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第01話「銀メダリスト」
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ある一つの競技において、自分はその競技で優れた力を持っているとする。
そして、そんな優れた力を持っている自分が絶対に敵わない相手がいたとする。
その相手に勝つためにひたすら努力をして、その結果強くなり、それでもその相手に勝てなくて一番になれなかった時、その相手の事をどう思うのだろうか。
その相手さえいなければ自分が一番になれたのにと思うのか、それとも、自分がここまで強くなれたのはその相手の背中を追いかけたからなのでその相手のおかげだと思うか。
俺は間違いなく前者だろう。そして世の中の大多数の人間がおそらくこっち側だと思う。
目の前に座る彼女は違う。
「負けました」
彼女ははっきりとそう告げて頭を下げた。
「もう一局よ」
負けをしっかりと受け止めて次の挑戦に入る。
桜塚歌子。十八歳。
女流棋士界の若きトップ棋士の一人。
タイトル戦登場回数9回。タイトル通算0期。
女流棋戦で9度優勝してタイトル戦を9度も経験しているが肝心のタイトル戦で勝てずに未だタイトル獲得には至っていない。
今はまだ無冠だが、いずれは複数のタイトルを取ると称されている。
そしてそんな人物の勉強に付き合っているのが俺。
村木晋太郎。十七歳。
奨励会三段リーグ在籍。プロではない。
次の対局は敗れて「集中力がない」と怒られるのだった。
*
「ようは銀メダリストなのよね」
多少不満そうに彼女はそう告げた。
現在俺と桜塚歌子さんは手を繋いでショッピングモールを歩いている。
傍から見たらデートしているようにしか見えないだろう。
最初に告白してからさらにもう二回ほど告白してはあっさりと振られている。割と酷いセリフと共に。
相手は女流棋士界のトップ棋士で俺はプロ目前である奨励会の人間。
天と地ほど立場が違う。
だが不満だ。
こんな風にデート風お出かけを何度もしているのに告白は成功しない。
まあそれを言ってしまうとこのお出かけ自体が無くなってしまうので言わない。
好きな人とこうしてデートじみた事が出来る。それはそれでありがたいことだ。
「あっ」
ある人を見つけてしまって思わず声が出てしまった。
「どうしたの。晋太郎」
「姉さん。あの人」
俺はある人物を指出した。
黒泉真理亜女流三冠。女流名人位三連覇の名実ともに女流棋士界の頂点。
姉さんの言う所の金メダリストである。
ちなみに年齢は姉さんと同じ十八歳。
「やあ、歌子。晋太郎君」
向こうもこちらに気付いた。
声をかけられて姉さんの手を握る力が強くなった気がした。ちょっと痛い。
「こんにちは。真理亜」
「こんにちは。真理亜さん」
姉さんと俺はそれぞれ挨拶を返した。
「デートかい?」
「ただの買い物よ。こいつは付き添い」
即答しないでほしかった。ちょっと悲しくなる。
「そういうアンタは?」
「ただの買い物だよ。君と違って付き添ってくれる男がいないので一人だ」
なんか怖い。ライバル同士の睨み合いだ。
「姉さん。次の店早くいかないと終わっちゃうよ。真理亜さん。失礼します」
「ああ、またな。晋太郎君」
無理やり姉さんを引っ張ってなんとか真理亜さんと離れた。
「アンタ。真理亜と知り合いだったの?」
真理亜さんが見えなくなった辺りで姉さんがそう尋ねて来る。
「まあ将棋会館で何度か」
「ふーん。名前で呼び合って。仲良さそうね」
なんか目が怖い。
「いや、大分前に研究会に混ぜてもらった時に村木先生と黒泉先生が一緒にいて区別するために名前だったんだ」
ちなみに俺とも真理亜さんとも血縁の全く関係ない同じ名字の人達がいる。そんな俺達と関係ない村木先生と黒泉先生が参加している研究会に参加させてもらった時に、紛らわしいからと名前で呼び合うようになったのだ。
「そう」
納得してない感じだったが姉さんはそれ以上追及しなかった。
「あっ」
真理亜さんに引き続いて再びとんでもない人物を発見してしまった。向こうもこちらに気付いたようだ。
「やあ、村木」
「……天宮」
俺の方の金メダリストが来てしまった。そして自分の失言に気付く。
「失礼しました。天宮先生」
俺は慌てて頭を下げた。
俺と目の前にいる天宮という男は奨励会の同期。年齢も同じ十七歳。
しかし、俺が未だにプロ手前の奨励会三段なのに対して、相手は中学生で棋士になって現在竜王のタイトルを所有する怪物だ。
「いいよ。同期なんだしそんな余所余所しくなくても。あっ。桜塚先生。お久しぶりです」
「ご無沙汰しています。竜王」
姉さんに気付いて天宮と姉さんが挨拶を交わす。
「いいな。休日に桜塚先生とデートか。羨ましいね」
天宮が呟くような声でそう言った。
確かに我ながら最高の状況だが、棋士としての立場からだとどう考えても最年少タイトルホルダーのほうが羨ましい。
「ところで今日は何しに?」
「買い物だよ」
将棋関係者はここしか買い物することがないのかとアホな事を考えてしまった。
「あまりお邪魔しても悪いね。また会おう。村木」
天宮は爽やかにそう去っていった。
「まさか揃ってライバルに遭うとはね」
