大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

21.呼び出し

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 高虎からのメッセージには、
《少し話したいことがある》
 と、智幸と祐策、そして浩輔あてにグループメッセージが送られていた。
 事務所に寄ると、高虎がそこにいた。
 智幸は仕事でいなかったが、祐策と浩輔は集まった。
「お疲れ様です」
「二人とも悪いな。祐策はともかく、浩輔は……ごめん、出掛けてたみたいなのに悪かったよ」
「いえ、大丈夫です。終わったんで」
 どのみち夕方までには解散する予定だったしな、とぼんやり思った。
 ところで話とは、と祐策が切り出した。
 顔貸せ、と高虎は二人に額を寄せるよう軽く指先で手招きした。誰もいないが、声をひそめて話し出した。
「操ママの店のホステスのなかに、クスリに関わっている人間がいるみたいだ」
「えっ」
「えっ」
 高虎の発言に、二人は驚いた。
「裕美ママの店のほうはシロだ。けど操ママのほうはクロのもんがいるようだ」
 祐策も浩輔も驚きで、無言になってしまった。
「誰が……」
「それはまだわからない。このままだと操ママの店にガサ入れられる可能性がある。それまでに割り出して、排除したいと思ってる」
 高虎の裏家業の目的はわからないが、追っているものが何であるかがわかった。
「で、祐策。おまえはユキミと親しいよな」
「……はい、まあ」
「何か変わったことはなかったか」
「いえ、特に……ないと思ってます」
 祐策は首を振った。
「浩輔は」
「俺は……」
「ミサとマユカ、関係があるよな?」
(!)
 顔が強ばった。
 ミサのことはともかく、マユカと関係があることがばれているとは思わなかった。
「すみません……」
「謝ることはない。別に、好きにすればいい。大人なんだし」
「……はい、すみません」
「で? 二人はどうだ?」
 高虎は別段気にしていない様子だった。高虎の口利きでいろいろと世話になっているというのに、自分の関わる店の店員に、一人ならず二人に手を出しているわけだし、腹を立てられてもおかしくないのではないだろうか。
「マユカさんのほうは……ここのところずっと会ってなくて。店でも見掛けませんし」
「確かにな。操ママに訊いてみたんだけど、マユカは休みがちになってそのままみたいだ」
「そうなんですか……」
「連絡は?」
「特に取ることもないし、プライベートは知らないので」
「んー……マユカはなんで店に出なくなったのかな。なんかクスリと関係あるのかな」
 そこまでは全く、と浩輔は首を振った。
 そういえば、と、ミサが言っていた台詞を思い出した。
『まあ、あの子ももう三原君と会うことはないと思うけど』
 どういう意味か、と思ったのだが。
 クスリとは関係なく、ミサが何かしたのではないか、と感じた。
「マユカさんは……ミサさんが何か関わってるんじゃないかと思ったんですが」
「ミサが? なんで?」
「……俺とマユカさん関係持ったこと、知ったみたいで……前、ミサさんが、もうマユカさんと俺とが会うことはない、みたいなことを言われて……。その時にはもう店でも会ってなかったので」
 なるほど、と高虎は首を傾げた。祐策はじっと高虎を見ている。
「マユカのことはわかった。一応探ってみよう。で、ミサのほうは? なんか変わったことはないか? ミサのほうは定期的に会ってるんだろ」
「……まあ」
 変わったことか、とミサの顔を思い浮かべ、考えてみる。
 マユカのことを言われた時は、冷たく感じたなあと思った。もう終わりにすると言われ、焦った自分のことも。
(誰か、いい人ができたのかな……)
「あ」
 浩輔の声に、二人の視線が集中する。
「いえ……、ミサさん、俺と関係を終わらせようとしていたので、もしかしたら相手が出来たのかなって思ったんですけどね……」
「関係を終わらせる」
 あの女がか、と高虎は目を細めて言った。彼はミサにあまりいい感情を持っていないようだ。女好きだと聞いていたので意外だった。
「……それに、あの、これ、言っていいのかわからないんですけど」
 元彼が訪ねてきたことを話して聞かせた。
「ふーん……。元彼ね。クスリやってそうだった?」
「いや、そこまでは……」
 ミサの元彼に襲撃されたことを言おうか言うまいか、一瞬悩んだ。話すとなると、ミサのところに入り浸りなのが明るみなってしまう。知られてはいるが、自分の口から言うのも憚られてしまう。
『亜紀に妙なこと教えたのはおまえかと思って』
『亜紀に気をつけたほうがいい。おまえ以外にヤバいヤツがついてるはずだ』
 やけにミサの元彼の言葉が思い出される。
 ミサに誰かが何か『妙なこと』を教えた人物がいる。それが『ヤバいヤツ』であるということ。
 黙り込んだ浩輔に、
「何かあるなら話して」
 高虎は低い声で言った。
「クスリとか関係あるかはわかりませんけど……」
 元彼に言われた言葉を伝えた。
「ミサはクロだろうな……」
「クロ……」
「え……」
 高虎の発言に、祐策も浩輔も目を見開いた。
「浩輔は、関係を終わらせようとされたんだよな? でも続いてるんだよな」
「は、はい」
「気をつけたほうがいいな。元彼は使えないからって切り捨てられたか、守りたいから切り離されたか、だろう。ま、ミサの性格からしたら、切り捨てたほうだろうな。浩輔は使えると思われたかもしれないな」
「なっ……」
 俺はドラッグやクスリは許さねえ、と高虎は言った。剣呑な瞳に身震いがしそうになった。
「浩輔、ミサに会ったら気をつけろ。本当に手は切ったほうがいいかもしれない」
「え……」
「寝るだけの女ならほかにもいる」
「……でも」
「惚れてるのか?」
「いえ、そういうわけではないです」
「なら、近いうちに手を切れ」
「……わかりました」
 女関係に口出しするんだな、と高虎を見た。
(今晩、ミサさんに会うのに……)
「祐策は? ユキミに会う予定は……?」
「すぐにはないですけど……たぶん、また誘われれば」
「じゃ、ユキミから何か情報探ってくれ」
「わかりました」
 呼び出して悪かったな、と高虎はいつものトーンに戻って言った。
「あ、これ、置いとくから」
 二つの白い封筒を置いて、彼は立ち上がった。
「えっ、いただけないです!」
「俺もです!」
 祐策も浩輔もその封筒がなんなのか察して、高虎を追いかけて突き返した。
「今日の呼び出し分。いつもより少ないよ。晩飯くらいの枚数しか入ってねえよ」
「けど」
「まあまあ、二人とも。もらっといてくれよ。でなきゃ日曜の夕方に呼び出したのに心苦しいだろ。また頼むから。じゃあな」
 ひらひらと手を振り、彼は去って行った。
 白い封筒の中には、おそらく一回分の食事代くらいの千円札が何枚か入っているのだろう。彼はいつも金を置いていく。
「別に金もらわなくても、俺は動くんだけどな」
 祐策はぼそりと言った。
(俺だって……)
「俺も同じだよ。こんだけ世話になってんだから……」
 二人は封筒をポケットに捻り混んだ。
「三原は、どっか行くの」
「いや、俺はアパートに戻る。そっちは」
「俺も戻るわ」
「そっか。今日、ミサさんに呼ばれてんだわ」
「そうなのか?」
「神崎さんに言うの、どうしようか躊躇ったんだけど、言わなかった」
 そうか、と祐策は相槌を打った。
「神崎さんの言うとおり、手を切ったほうがいいかなって思う。今晩、探るだけ探ってみるわ」
「……気をつけろよ」
「うん」
 二人も事務所を出たのだった。
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