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【第4部】浩輔編
23.見舞
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舞衣の連絡が既読になっていない……と気づいたのは今朝のことだ。
舞衣から外出に誘われ、それなら日曜日にしようと約束した。先日行けなかったスイーツの店に行きたいと思っていたこともあり、承諾した。土曜日は舞衣はアルバイトがあり、自分も出勤日だから、という理由だ。
しかし待ち合わせの公園の駐車場に、舞衣は現れなかった。
何かあったのか、と連絡をしたが既読になる様子はない。
何か愛想を尽かされることがあっただろうか、と不安になるが、思い当たるものはない。
(やっぱり何かあったのか……)
舞衣とせっかく再会出来たが、仕方がない、以前みたいにまた音信不通になるだけだと思うことにした。
スマホのメッセージアプリを開き、彼女とのやりとりを確認した。
(まだ既読になっていない……)
別の不安が押し寄せてきた。
(やっぱり何かあったんじゃ……)
仕事を終え、電話をしてみるが、出る気配はない。
立て続けにメッセージを入れても、既読にはならなかった。
(明日の朝、既読にならなかったら、舞衣の所に行こう)
日曜日、月曜日。
火曜日の朝、メッセージを確認したが相変わらずだった。
舞衣のアパートは知っている。
先日送っていた道順は記憶している。
入口から見ると、手前のほうの一階の端の部屋だと言っていた。
「よし」
仕事を終え、舞衣の部屋の前に立った。
チャイムを押したが、人が出てくる気配はない。
(まさか間違えたか)
いや確かこの部屋だ、と何度かチャイムを押した。
(どのみち留守か……)
ふと、もしかしてブロックされてるのか、と気づいた。
(だったら電話も出ないよな……)
なんだ、と浩輔は俯いた。
(俺にそんなに会いたくないのか……)
この悲しい気持ちは何なのだ。
ひどい仕打ちしたのはそっちだろ、と拳をぎゅっと握りしめる。
帰るか、と踵を返そうとした時、がたがたと音がして、ゆっくりとドアが開いた。
「三原……くん……?」
振り返ると、けだるげな様子の舞衣が顔を出した。
「舞衣……」
「今、チャイム鳴らしたのは、三原君……?」
「ああ、俺が何度か鳴らした」
「気づくの遅れてごめん……」
「いや、いいけど……具合、悪いのか?」
うん、と部屋着姿の舞衣は頷いた。
土曜日の夜から体調が悪くなり、日曜から高熱で寝込んでいたという。
時々目を覚ましはしたが、動けなかったと話してくれた。
(俺に会いたくないわけじゃなかった……)
安堵している自分がいる。
「連絡、したけど返事ないから心配して来てみた」
「連絡……見てない……ごめん」
「それはいい。大丈夫なのか?」
ちょっと待ってろ、と言って浩輔は近くのドラッグストアに向かって走り出した。
薬に栄養ドリンク、そして水やプリンを買って、浩輔はまた舞衣の部屋に戻った。
玄関に入らせてもらい、
「何か食ったか?」
「全然……」
「水くらいは飲め。食べられそうだったらプリン食え。買ってきたから。舞衣はプリンが好きだろ?」
舞衣は口元緩め、プリンという単語に反応した。
「……プリン……」
舞衣はプリンが好きだったということを覚えていた浩輔は、何個かプリンを買ってきたのだ。
「ありがとう……」
ふらふらとする舞衣が浩輔に倒れかかってきた。
「おい、大丈夫か」
大丈夫だよ、という舞衣だが、浩輔はひょいと彼女を抱え、
「ちょっと部屋に上がらせてもらうから」
と、ベッドに運んだ。
お姫様抱っこだ、と舞衣が呟いた。
初めて入る舞衣の部屋だが、緊張している暇もない。
殺風景な舞衣の部屋だ。
ベッドに下ろし、舞衣を寝かせて、布団をかけてやる。
「暑い……」
「熱、まだあるんだな」
「風邪だと思う……三原君にうつったらいけないから……」
「おっと、舞衣、横になる前に薬んでおくか? 解熱剤も買ってきてる。あ、でも風邪薬は買ってきていないな……」
「解熱剤……飲む……」
舞衣が身体を起こそうとするので、浩輔も手伝った。
「ゆっくりな」
買ってきた水と解熱剤を開け、舞衣に渡した。
「ありがとう……」
薬を口に入れると、水を含んだ。
ぼたぼたと口から溢れ、顎を伝って零れていった。
「あ、おい……」
タオルがないかと思ったが近くにあるわけがない、咄嗟に自分のポケットのハンドタオルを出した。
(汚いやつ)
「ほら、拭ってやるから」
「…………」
舞衣は顎を少し上向け、浩輔は首筋も拭った。
(子供みたいだな)
昔、施設にいる時、小さい子達にもこうして零したものを拭ってやったことがあったことを思い出した。
部屋着の上衣にも零れており、浩輔はそっと押さえて拭った。
(!?)
