転校生

転校生

　俺の名前は拓也。ただの普通の高校生。特に目立つこともなく、毎日同じような日常を送っている。授業が終わって友達と過ごす時間が、一番の楽しみだった。
　そんな平穏な日々が続いていたんだけど、ある日、俺のクラスに転校生がやってきた。その名前は、花音。自己紹介でも名字を名乗らずに名前を名乗った彼女の事をみんなは名前で呼ぶようになっていた。
　そんな花音は明るくて元気いっぱいで、常に笑顔を絶やさない。初対面のはずなのに、どこか親しみやすい雰囲気がある。その日は、特に印象に残る出来事はなかったけど、次の日のことを、俺は今でも鮮明に思い出せる。
　それは、昼休みだった。いつも通り友達と過ごしていると、花音が突然やってきた。彼女は大きな声を上げた。
「みんな！私と一緒に遊ぼうよ！」
　一瞬、周囲は驚いたように静まり返った。俺も内心、え、何言ってんだ？と思ったけど、そんなことを言っている暇なんてなかった。
「遊ぶって、どうするの？」
　友達のひとりが質問した。
「文化祭の準備を手伝うの。みんなも一緒にやろうよ。」
　その言葉に、彼女の無邪気さがあふれていた。
　周囲の反応は様々だった。賛同する者もいれば、呆れる者もいた。俺もその中にいたけど、何だか気になって仕方がなかった。普段は目立たない俺にとって、そんな花音の存在は新鮮だった。少し興味が湧いてきた。
「まあ、文化祭の準備は楽しそうだし、やってみるか」
　俺は思い切って口を開いた。すると、花音が俺の方を向いて笑顔を見せた。その瞬間、俺の心臓がドキッとした。
　こうして、俺の日常は少しずつ変わっていくことになるんだ。全く予想もしていなかった迷惑な毎日が、始まるなんて。

　　　　　　　　　　＊

　文化祭の準備が始まった頃、俺の日常はますます花音に振り回されていった。最初は「普通の文化祭」だと思っていたのに、彼女の提案はことごとく普通じゃない。みんなでやるべきことが山のようにあるのに、花音はいつもそれをチャチャっと片付けて、次の“面白いこと”を考えている。
　例えば、俺たちのクラスの出し物は、お化け屋敷に決まったはずだったのに、花音は「もっと刺激的にしよう！」なんて言い出して、スタンプラリーを提案した。まあ、それ自体は悪くないアイデアかもしれないが、彼女が考える“刺激”は、どう考えても雑すぎる。お化け役の俺が、同じクラスの女子に追いかけられるなんてシチュエーション、どこが面白いんだ？
　そんな調子で準備は進んでいった。文化祭当日が近づくにつれ、周りのみんなも盛り上がっているのに、俺はその中で花音との掛け合いに振り回されながら、自分の気持ちが少しずつ変わっていくのを感じていた。彼女が思うように行動する姿に、どこか惹かれてしまっていたのだ。口では「なんだよ、こんな無茶なこと…」と言いながら、心の中では「思い切り楽しんでほしい」と願っている自分がいた。
　そんなある日、花音が文化祭の最終確認をするために俺に呼びかけた。
「拓也、一緒に準備しよう！」
　その声に少し戸惑いながらも、ついつい彼女の後を追ってしまった。そして、文化祭の一部を二人で作り上げることになり、いつの間にか俺たちの距離は近づいていた。
　しかし、その一方で、別の男子たちも花音に目を付けている様子で、彼女に話しかけている姿を見ると、なんだかモヤモヤとした感情が湧き上がった。花音は、誰とでも気軽に接するから、そのたびに彼女の明るさが特別だと感じる俺にかすかな焦燥感が忍び寄る。彼女が「友達」と言うだけの言葉に、なんだか自分は物足りない気がしてならなかった。
　これまでの普通だった日常が、花音のせいで色を持ち始め、俺の心もざわついていた。

