ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第1章

第2話 お出掛け

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 ディスガルドには、北半島と南半島に囲まれた絶海の孤島がある。
 この離れ島は、大陸からはすでに忘れ去られた島ではあるが、古き文献には禁じられた島フォビドゥンアイルという名で記され、濃密な魔素が充満する秘境島である。

 島には、長命族の生き残りが隠れ住むミショウ村がある。
 ミショウ村は、島の東側にあり、岩肌が剝きだしになったセキガ山の南麓に位置し、村の東西南の三箇所が凍土林に囲まれている。
 村の入り口は、西側にあり、村から凍土林の間を抜ける小道が伸びている。
 村の南側には、小川が流れていて、村のそばの河川敷に造られた溜め池では、時折、元気な養殖魚が跳びはねている。
 ミショウ村は、人口わずか50人あまりの小さな集落で、普段はほかの集落との交流もなく、完全な自給自足の生活を営んでいる。



 寒さが和らぎつつある春先。
 村の西南の方角にある凍土林の獣道を、1人の少年と1匹の大きな狼が歩いている。
 先を行く少年の名をフレイと言い、フレイの後に続き、周囲を探りながら歩いているのが、人語を解する狼ボーである。

 フレイは、ロシュフォール族の皇族に連なる血筋の子孫であり、銀髪碧眼、容姿端麗、透き通るほどの白き肌など、長命族の特徴を宿している。
 フレイは、長命ゆえに、数え年はかなりいくけれども、その表情には幾分幼さがあり、体格もまだまだ成長途上にあることが見てとれる。
 また、身長も、平均よりかはやや低く、今年の春にようやく150cmに届くかというところである。

 一方、ボーは、古代種の狼の一族である。
 人間で言えば壮年に達していることもあり、白銀の毛皮に覆われ、威風堂々とした体躯をしている。
 身の丈は、フレイよりも高く、2mを超えそうである。

「フレイ、今日は奥まで行くのか?」

「うん、そうだよ」

 フレイは、小山となった雪の塊を登り、後ろのボーへ答える。

「危険じゃないのか?」

「う~ん、どうだろう……。今日は、大丈夫じゃないかな? 小鳥がさえずっているし……」

 雪解けが始まり、わずかに芽吹いてきた凍土林のなかは、春が訪れる気配で満ち溢れている。
 ボーは、周囲の木々を見上げ、特に何も異常がないのを確認する。

「そうだな……。ただ、出掛けるときにも言ったが、我は、今朝から何か嫌な予感がしている」

「だから、警戒はしているよ。でも、気配に敏感なボーでもおかしなところはないんでしょ?」

「あぁ、まだない。今は、何も感じないな……」

 ボーは、耳や鼻をしきりに動かし、周囲の状況を探る仕草しぐさを繰り返している。

「今日はね。お母さんが前から欲しがっていた輝石きせきを持って帰るんだよ。でも、湖まで1人で行くと怒られるから、ボーに頼んだんじゃない」

 輝石とは、大地から溢れである魔素が結晶化した石である。

「我は行くなと、引き止めたんだぞ?」

「でも、ついてきてくれているじゃない。だから、ボーは好きだよ」

「フレイの無茶は、今に始まったことではないからな。ついていかずに、死なれては困る」

 ふんっと、ボーは鼻息を荒くして、フレイをとがめる。

「ボーは、優しいね」

 ふふっと、フレイは笑いながら呟く。
 それを見たボーは、フレイを追い抜き、テラ湖への道を急ぐ。

「早く行って、帰るぞ。遅くなればなるほど、危険が増すだけだからな」

 ボーは、ひとりで駆け出して行ってしまう。

「あっ! 待ってよ、ボー」

 フレイは、必死になってボーを追いかける。



 小鳥のさえずりは、テラ湖が近くなり、凍土林がまばらになるにつれて小さくなる。
 その代わりに、だんだんと霧が濃くなり、水辺に生える蘚苔せんたい類や地衣ちい類などの植物が多くなる。

「そろそろ、湖が近いね」

「あぁ、霧が出てきたからな……」

 テラ湖の周辺は、湖水が地脈の熱で温められ、霧が発生しやすい。
 フレイとボーは、まとわりついてくる霧を払いつつ、足場を気にしながら進む。

「フレイ。そこは、滑りやすいから気をつけるんだぞ」

「分かっているよ」

 ぬかるんだ窪地に足を取られないように、慎重に歩みを進めていたフレイは、ふと顔を上げて、緑に覆われた岩を見つめる。

「あっ、ボー! これ、ジャゴケだよ」

「ん?」

 先に進んでいたボーが振り返る。
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