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【第4部】浩輔編
25.空虚
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ミサが逮捕されてからどれくらいの時間が経過しただろうか。
麻薬及び向精神薬取締法違反、いわゆる麻薬取締法違反で彼女は逮捕されている。あの夜、簡易尿検査で陽性となり、警察に連行されていった。
浩輔もその場の検査で陰性となったが、任意同行を求められ、任意ということではあったが同意し、浩輔は自分の車で警察署に向かった。
最終的には自分は無罪放免ではあったが……ミサのことはもうそれっきりだった。目の前で人が逮捕されるのは初めて見たし、そもそも、予感していたとはいえ、ミサが本当にクスリに溺れていたことがショックだった。止めてやることはできなかったものか、と後悔しても遅い。
(会うのやめようとすら思ったくらいだからな……)
俺最低じゃん、打ちひしがれてばかりの最近の浩輔だった。
高虎がミサの情報をくれたが、起訴されたという話以降は聞いていない。
「おまえが気に病むことないよ」
高虎はそう言うが、割り切れない気持ちがあるのが実のところだ。
事務所には、高虎、祐策、そして自分がいる。智幸はやはり不在だ。
「ミサの元彼が、バックにヤバいやつがついているはず、って忠告してきたとおり、他の組が付いてたみたいだ。うちみたいな金の稼ぎ方じゃなくて、ブラックな稼ぎ方してる組だ。そっちでパクられたやつから芋づる式にってとこだな」
「……そうですか」
「浩輔は何も知らなかったわけだし、売りつけられることもなかったし」
「そうですけど……ミサさん、なんで手を染めたのかなって」
あー、と高虎は言いづらそうに口を開いた。
「フラストレーションが溜まってたみたいだな。店では客にそれなりに人気はあったけど、マユカや他に新しい子たちが入ってくれば、自分を贔屓にしてくれる客も流れることもある。ミサは水商売しか金の稼ぎ方を知らなかったから、不安もあったらしい」
「そう、ですか……」
「パトロンもたくさんいたみたいだしな」
やっぱりそうだったか、と浩輔は苦笑する。
「元彼とおまえはちょっと特別だったみたいだな。二人には金を要求することはないし、クスリを勧めることもない。元彼はミサの行動に気づいてやめさせたかったらしいけど、別れを切り出されて終わったってさ」
ミサの証言を、どこからか入手したようだ。高虎は顔が広く、新聞記者にも知り合いがいるようだが、果たして小さな界隈のこの類いの事件を追う記者がいるのかはわからない。
ミサの話を人に話していいのか、と思うが、訊いたのは自分だし、ミサの状況を知れるのは有り難い。
「元彼と浩輔は巻き込みたくなかったんだろうな。何れはこうなるって思ったみたいだ。もう引き返せなくなってたのかな……」
「…………」
──わたし、三原君のことわりと本気で好きだったよ。
ミサの言葉を思い出した。
クスリに溺れても、巻き込みたくないと思ってくれていたのだ。あの言葉は嘘ではないのだろう。
「元彼やおまえがなんとかしたくても、どのみちどうにもならなかったんだよ」
中毒は重症ではないが、これからは治療も始めることになっているということだ。
「そうですか……」
「ミサに惚れてたのか?」
「いや、そうじゃないですけど。こんな俺でも、何か力になれたらよかったのになって思っただけです」
身体だけだったけど、という言葉を飲み込んだ。
「ミサさん、回復できますかね」
「大丈夫だ、落ちるも上がるも自分次第だし、どっちにも転べるから。なんだかんだあの子はタフだからな、上がって来られるよ」
ミサの情報はそこまでだった。
操ママの店も捜索はあったようだが、関連はミサのみで、摘発されるようなことはなかったようだ。警察に捜査協力をするようにママには助言したらしい。警察内部にも知り合いがいると言うことを聞き、ヤクザの息子、若しくは元ヤクザの高虎の人脈がどうなっているのか正直理解できなかった。
そういえば、と、マユカのことも訊いてみると、彼女は浩輔のことでミサが圧力をかけてきたため、辞めざるを得なかったようだ。彼女のその後の消息はわからない。
「知りたいなら探すけど」
「いえ、いいです」
ミサもマユカも、もう過去の出来事にしないといけないのだろう。
(いい女だったな……二人とも)
ミサはいろいろと手解きをしてくれた女だ。
下世話なことを思ったが、黙っておいた。
「今回、二人のおかげで操ママの店が無事だったようなもんだ。ありがとな」
「いえ……」
「いえ……」
祐策も浩輔も頭(かぶり)を振った。
「祐策はともかく、浩輔は遊び相手がいなくなっちまったなあ。誰か、いい女見繕おうか?」
高虎はとんでもないことを言い出した。
「いや、結構です」
「なんで。女いないの、寂しくない?」
いやそれはあなただけでしょ、と言いかけて口を噤んだ。
「暫くは……いいかな、って」
「そう? また何か仕事頼む時には女使ってもらうことあるかもしれないけど」
「その時はその時で。……てか、関係持たなくても出来ることありますし、ちゃんと手伝いますから」
「わかった」
高虎は頷いた。祐策の顔を見ると、困った顔をしていた、
なんだかぽっかり穴が空いてしまったような気持ちだが、現実を受け止めて生きていくしかない。
「ミサの裁判判決出たら、また情報流すから」
「はい……あ、いや、いいです」
「いいの?」
「ミサさんが治療して、出て来られるんだと思えれば、それで充分です。どこかで元気でやってもらえる将来があるんだったら」
