5 / 7
第04話「報告」
しおりを挟む
村木晋太郎。十九歳。
日本将棋連盟所属。プロ四段。
姉弟子であり女流棋士界の若きトップ棋士である桜塚歌子さんと付き合うことになった。
そのことをお世話になっている人に報告しないといけない。
師匠には無事に祝福された。
祝福されたのだが、「あれ、まだ付き合ってなかったのか」と言われて歌子さんと顔を見合わせて笑ってしまった。兄弟子たちも似たような反応だった。
両親と師匠の一門に報告するとして、実はそれ以外には改めて報告する必要のある人物はいない。
俺も歌子さんもそこまで親しい友人はいないのだ。
互いの両親にも報告した。こちらも顔見知り過ぎて両家共にあっさりと終わった。
*
「やあ、村木」
「天宮」
将棋会館の中を歩いていると、現在名人位挑戦中の怪物と出会った。
「桜塚さんと付き合っているんだって。おめでとう」
「ありがとう」
祝福されて素直に礼を言う。
「ずっと好きだった人とか羨ましいよ」
「……お前なんでその事を知っているんだ?」
天宮には報告していない。誰かから聞いたりしても詳細は知らないはずだ。
「見てればわかるよ」
ずっと雲の上の存在だと思っていた人物からそんなことを言われて思わず目頭が熱くなった。
「そっちはこの前できた新しい彼女は?」
「もう別れた」
……世間話的な感じで聞いたのだがなんか悪い気がしてきた。
「そうか。なんか悪い」
「いや、別にいいよ。なんか長続きしないんだよな」
昔はすぐに彼女ができるこの男が羨ましいとも思ったが、こちらはこちらで悩みがあるらしい。
「やあ、晋太郎君」
「真理亜さん」
歌子さんの永遠のライバル。黒泉真理亜女流六冠が現れた。
「珍しいね。竜王と一緒か」
確かに天宮と会話する機会はなかなかない。
「それよりも黒泉さん。聞きましたか。村木が桜塚さんと付き合うことになったんですよ」
それを聞いて黒泉さんが固まった。
「真理亜さん?」
俺は心配になって真理亜さんに声をかけた。
「……そうか。君と歌子が」
そう呟くと真理亜さんは急に涙を浮かべた。
「ま、真理亜さん?」
「すまない。失礼する」
そのまま俺に背を向けて真理亜さんは去っていった。
何だったんだ。今のは。
「黒泉さん。いつから村木のこと好きだったんだろう」
横で天宮がそんな事を呟いた。
「ちょっと待って。真理亜さんが俺を?」
全然接点がないぞ。
「いや、今の見れば一目瞭然だろう」
そう言われればそうだが、マジで接点がほとんどない。
「晋太郎。ここにいたの」
真理亜さんとのエピソードを考えていると愛しき我が恋人が現れた。
「あら、天宮竜王。先日はNHK杯の優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。桜塚先生。村木との交際の件お聞きしました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
二人とも他愛のない話をしているが、歌子さんに天宮が変な事を言う前に退散してほうがいい気がしてきた。
「行こう。歌子さん」
歌子さんの手をとった。
「それじゃあ、行くよ」
「またな。村木」
「ああ」
天宮と別れた。
その後、歌子さんと二人で歩きながらその時の事を振り返った。
さっきの真理亜さんとのことを伝えるべきか否か。
少しだけ考えて、結論が出た。
このことは黙っておこう。
別に真理亜さんと何かあったわけではないし、天宮が言っただけで真理亜さんが俺の事を好きかどうかなんてわからないし、そもそも真理亜さんが俺をどう思っているかをはっきりさせようとも思わない。
「どうしたの。晋太郎」
歌子さんが考え込んでいる俺に尋ねてきた。
「いや、俺ってもてるのかなって思って」
「少しは自覚あったの?」
「自覚?」
「前にも言ったけど、アンタの事好きな子は結構いるんだからね」
そう言う目の前の人物こそもてる。
全然友達でもない奨励会員やプロ棋士から紹介して欲しいと言われる事もあったしファンも多い。
俺がもてるとは思えないが、俺が持てるならお互い様だ。こっちこそ自覚を持ってもらいたい。
「可愛い子でも見つけた?あきらめなさい。アンタはもう私のものよ」
そう言われて固まった。
「何よ。なんか文句あるの?」
「いや、歌子さんが可愛いなって思っただけ」
そう言って歌子さんに無言で頭を軽く叩かれてから、俺は歌子さんと二人で手を繋いで歩き続けた。
日本将棋連盟所属。プロ四段。
