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【第4部】浩輔編
13.会話(後編)
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舞衣は変わっていない。
引っ込み思案で、人に強く言われたらつい飲まれてしまう性格だったと思うが、今も同じように思える。
「……舞衣だろ」
小さな声で言った。
「え?」
「舞衣なんだろ。佐藤舞衣」
「……う、うん。やっぱりわかってたんだ」
「わかるよ、変わってないから」
「そ、そうかな」
着飾っても舞衣は舞衣なのだ。
「よく俺だってわかったな」
「……わかるよ」
そう、と舞衣が注いでくれたビールのグラスを口に運ぶ。
よく冷えていて美味い。
「ずっと見てた人だし」
「…………」
「見た目はちょっと……垢抜けちゃったけど、三原君だってわかったよ」
髪が茶色になったことを言っているのだろう。
それ以外の見た目は特に変わってはいない。身長はもう百八十で止まってしまったし、少し筋肉質になったというくらいだろう。内面は荒んでしまったが。
「舞衣は今大学生だろ?」
「うん」
「あのパン屋は?」
「あそこは伯父さん夫婦のお店なの。土曜日だけお手伝いしてる。普段は別の所でバイトしてるけど、ちょっとお休みしてる。で、今は二週間だけ、友達の代わり」
さっきもママに説明を聞いたなあ、と振り返る。
「大学の友達」
ユリ、というのは同じ学校に通っているらしい。店員のプライベートを聞いていいものかと思ったが、舞衣が話すのは止められず、誰にも言うつもりもないので黙って聞いていた。
「今日なんであそこにいたの、駐車場」
気になっていたことを尋ねた。どうでもいいかと思っていたが、ここで会ったのなら確認しておこうと考えたのだ。
「三原君の職場……だったから」
「俺の職場はどうやって」
「パン屋に、三原君の会社の人が来られるの。同じつなぎ着てるって気づいて……思い切って声かけて……」
「え」
誰だろう、と脳内で候補を想像する。
「三十代くらいだと思うんだけど、髪は角刈りみたいな感じで……細身の……」
「あー……」
自分にそのパン屋を勧めてくれた人物かと思ったが、別の同僚だ。半額どうこうではなく、惣菜パンが好きでよく食べている独身の男だ。ちょっと頭は良くないようだが、整備の腕は信頼できる人物で、浩輔も慕っている。
「三原さんて方がいますか、って訊いたの」
簡単に答えてくれたらしい。頭が良くないようなので仕方がない。何も考えずに個人情報を喋ってしまったのだろう。
(島川さんに間違いなさそうだな……月曜日に、締め上げるか)
喋ったなら喋ったで言ってくれればいいものを。
いるよ、と答えられ、会社名も喋ってしまったようだ。訊かなくても、つなぎに社名が入っているのでわかっただろう。
「待ち伏せしたら、会えるかな……って。ストーカーみたいなことしてごめんなさい」
膝の上の拳をぎゅっと握り、舞衣は俯いた。
「そんなに俺に会いたかったわけ」
なんとも冷たい声音が出るものだと自分で思った。
「……うん」
舞衣は頷いた。
(……なんでだよ)
駅で向かう道で、あんなに冷たく突き放したのに、と思う。今日も駐車場でできる限り冷たくしたつもりだ。
まさかこんな所ですぐに再会するとは思わなかったが。
「高校生の時からずっと……謝りたくて。高校出た時も、三原君がわたしと会話もしてくれようとしてくれなかったから……。次に会えたら、謝るって決めてた。今になって、偶然あって、それがが何度もあったら、もう運命だ、絶対に会いに行かなきゃって」
「で、何を謝るわけ」
「え……」
舞衣は浩輔を見た。浩輔は冷ややかに舞衣を見返した。
「……あの……」
彼女は言葉に詰まったが、何かを言おうと必死に口をぱくぱくさせている。
「三原君が告白してくれたのに、別の人と付き合ってしまったこと……」
「なんだ、そんなこと?」
「え?」
拍子抜けしたような顔で舞衣はこちらを見た。
「別に。昔のことだろ。俺が勝手に思い上がって、舞衣が待っててくれるって思ってただけだ。先輩に告白されたんだし仕方ないだろ」
「けど……わたしが……揺らいだせいで」
「舞衣が優柔不断なのはわかってたのに、俺が舞衣を信じすぎて、勝手に砕けただけだ」
浩輔は無理矢理笑った。
嫌味と侮蔑を込めて言ったことを、舞衣は気づいたのかいないのか。
「ごめんなさい……」
「もう過ぎたことだし」
あれから何年経ってると思ってんだよ、と笑う。
その何年も経ってるのに舞衣に会いたくないと拒絶したのは自分だが。
「高校生の時もずっと言いたくて……メッセージ送っても読んでくれてないみたいで」
(見てないな)
確かに、自分のスマホを手に入れてメッセージのIDを取得したが、交換してすぐにあんな事態になってしまったので、全部削除して取得し直したのだ。
「また、ID交換したいって言ったら……駄目かな」
「……どうだろ」
「……駄目、だよね。ゴメン、無理言った」
「この店の子と私的な関係になったらマズいみたいだから」
「えっ」
ミサやマユカのいる店はそんなことはないが、こちらの店はなかなか厳しい。手を出したと思われたくない。
「そうだよね。姉さんたちも厳守してること、わたしが破っちゃいけないよね」
舞衣は浩輔を連絡先を交換したいらしい。
浩輔はどちらでもいいのだが。