　　　　　　　　　　＊

　文化祭当日、朝からバタバタしていた。教室の中は賑やかで、友達と一緒に準備を進める中、花音の存在感がますます際立っていた。彼女はまるで太陽のように、周囲を明るく照らして、皆を楽しませることに全力を注いでいた。
　その日、最初の出し物はお化け屋敷。俺と女子たちが仮装して作ったお化けたちが、最初は緊張していたけど、花音が楽しそうに笑っている姿を見ているうちに、俺もどんどんその気に引き込まれていった。お客様が来るたびに、緊張感が高まり、もしかしたら成功するかもと思うと自然と声が出た。
　でも、次第に花音が他の男子たちと楽しそうに笑っているのを目にすることが増えてきて、心の中に暗い影が差し込んできた。特に、花音の明るさを求めて集まる那須っていう同級生の男子は、俺の目には非常に目障りだった。彼は花音に話しかけ、面白いことを言ってみたり、時には冗談を交えたりしていた。そのたびに、俺の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚が生じた。
「ねえ、拓也、もう少しこのコーナーを盛り上げようよ」
　花音の呼びかけに反応することはできたが、その隣にいる那須の笑顔が、俺の心を揺るがす。どうしてこんなにモヤモヤするんだろう。まさか、俺は彼女を…？自分の気持ちが次第に分からなくなってきた。
　その瞬間、混乱した心の解決を求めている自分に気が付いた。はっきりさせなきゃ、今のままじゃダメだ。俺は、花音に少しでも気持ちを伝えたいと思った。「お、おい、花音！」と声をかけて、思わず彼女の目を見つめた。しかし、彼女は那須と笑い合いながら向こうへ行ってしまった。
　その一瞬で、自分の気持ちがどうにも持て余してしまう。文化祭の後半が進むにつれ、俺の心は一層混乱を深め、進むべき道が見えなくなっていた。もう一度、花音に伝えなきゃいけない。この感情を抱えて進んだ先で、俺は一体どうなるのか。青春の葛藤が、今まさに俺の中で渦巻いていた。

　　　　　　　　　　＊

　文化祭のフィナーレが近づくにつれ、俺の心の中のもやもやは一層大きくなっていった。お化け屋敷も無事成功し、友達やクラスの仲間が笑い合う中、俺はその盛り上がりの中に自分が完全には溶け込めていない気がしていた。花音の明るさに惹かれながらも、彼女をめぐる他の男子たちとの距離を感じていた。どうしてもその感情が消えない。
「拓也、そろそろあのコーナーを片付けようよ」
　花音が声をかけながら、俺の手をぐっと引いた。その瞬間、心臓がドキリと鳴った。彼女の明るさと無邪気さは、まるで太陽の光。思わず彼女を見つめると、その笑顔は何よりも心を満たしてくれる。その光景を見ていると、言いたいことが一気に溢れ出す気がした。
「花音、待ってくれ…」
　不意に口に出た言葉に、花音は驚いた顔をして振り返った。周囲の賑やかさが一瞬静まり返り、俺の心臓の鼓動だけがうるさく響いている。これが最後のチャンスかもしれない。そう思った。
「俺…お前のことが、好きなんだ」
　思い切って告げた言葉は、自分でも驚くほどの真剣さだった。周りのみんなも止まって俺たちを見ているのがわかる。少しの沈黙が流れた。
「えっ？」
　花音の驚いた顔が、俺の心にざわめきをもたらした。こっぱずかしい気持ちが湧き上がる。でも、何を言うでもなく、彼女の目をしっかりと見つめることで、俺の気持ちがどう受け取られるのかを待った。
　その瞬間、花音の顔が緩んだ。暖かい笑顔が少しずつ戻ってくる。
「私も拓也のことが好きだよ」
　彼女は明るく言った。その言葉に、周囲の空気が和んだのを感じた。
　心の中の重荷が一気に吹き飛び、嬉しさと解放感に包まれた。今までも何度も一緒に過ごしてきたけれど、これからの俺たちの関係がどう変わっていくのか、想像するだけでワクワクした。
　文化祭の喧騒の中、花音との視線が絡み合う。これまでの不安や戸惑いは消え、代わりに明るい未来が開けていくのを感じた。俺たちの心が一つに結ばれた瞬間だった。そして、これからも新しい日々が待っていることを心から楽しみにしていた。