姉弟子であり女流棋士界の若きトップ棋士である桜塚歌子さんと付き合うことになった。
そのことをお世話になっている人に報告しないといけない。
師匠には無事に祝福された。
祝福されたのだが、「あれ、まだ付き合ってなかったのか」と言われて歌子さんと顔を見合わせて笑ってしまった。兄弟子たちも似たような反応だった。
両親と師匠の一門に報告するとして、実はそれ以外には改めて報告する必要のある人物はいない。
俺も歌子さんもそこまで親しい友人はいないのだ。
互いの両親にも報告した。こちらも顔見知り過ぎて両家共にあっさりと終わった。
*
「やあ、村木」
「天宮」
将棋会館の中を歩いていると、現在名人位挑戦中の怪物と出会った。
「桜塚さんと付き合っているんだって。おめでとう」
「ありがとう」
祝福されて素直に礼を言う。
「ずっと好きだった人とか羨ましいよ」
「……お前なんでその事を知っているんだ?」
天宮には報告していない。誰かから聞いたりしても詳細は知らないはずだ。
「見てればわかるよ」
ずっと雲の上の存在だと思っていた人物からそんなことを言われて思わず目頭が熱くなった。
「そっちはこの前できた新しい彼女は?」
「もう別れた」
……世間話的な感じで聞いたのだがなんか悪い気がしてきた。
「そうか。なんか悪い」
「いや、別にいいよ。なんか長続きしないんだよな」
昔はすぐに彼女ができるこの男が羨ましいとも思ったが、こちらはこちらで悩みがあるらしい。
「やあ、晋太郎君」
「真理亜さん」
歌子さんの永遠のライバル。黒泉真理亜女流六冠が現れた。
「珍しいね。竜王と一緒か」
確かに天宮と会話する機会はなかなかない。
「それよりも黒泉さん。聞きましたか。村木が桜塚さんと付き合うことになったんですよ」
それを聞いて黒泉さんが固まった。
「真理亜さん?」
俺は心配になって真理亜さんに声をかけた。
「……そうか。君と歌子が」
そう呟くと真理亜さんは急に涙を浮かべた。
「ま、真理亜さん?」
「すまない。失礼する」
そのまま俺に背を向けて真理亜さんは去っていった。
何だったんだ。今のは。
「黒泉さん。いつから村木のこと好きだったんだろう」
横で天宮がそんな事を呟いた。
「ちょっと待って。真理亜さんが俺を?」
全然接点がないぞ。
「いや、今の見れば一目瞭然だろう」
そう言われればそうだが、マジで接点がほとんどない。
「晋太郎。ここにいたの」
真理亜さんとのエピソードを考えていると愛しき我が恋人が現れた。
「あら、天宮竜王。先日はNHK杯の優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。桜塚先生。村木との交際の件お聞きしました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
二人とも他愛のない話をしているが、歌子さんに天宮が変な事を言う前に退散してほうがいい気がしてきた。
「行こう。歌子さん」
歌子さんの手をとった。
「それじゃあ、行くよ」
「またな。村木」
「ああ」
天宮と別れた。
その後、歌子さんと二人で歩きながらその時の事を振り返った。
さっきの真理亜さんとのことを伝えるべきか否か。
少しだけ考えて、結論が出た。
このことは黙っておこう。
別に真理亜さんと何かあったわけではないし、天宮が言っただけで真理亜さんが俺の事を好きかどうかなんてわからないし、そもそも真理亜さんが俺をどう思っているかをはっきりさせようとも思わない。
「どうしたの。晋太郎」
歌子さんが考え込んでいる俺に尋ねてきた。
「いや、俺ってもてるのかなって思って」
「少しは自覚あったの?」
「自覚?」
「前にも言ったけど、アンタの事好きな子は結構いるんだからね」
そう言う目の前の人物こそもてる。
全然友達でもない奨励会員やプロ棋士から紹介して欲しいと言われる事もあったしファンも多い。
俺がもてるとは思えないが、俺が持てるならお互い様だ。こっちこそ自覚を持ってもらいたい。
「可愛い子でも見つけた?あきらめなさい。アンタはもう私のものよ」
そう言われて固まった。
「何よ。なんか文句あるの?」
「いや、歌子さんが可愛いなって思っただけ」
そう言って歌子さんに無言で頭を軽く叩かれてから、俺は歌子さんと二人で手を繋いで歩き続けた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる