。
　そして、フレイの魔法で焼け焦げた毛皮を肉から剥ぎ取っていく。
　フレイは、ホレイの手慣れた手つきを面白そうに眺めている。

「フレイは、猪の解体は得意か？」

「う～ん……。ちょっと苦手」

「どの辺りが？」

「骨を取り除くところ……」

　フレイは、内臓を取り出したところから見えている肋骨を、ちょんちょんと突っつきながら言う。

「そうか。では、これもいい勉強になるな」

「どうして？」

「骨の位置を正確に知るということは、敵の弱点を見つけることにつながる。例えば、あばら骨は背骨から横方向に伸びているだろう？」

　ホレイは、肋骨の間にナイフを突き入れ、骨に沿って肉を剝がしていく。

「うん」

「だから、剣で切るときには、猪の胴を横薙ぎしても、あばら骨に当たって奥には届かない」

　ホレイは、実際に、猪の横腹をナイフで切り裂き、肋骨に邪魔されるのをフレイに見せる。

「じゃぁ、どうするの？」

「胴を切る時は、骨に沿うように縦に切りつけるか、突き刺すかを選択するんだ。でないと、剣があばら骨に当たって、刃こぼれを起こしてしまう」

「でも、僕みたいに魔法で焼いちゃえば関係がないよ」

　フレイは、まだ力が弱いため、剣を使った攻撃はあまりしない。
　そのため、フレイの攻撃は、魔法攻撃が主体となっている。

「はははっ……、確かにな。だが、魔法が効かない相手だったらどうするんだ？　もしくは、魔法結界を張られたら？」

「う～ん……。そのときは、逃げる」

　フレイは、少し困りながら言う。

「まぁ、それが正しい選択だな。ただし、敵の方が一枚上手で、逃がしてくれなかったら、やられてしまうぞ」

「うん……」

「フレイは、魔法のみに頼らず、剣で対処する方法も身につけておくべきだな」

　ホレイは、手に持つナイフを剣に見立て、猪の脇腹に深く突きを入れる。

「うん、分かった」

「猪の解体は、そのために役立つ。フレイは、しっかりと骨の位置を確認して、骨に刃を沿わせ、刃がスムーズに流れるように心掛けるんだ」

「うん。やってみる」

　フレイは、ホレイから渡されたナイフを握り、肉と骨を切り分ける作業に取りかかる。

「そう……、いい調子だな」

「少し分かってきたよ。でも、骨のつなぎ目は硬くて、刃が通らないや」

「関節は頑丈だからな。普通、剣でも、その部分を狙わない」

　ホレイは、靱帯で覆われた関節を持ち上げる。

「刃が欠けてしまうから？」