わずかだなその感触に動揺した。
(ここ、胸だな……)
気づかないふりをして、タオルを退かせた。
「ほら水、しっかり飲んで。今度は零さないようにな」
「……ん」
少し水に濡れた口元を拭ってやると、再び舞衣を横にさせた。
口元がなんとも色っぽく、どきまぎしてしまう自分がいる。
(変な気起こすな! 俺!)
いつかキスをした時もドキドキしたことを思い出す。
(今思い出すことじゃない! 俺!)
枕に沈んだ舞衣に、声をかける。
「しっかり睡眠取りな。もう三日も寝てるなら、熱も下がるだろう。明日下がらないようだったら医者に行ったほうがいい。俺に連絡くれたら、連れてってやるから」
「……うん」
ありがとう、と舞衣は力なく言った。
弱々しい舞衣の額にかかった前髪を払いのけ、手を乗せた。
「ちょっと熱いから、冷やしたほうがいいな。冷却シートも買ってきたんだ」
ジェルのついた冷却シートを取り出し、舞衣の額に貼った。
「冷たい……気持ちいい……」
「そっか。じゃあ残り、ここに置いとくから」
「ありがとう……。代金、支払わなきゃ……」
「いいよ、これくらい」
「けど、たくさん買ってきてくれたし」
「だったら、舞衣は早く元気になれ。それでいい」
うん、と舞衣は笑った。
「日曜日、ごめんね……連絡もしないで」
「いいよ、気にすんな」
ゆっくり休め、と浩輔は立ち上がった。
「もう、帰るの……?」
「ああ、いつまでもいるわけにもいかないしな」
「……」
悲しそうな瞳で浩輔を見上げてくる。
ズキン、と胸が痛む。
(なんか罪悪感……)
捨て犬を見つけて何もせずに置き去りにしていくような感覚だ。
「もうちょっといようか?」
「うん」
舞衣はふにゃりと笑った。
(反則……!)
「じゃあ、もう少しここにいさせてもらうか」
「……よかった」
舞衣が手を出し、浩輔に向かって伸ばした。
「どうした?」
「手……握っても……いい?」
「……いいよ」
いきなり何を言い出すんだ、と思ったが弱っている舞衣の頼みならきいてもいい、そう思って手を握った。
「……嬉しい」
舞衣は浩輔の手を握ったまま、目を閉じた。
寝息が聞こえてくると、そっと手を話して立ち上がった。
もう外は暗くなっている。
(そろそろ引き上げるか……)
「あ」
しまった、と思った。
(舞衣の部屋、鍵閉めて帰らなきゃいけないのに、どうしたらいいんだ)
舞衣が目を覚ますまで、部屋にとどまるしかないことに気づいた浩輔だった。
(仕方ない……)
勝手に鍵を探すわけにもいかない。
困り果てたあと、ついに諦めた。
舞衣から外出に誘われ、それなら日曜日にしようと約束した。先日行けなかったスイーツの店に行きたいと思っていたこともあり、承諾した。土曜日は舞衣はアルバイトがあり、自分も出勤日だから、という理由だ。
しかし待ち合わせの公園の駐車場に、舞衣は現れなかった。
何かあったのか、と連絡をしたが既読になる様子はない。
何か愛想を尽かされることがあっただろうか、と不安になるが、思い当たるものはない。
(やっぱり何かあったのか……)
舞衣とせっかく再会出来たが、仕方がない、以前みたいにまた音信不通になるだけだと思うことにした。
スマホのメッセージアプリを開き、彼女とのやりとりを確認した。
(まだ既読になっていない……)
別の不安が押し寄せてきた。
(やっぱり何かあったんじゃ……)
仕事を終え、電話をしてみるが、出る気配はない。
立て続けにメッセージを入れても、既読にはならなかった。
(明日の朝、既読にならなかったら、舞衣の所に行こう)
日曜日、月曜日。
火曜日の朝、メッセージを確認したが相変わらずだった。
舞衣のアパートは知っている。
先日送っていた道順は記憶している。
入口から見ると、手前のほうの一階の端の部屋だと言っていた。
「よし」
仕事を終え、舞衣の部屋の前に立った。
チャイムを押したが、人が出てくる気配はない。
(まさか間違えたか)
いや確かこの部屋だ、と何度かチャイムを押した。
(どのみち留守か……)
ふと、もしかしてブロックされてるのか、と気づいた。
(だったら電話も出ないよな……)
なんだ、と浩輔は俯いた。
(俺にそんなに会いたくないのか……)
この悲しい気持ちは何なのだ。
ひどい仕打ちしたのはそっちだろ、と拳をぎゅっと握りしめる。
帰るか、と踵を返そうとした時、がたがたと音がして、ゆっくりとドアが開いた。
「三原……くん……?」
振り返ると、けだるげな様子の舞衣が顔を出した。
「舞衣……」
「今、チャイム鳴らしたのは、三原君……?」
「ああ、俺が何度か鳴らした」
「気づくの遅れてごめん……」
「いや、いいけど……具合、悪いのか?」
うん、と部屋着姿の舞衣は頷いた。
土曜日の夜から体調が悪くなり、日曜から高熱で寝込んでいたという。
時々目を覚ましはしたが、動けなかったと話してくれた。
