大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

24.決別(後編)

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 身体が揺れている。
 ミサがまたせがんでいるのだろうか。
「もう無理……」
 ぺちぺち、と頬を叩かれた。
「え……」
 ゆっくり目を開けると、舞衣が馬乗りになって浩輔の上で揺れている。
「え!?」
 舞衣がどうして俺の上で、と驚く。
 身体を起こそうにも、金縛りにあったかのように身体が動かない。
「なんで……」
 舞衣は、浩輔がこっそり何度か想像したとおり、小柄で腰も細く、胸も控え目だが興奮するには充分だった。大きさは……舞衣ならどうでもいいと思った。舞衣のものなら大きくても小さくても、目に出来るならそれでいい。
 繋がっている部分を覗こうとしても身体が動かない。舞衣のものはどんなふうになっているのだろう、と気になっているが、見ることはできない。
 控え目だが、綺麗な色をした乳暈に顔がにやけてしまう。
 舞衣は小さく喘ぎながら前後左右にと腰を振っている。
「舞衣の乳、触りたい……」
 手を伸ばそうとするが動かないので、舞衣が、どうぞと言うように浩輔の両手を引いた。
「可愛い……」
 ミサやマユカの胸はボリュームもあって、手から零れていたが、舞衣のものは浩輔の手で収まるか、といったサイズだった。むにむにと指先を動かして感触を味わう。触ったことなかったんだっけ、あったんだっけ、でもこんなことしてるんだから、触ったはず、と思うが意識がぼんやりとしている。
「舞衣の、吸いたい……」
 舞衣は首を振った。
「なんで……」
 触るだけじゃなくて舐めたい、口に含みたい、そう思った。
 彼女が動きを早め、絶頂を行くように浩輔を誘う。
「あっ……待って待って……イキそうになる……」
 舞衣はにこっと笑った。
「舞衣の、もっと見たい……」
 そもそも俺はなんで舞衣とセックスすることになったんだ、と思うが、そんなことはどうでもよかった。今の自分はそれどころではない。もうクライマックスが近づいてきている。
「……ああっ……」
 獣のような声が洩れた。
 今から絶頂に向かう、その唸り声だ。
 舞衣の上になることもできず、彼女にイカされてしまう自分がここにいる。
「はあっ……ああっ……」
 ゴムしたんだっけ、と一瞬思うが、絶頂が同時に襲ってきた。
「イクッ……」
 ドクンドクン、と舞衣のナカに放たれていく感覚があった。
「気持ち……よかった……舞衣……」
 うん、と舞衣は声を出さずに頷いた。
「舞衣も……よかった……?」
 うん、と彼女はまた頷いた。
 舞衣が身体に覆い被さってきた。
 腕だけは動くようで、舞衣の華奢な身体を抱き締める。
「舞衣……もっと、したい。ずっと抱きたかった……久しぶりに会えてほんとはすごく嬉しかった……」
 腕のなかでにっこりと舞衣は笑った。
「やっぱり好きだ……」
 まだ繋がったままだというのに、目を閉じた。


(舞衣は……?)
 隣を見ても誰もいなかった。
 さっきまで舞衣とセックスしていたはずでは、と浩輔はぼんやり記憶を辿る。
 目を開けると、見覚えのある天井があった。
(……ここ……ミサさんの部屋……)
 ならば舞衣がいるはずがない。
(夢……か)
 手に胸の感触が残っているが、それはミサのものだったのだろうか。
 はっとして、腹辺りまでかけたれたタオルケットを払いのけ、自分の股間に手をやる。
(出した気がするんだけど……)
 上半身を起こし、慌てて自分の股を覗いた、
 ちょこんと大人しいものがそこにある。下半身は綺麗に拭われている感覚はあった、
(俺は……)
 なんだか頭が痛い。
 気分は良くない。
 すっきりともしていない。
 開放感もない。
(ミサさんを抱いてたってことだよな……舞衣のは夢だった……?)
 いや、浩輔は否定する。
(幻覚……)
 ぼんやりする記憶は「夢」というより「幻」と見たような気分だ。
 手や腕、股間、身体には行為の感覚がある。
 舞衣が揺れていたと錯覚したが、あれはミサだ。
(俺が……幻覚……)
 俺は何もクスリや媚薬は服用していないはずだ、と記憶を辿る。
 浩輔のように免疫のない人間には、この部屋にいるだけで、またミサとキスをするだけで身体が痺れてしまったのではないだろうか。
(マズい……)
 ミサはやはりクスリをやっている。この部屋の妙な香りやミサから漂う香水ではない香りは、その類のものなのだ。
(どうしよう……高虎さんに報告しないといけない……)
 今何時だろう、と時計を探していると、シャワーを浴び終えたらしいミサが現れた。
「ミサさん」
「疲れさせたね」
「あ……うん……ちょっと……さすがに今日は……クタクタになってる……ごめん」
 いいよ、とミサは笑った。
 ミサはベッドの縁に腰を下ろし、
「今まででいちばんよかったよ」
「え……、そ、そう?」
 いきなり何を言うのか、と怪訝な顔でミサを見返した。
「何回も何回も、すごいな、三原君は。満足させてくれるもの持ってるね」
 ミサは浩輔のものに手を伸ばし、撫でた。
「ちょっ……」
 また大きくなる、と焦った。
 自分の考えていることと、身体が一体じゃないのが憎たらしい。
「でもね」
「……?」
 反応しないよう抑えながら、彼女を見る。
「もう、これで終わりにしよっか」
「えっ」
「もうこれで最後。わたしも三原君を呼び出さないから」
「!?」
 なんと応えればいいのだろう。今日、ここに来た時は、自分もミサに同じ事を言おうと決めていた。ことをする前に言えばいいのに、さんざん快楽に耽って、身を任せて、いつ言おうかとぼんやり思っていたところだった。
「だって、三原君、好きな子いるでしょ」
「えっ!?」
「ひどいよね、わたしとしながらその子の名前呼んで、彼女を抱いてるつもりでわたしを抱くなんてね」
「えと……俺が……? なんて……?」
 さっと血の気が失せるのを感じた。
 いくら遊びだとは言え、別の女の名前を呼ぶのはあり得ない。
 ミサは遠回しにそう言った。
「マイ、って何回も何回も言ってた。一回目は許してあげようと思ったけど。眠りながらわたしとしてるときは、ずっとマイって言ってたよ」
(……マジか……)
 舞衣としている幻覚を見ていたのだ。
「友達」の舞衣とそんなことをしたことはない。
(でも、したいと思ったことがないわけじゃない……)
 ずっと好きだった子なのだから。
「ごめんね、悪いけど」
「いや……俺もごめん。俺は最低だな」
「好きな子とする時は、絶対に別の女の名前呼んじゃ駄目よ。わたしは……その子とする時にわたしの名前呼ばれても困らないけど」
 悪戯っぽくミサは笑った。
「ごめん……」
「そんなに謝らないでよ。惨めになるじゃん。本命の子がいるくせにわたしと寝るなんて、三原君、流されやすいんだね。断れなかったのかもしれないけど」
「そんなつもりは……」
「彼女のほうが気持ちいいんでしょ」
「いや、それは」
 まだしてない……と浩輔はぼそりと言った。
「いや、まだ、とかじゃなくて、舞衣って子は、友達で……」
 別にそういう対象じゃなくて、と言い訳じみたことを口走った。
「前に遊びに言った子だよね。昔からの知り合いって。友達だって言ってたかな」
「そ、そう、その子……。そんな対象じゃないし……」
「でもずっとしたかった、好きだった、って言ったよ」
「えっ……そんなことを……昔は好きだったけど、今は友達で……」
 口を開けば開くほどぼろが出てくる気がした。
「相手は下心あるかもよ? 三原君としたいって思ってるかも」
 そんなことはないだろう、と浩輔は首を振った。
「気持ちいいことは、わたしじゃなくて、その子としなよ。わたしとのことは勉強だったってことよ。ね?」
「……ん」
 ね、と顔を覗き込まれ、浩輔は頷かされてしまった。
「わたし、三原君のことわりと本気で好きだったよ」
「え?」
「ありがとね」
「え……」
「シャワ-浴びて帰ってよ」
 ミサは立ち上がり、キッチンに向かった。
 その後姿をぼんやり見つめ、のろのろとベッドから下りた。
 脱ぎ捨てていた服はミサが畳んでくれている。
 シャワーを浴びるよう勧められたが、浩輔はそのまま衣服を身につけた。
「俺、帰ります」
「シャワーは?」
「いいです、このまま帰りますから」
「そう……」
 帰ろうとする浩輔を、ミサは玄関まで見送ってくれようとしていた。
 靴を履いたあと、くるりと振り向き、
「ミサさん、ありがとう」
 頭を下げた。
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
「けど、俺にとっては初めてのヒトだったし……教えてもらったから……」
「勉強したってことよ。さっきも言ったけど。わたしもいい思いしたし」
 気をつけて帰ってね、とミサは小さく笑った。
「うん、じゃあ」
 浩輔は踵を返した。
 ドアレバーに手をかけたその時だった。

 チャイムが鳴った。
「?」
「誰かな」
 こんな真夜中に訪問する人間なんているのか、と浩輔は顔を曇らせた。ミサを振り返ると、彼女には珍しくないのか、浩輔のような表情は見せなかった。
「はい」
 と浩輔の前に出たミサはドアを開けた。
(こんな遅い時間に誰だ……?)
 また元彼だったら大変だ、と浩輔は警戒したが、それより先にミサは扉を開けた。そんな簡単にドアを開けるなよと言いたかったがもう遅い。
 そこには、背広を着た体格のいい男と、同じような格好の男、その後ろにはドラマで見たことのある、帽子を被った暗い色の作業着の男が一人立っていた。
(鑑識みたいな……)
 現場鑑識活動服、というものだと後日知る浩輔だったが、その時は「鑑識の人」という認識だった。
「夜分失礼します。──警察署生活安全課の山本と言いますが。西川亜紀さん、でしょうか」
 山本という男は、ドラマで見るような警察手帳を見せながら名乗った。
「ええ」
「今から警察署に来ていただきたいのですが」
「今からですか?」
「それか、こちらで簡易尿検査を受けていただくか、してもらいたいと思います」
 無駄なことは言わず、用件だけ言う警察官だ。
 広くはない玄関に浩輔と山本が立つだけで、圧迫感があった。
「いいですよ」
「ありがとうございます。では、勝手ながら失礼します」
 そう言うと、三人がぞろぞろとミサの部屋に上がった。
「こちらは?」
 浩輔を見て、山本がミサに尋ねた。
「元彼です」
「そうですか」
「さっき別れることになったばかりで、今から帰ってもらうところです」
「……あなたも、簡易検査にお付き合いください」
「へ……?」
 帰ろうとしていた浩輔も、また留まることになった。
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