姉さんはそう言うが、姉さんと真理亜さんはライバルで間違いないが俺なんかは天宮とライバルと言うなんて恐れ多いと思いながら、その言葉を飲みこむのだった。
そして、そんな優れた力を持っている自分が絶対に敵わない相手がいたとする。
その相手に勝つためにひたすら努力をして、その結果強くなり、それでもその相手に勝てなくて一番になれなかった時、その相手の事をどう思うのだろうか。
その相手さえいなければ自分が一番になれたのにと思うのか、それとも、自分がここまで強くなれたのはその相手の背中を追いかけたからなのでその相手のおかげだと思うか。
俺は間違いなく前者だろう。そして世の中の大多数の人間がおそらくこっち側だと思う。
目の前に座る彼女は違う。
「負けました」
彼女ははっきりとそう告げて頭を下げた。
「もう一局よ」
負けをしっかりと受け止めて次の挑戦に入る。
桜塚歌子。十八歳。
女流棋士界の若きトップ棋士の一人。
タイトル戦登場回数9回。タイトル通算0期。
女流棋戦で9度優勝してタイトル戦を9度も経験しているが肝心のタイトル戦で勝てずに未だタイトル獲得には至っていない。
今はまだ無冠だが、いずれは複数のタイトルを取ると称されている。
そしてそんな人物の勉強に付き合っているのが俺。
村木晋太郎。十七歳。
奨励会三段リーグ在籍。プロではない。
次の対局は敗れて「集中力がない」と怒られるのだった。
*
「ようは銀メダリストなのよね」
多少不満そうに彼女はそう告げた。
現在俺と桜塚歌子さんは手を繋いでショッピングモールを歩いている。
傍から見たらデートしているようにしか見えないだろう。
最初に告白してからさらにもう二回ほど告白してはあっさりと振られている。割と酷いセリフと共に。
相手は女流棋士界のトップ棋士で俺はプロ目前である奨励会の人間。
天と地ほど立場が違う。
だが不満だ。
こんな風にデート風お出かけを何度もしているのに告白は成功しない。
まあそれを言ってしまうとこのお出かけ自体が無くなってしまうので言わない。
好きな人とこうしてデートじみた事が出来る。それはそれでありがたいことだ。
「あっ」
ある人を見つけてしまって思わず声が出てしまった。
「どうしたの。晋太郎」
「姉さん。あの人」
俺はある人物を指出した。
黒泉真理亜女流三冠。女流名人位三連覇の名実ともに女流棋士界の頂点。
姉さんの言う所の金メダリストである。
ちなみに年齢は姉さんと同じ十八歳。
「やあ、歌子。晋太郎君」
向こうもこちらに気付いた。
声をかけられて姉さんの手を握る力が強くなった気がした。ちょっと痛い。
「こんにちは。真理亜」
「こんにちは。真理亜さん」
姉さんと俺はそれぞれ挨拶を返した。
「デートかい?」
「ただの買い物よ。こいつは付き添い」
即答しないでほしかった。ちょっと悲しくなる。
「そういうアンタは?」
「ただの買い物だよ。君と違って付き添ってくれる男がいないので一人だ」
なんか怖い。ライバル同士の睨み合いだ。
「姉さん。次の店早くいかないと終わっちゃうよ。真理亜さん。失礼します」
「ああ、またな。晋太郎君」
無理やり姉さんを引っ張ってなんとか真理亜さんと離れた。
「アンタ。真理亜と知り合いだったの?」
真理亜さんが見えなくなった辺りで姉さんがそう尋ねて来る。
「まあ将棋会館で何度か」
「ふーん。名前で呼び合って。仲良さそうね」
なんか目が怖い。
「いや、大分前に研究会に混ぜてもらった時に村木先生と黒泉先生が一緒にいて区別するために名前だったんだ」
ちなみに俺とも真理亜さんとも血縁の全く関係ない同じ名字の人達がいる。そんな俺達と関係ない村木先生と黒泉先生が参加している研究会に参加させてもらった時に、紛らわしいからと名前で呼び合うようになったのだ。
「そう」
納得してない感じだったが姉さんはそれ以上追及しなかった。
「あっ」
真理亜さんに引き続いて再びとんでもない人物を発見してしまった。向こうもこちらに気付いたようだ。
「やあ、村木」
「……天宮」
俺の方の金メダリストが来てしまった。そして自分の失言に気付く。
「失礼しました。天宮先生」
俺は慌てて頭を下げた。
俺と目の前にいる天宮という男は奨励会の同期。年齢も同じ十七歳。
しかし、俺が未だにプロ手前の奨励会三段なのに対して、相手は中学生で棋士になって現在竜王のタイトルを所有する怪物だ。
「いいよ。同期なんだしそんな余所余所しくなくても。あっ。桜塚先生。お久しぶりです」
「ご無沙汰しています。竜王」
姉さんに気付いて天宮と姉さんが挨拶を交わす。
「いいな。休日に桜塚先生とデートか。羨ましいね」
天宮が呟くような声でそう言った。
確かに我ながら最高の状況だが、棋士としての立場からだとどう考えても最年少タイトルホルダーのほうが羨ましい。
「ところで今日は何しに?」
「買い物だよ」
将棋関係者はここしか買い物することがないのかとアホな事を考えてしまった。
「あまりお邪魔しても悪いね。また会おう。村木」
天宮は爽やかにそう去っていった。
「まさか揃ってライバルに遭うとはね」
姉さんはそう言うが、姉さんと真理亜さんはライバルで間違いないが俺なんかは天宮とライバルと言うなんて恐れ多いと思いながら、その言葉を飲みこむのだった。
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