(俺に会いたくないわけじゃなかった……)
安堵している自分がいる。
「連絡、したけど返事ないから心配して来てみた」
「連絡……見てない……ごめん」
「それはいい。大丈夫なのか?」
ちょっと待ってろ、と言って浩輔は近くのドラッグストアに向かって走り出した。
薬に栄養ドリンク、そして水やプリンを買って、浩輔はまた舞衣の部屋に戻った。
玄関に入らせてもらい、
「何か食ったか?」
「全然……」
「水くらいは飲め。食べられそうだったらプリン食え。買ってきたから。舞衣はプリンが好きだろ?」
舞衣は口元緩め、プリンという単語に反応した。
「……プリン……」
舞衣はプリンが好きだったということを覚えていた浩輔は、何個かプリンを買ってきたのだ。
「ありがとう……」
ふらふらとする舞衣が浩輔に倒れかかってきた。
「おい、大丈夫か」
大丈夫だよ、という舞衣だが、浩輔はひょいと彼女を抱え、
「ちょっと部屋に上がらせてもらうから」
と、ベッドに運んだ。
お姫様抱っこだ、と舞衣が呟いた。
初めて入る舞衣の部屋だが、緊張している暇もない。
殺風景な舞衣の部屋だ。
ベッドに下ろし、舞衣を寝かせて、布団をかけてやる。
「暑い……」
「熱、まだあるんだな」
「風邪だと思う……三原君にうつったらいけないから……」
「おっと、舞衣、横になる前に薬んでおくか? 解熱剤も買ってきてる。あ、でも風邪薬は買ってきていないな……」
「解熱剤……飲む……」
舞衣が身体を起こそうとするので、浩輔も手伝った。
「ゆっくりな」
買ってきた水と解熱剤を開け、舞衣に渡した。
「ありがとう……」
薬を口に入れると、水を含んだ。
ぼたぼたと口から溢れ、顎を伝って零れていった。
「あ、おい……」
タオルがないかと思ったが近くにあるわけがない、咄嗟に自分のポケットのハンドタオルを出した。
(汚いやつ)
「ほら、拭ってやるから」
「…………」
舞衣は顎を少し上向け、浩輔は首筋も拭った。
(子供みたいだな)
昔、施設にいる時、小さい子達にもこうして零したものを拭ってやったことがあったことを思い出した。
部屋着の上衣にも零れており、浩輔はそっと押さえて拭った。
(!?)
わずかだなその感触に動揺した。
(ここ、胸だな……)
気づかないふりをして、タオルを退かせた。
「ほら水、しっかり飲んで。今度は零さないようにな」
「……ん」
少し水に濡れた口元を拭ってやると、再び舞衣を横にさせた。
口元がなんとも色っぽく、どきまぎしてしまう自分がいる。
(変な気起こすな! 俺!)
いつかキスをした時もドキドキしたことを思い出す。
(今思い出すことじゃない! 俺!)
枕に沈んだ舞衣に、声をかける。
「しっかり睡眠取りな。もう三日も寝てるなら、熱も下がるだろう。明日下がらないようだったら医者に行ったほうがいい。俺に連絡くれたら、連れてってやるから」
「……うん」
ありがとう、と舞衣は力なく言った。
弱々しい舞衣の額にかかった前髪を払いのけ、手を乗せた。
「ちょっと熱いから、冷やしたほうがいいな。冷却シートも買ってきたんだ」
ジェルのついた冷却シートを取り出し、舞衣の額に貼った。
「冷たい……気持ちいい……」
「そっか。じゃあ残り、ここに置いとくから」
「ありがとう……。代金、支払わなきゃ……」
「いいよ、これくらい」
「けど、たくさん買ってきてくれたし」
「だったら、舞衣は早く元気になれ。それでいい」
うん、と舞衣は笑った。
「日曜日、ごめんね……連絡もしないで」
「いいよ、気にすんな」
ゆっくり休め、と浩輔は立ち上がった。
「もう、帰るの……?」
「ああ、いつまでもいるわけにもいかないしな」
「……」
悲しそうな瞳で浩輔を見上げてくる。
ズキン、と胸が痛む。
(なんか罪悪感……)
捨て犬を見つけて何もせずに置き去りにしていくような感覚だ。
「もうちょっといようか?」
「うん」
舞衣はふにゃりと笑った。
(反則……!)
「じゃあ、もう少しここにいさせてもらうか」
「……よかった」
舞衣が手を出し、浩輔に向かって伸ばした。
「どうした?」
「手……握っても……いい?」
「……いいよ」
いきなり何を言い出すんだ、と思ったが弱っている舞衣の頼みならきいてもいい、そう思って手を握った。
「……嬉しい」
舞衣は浩輔の手を握ったまま、目を閉じた。
寝息が聞こえてくると、そっと手を話して立ち上がった。
もう外は暗くなっている。
(そろそろ引き上げるか……)
「あ」
しまった、と思った。
(舞衣の部屋、鍵閉めて帰らなきゃいけないのに、どうしたらいいんだ)
舞衣が目を覚ますまで、部屋にとどまるしかないことに気づいた浩輔だった。
(仕方ない……)
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