「……ん、そうだな」
高虎は、浩輔を見て小さく笑った。
麻薬及び向精神薬取締法違反、いわゆる麻薬取締法違反で彼女は逮捕されている。あの夜、簡易尿検査で陽性となり、警察に連行されていった。
浩輔もその場の検査で陰性となったが、任意同行を求められ、任意ということではあったが同意し、浩輔は自分の車で警察署に向かった。
最終的には自分は無罪放免ではあったが……ミサのことはもうそれっきりだった。目の前で人が逮捕されるのは初めて見たし、そもそも、予感していたとはいえ、ミサが本当にクスリに溺れていたことがショックだった。止めてやることはできなかったものか、と後悔しても遅い。
(会うのやめようとすら思ったくらいだからな……)
俺最低じゃん、打ちひしがれてばかりの最近の浩輔だった。
高虎がミサの情報をくれたが、起訴されたという話以降は聞いていない。
「おまえが気に病むことないよ」
高虎はそう言うが、割り切れない気持ちがあるのが実のところだ。
事務所には、高虎、祐策、そして自分がいる。智幸はやはり不在だ。
「ミサの元彼が、バックにヤバいやつがついているはず、って忠告してきたとおり、他の組が付いてたみたいだ。うちみたいな金の稼ぎ方じゃなくて、ブラックな稼ぎ方してる組だ。そっちでパクられたやつから芋づる式にってとこだな」
「……そうですか」
「浩輔は何も知らなかったわけだし、売りつけられることもなかったし」
「そうですけど……ミサさん、なんで手を染めたのかなって」
あー、と高虎は言いづらそうに口を開いた。
「フラストレーションが溜まってたみたいだな。店では客にそれなりに人気はあったけど、マユカや他に新しい子たちが入ってくれば、自分を贔屓にしてくれる客も流れることもある。ミサは水商売しか金の稼ぎ方を知らなかったから、不安もあったらしい」
「そう、ですか……」
「パトロンもたくさんいたみたいだしな」
やっぱりそうだったか、と浩輔は苦笑する。
「元彼とおまえはちょっと特別だったみたいだな。二人には金を要求することはないし、クスリを勧めることもない。元彼はミサの行動に気づいてやめさせたかったらしいけど、別れを切り出されて終わったってさ」
ミサの証言を、どこからか入手したようだ。高虎は顔が広く、新聞記者にも知り合いがいるようだが、果たして小さな界隈のこの類いの事件を追う記者がいるのかはわからない。
ミサの話を人に話していいのか、と思うが、訊いたのは自分だし、ミサの状況を知れるのは有り難い。
「元彼と浩輔は巻き込みたくなかったんだろうな。何れはこうなるって思ったみたいだ。もう引き返せなくなってたのかな……」
「…………」
──わたし、三原君のことわりと本気で好きだったよ。
ミサの言葉を思い出した。
クスリに溺れても、巻き込みたくないと思ってくれていたのだ。あの言葉は嘘ではないのだろう。
「元彼やおまえがなんとかしたくても、どのみちどうにもならなかったんだよ」
中毒は重症ではないが、これからは治療も始めることになっているということだ。
「そうですか……」
「ミサに惚れてたのか?」
「いや、そうじゃないですけど。こんな俺でも、何か力になれたらよかったのになって思っただけです」
身体だけだったけど、という言葉を飲み込んだ。
「ミサさん、回復できますかね」
「大丈夫だ、落ちるも上がるも自分次第だし、どっちにも転べるから。なんだかんだあの子はタフだからな、上がって来られるよ」
ミサの情報はそこまでだった。
操ママの店も捜索はあったようだが、関連はミサのみで、摘発されるようなことはなかったようだ。警察に捜査協力をするようにママには助言したらしい。警察内部にも知り合いがいると言うことを聞き、ヤクザの息子、若しくは元ヤクザの高虎の人脈がどうなっているのか正直理解できなかった。
そういえば、と、マユカのことも訊いてみると、彼女は浩輔のことでミサが圧力をかけてきたため、辞めざるを得なかったようだ。彼女のその後の消息はわからない。
「知りたいなら探すけど」
「いえ、いいです」
ミサもマユカも、もう過去の出来事にしないといけないのだろう。
(いい女だったな……二人とも)
ミサはいろいろと手解きをしてくれた女だ。
下世話なことを思ったが、黙っておいた。
「今回、二人のおかげで操ママの店が無事だったようなもんだ。ありがとな」
「いえ……」
「いえ……」
祐策も浩輔も頭(かぶり)を振った。
「祐策はともかく、浩輔は遊び相手がいなくなっちまったなあ。誰か、いい女見繕おうか?」
高虎はとんでもないことを言い出した。
「いや、結構です」
「なんで。女いないの、寂しくない?」
いやそれはあなただけでしょ、と言いかけて口を噤んだ。
「暫くは……いいかな、って」
「そう? また何か仕事頼む時には女使ってもらうことあるかもしれないけど」
「その時はその時で。……てか、関係持たなくても出来ることありますし、ちゃんと手伝いますから」
「わかった」
高虎は頷いた。祐策の顔を見ると、困った顔をしていた、
なんだかぽっかり穴が空いてしまったような気持ちだが、現実を受け止めて生きていくしかない。
「ミサの裁判判決出たら、また情報流すから」
「はい……あ、いや、いいです」
「いいの?」
「ミサさんが治療して、出て来られるんだと思えれば、それで充分です。どこかで元気でやってもらえる将来があるんだったら」
「……ん、そうだな」
高虎は、浩輔を見て小さく笑った。
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