「……またパン屋に行くから。その時じゃだめか?」
「ほんと!? また来てくれる!? だったら今日はやめとくね」
子供のようにはしゃぐ舞衣を見て、本当に変わってないなと失笑する。
自分がしたひどい仕打ちを許してもらえたと思っているのだろうか。
(まあ、俺も意固地になってるだけだしな)
舞衣にこだわる必要はなかったのに、と自分に対して呆れた。
(もう、俺も……いいか。解放されても)
「舞衣は大学生だよな?」
「うん」
「じゃあ就職活動は?」
「今、やってるところ」
「バイトしてていいのか?」
純粋に世間話をすることにした。
「二週間だけだし、パン屋も土曜日だけの手伝いだから。あとはちゃんと就活してる。就活する前は平日にバイトしてたけど、お休みさせてもらってるし」
「ふうん……」
大学のシステムがいまいちわからない浩輔は曖昧に頷いた。
「それに、公務員試験受けて、もうすぐ二次試験があるんだ。そっちが本命で」
「いやバイトしてる場合じゃないんじゃ」
「大丈夫。ちゃんと両立させるから」
「そっか……」
そういう所はしっかり出来るようになったのか、と感心する。鈍くさそうなのは変わってなさそうなのに、芯は強くなったようだ。
「頑張れよ」
「ありがとう、頑張るね」
はにかんだ笑顔に、懐かしさを感じた。
久しぶりに見た気がした。
「三原君は、整備士になったんだよね?」
「ああ」
「なるって言ってたから……。やっぱり三原君は頑張ってるんだね」
「そうかな」
「なりたい仕事に就けてるって聞いて、嬉しかったよ」
嘘偽りのない笑顔だった。
本当に喜んでくれているのが伝わってきた。
「毎日しんどいけど、やりがいはある」
「そうなんだね」
「また、来るねー」
「お待ちしておりますね」
高虎が、ほろ酔いの状態で店を出た。
高虎が手を振ると、ママと店員達が頭をさげた。浩輔が舞衣のほうをちらりと見ると、腰の辺りで小さく手を振っていた。
予め呼んでいた代行業者に車の鍵を渡した高虎は、行こう行こう、と浩輔達を手招きした。
「最初はお通夜みたいだったのに、浩輔は随分ホノカちゃんと打ち解けてたね」
高虎が陽気な口調で言った。
「あー、そうですね」
知人だということは黙っておくことにした。
「浩輔って、やっぱ女の子に好かれるの上手」
「好きで好かれてるわけじゃ……」
「嫌われるよりはいいんじゃない?」
祐策が笑う。
まあ老若男女、嫌われるよりは好かれた方が嬉しいとは思っている。
「今日はリフレッシュ出来て楽しかった」
「ごちそうになりました」
「ごちそうになりました」
高虎がただ飲むだけ、とは思えないが。
裕美ママの店では何かを探る様子は見られないので、ただのリフレッシュだと言われればそうなのかもしれない。今日の目的は、社長から預かったプレゼントを裕美ママに渡すことのようであったし。
浩輔も、舞衣にあんなに苛立っていたのに、長年凍っていた心が最後にはかなり解けていたように思えた。
(会えてよかった……のかな……)
引っ込み思案で、人に強く言われたらつい飲まれてしまう性格だったと思うが、今も同じように思える。
「……舞衣だろ」
小さな声で言った。
「え?」
「舞衣なんだろ。佐藤舞衣」
「……う、うん。やっぱりわかってたんだ」
「わかるよ、変わってないから」
「そ、そうかな」
着飾っても舞衣は舞衣なのだ。
「よく俺だってわかったな」
「……わかるよ」
そう、と舞衣が注いでくれたビールのグラスを口に運ぶ。
よく冷えていて美味い。
「ずっと見てた人だし」
「…………」
「見た目はちょっと……垢抜けちゃったけど、三原君だってわかったよ」
髪が茶色になったことを言っているのだろう。
それ以外の見た目は特に変わってはいない。身長はもう百八十で止まってしまったし、少し筋肉質になったというくらいだろう。内面は荒んでしまったが。
「舞衣は今大学生だろ?」
「うん」
「あのパン屋は?」
「あそこは伯父さん夫婦のお店なの。土曜日だけお手伝いしてる。普段は別の所でバイトしてるけど、ちょっとお休みしてる。で、今は二週間だけ、友達の代わり」
さっきもママに説明を聞いたなあ、と振り返る。
「大学の友達」
ユリ、というのは同じ学校に通っているらしい。店員のプライベートを聞いていいものかと思ったが、舞衣が話すのは止められず、誰にも言うつもりもないので黙って聞いていた。
「今日なんであそこにいたの、駐車場」
気になっていたことを尋ねた。どうでもいいかと思っていたが、ここで会ったのなら確認しておこうと考えたのだ。
「三原君の職場……だったから」
「俺の職場はどうやって」
「パン屋に、三原君の会社の人が来られるの。同じつなぎ着てるって気づいて……思い切って声かけて……」
「え」
誰だろう、と脳内で候補を想像する。
「三十代くらいだと思うんだけど、髪は角刈りみたいな感じで……細身の……」
「あー……」
自分にそのパン屋を勧めてくれた人物かと思ったが、別の同僚だ。半額どうこうではなく、惣菜パンが好きでよく食べている独身の男だ。ちょっと頭は良くないようだが、整備の腕は信頼できる人物で、浩輔も慕っている。
「三原さんて方がいますか、って訊いたの」
簡単に答えてくれたらしい。頭が良くないようなので仕方がない。何も考えずに個人情報を喋ってしまったのだろう。
(島川さんに間違いなさそうだな……月曜日に、締め上げるか)
喋ったなら喋ったで言ってくれればいいものを。
いるよ、と答えられ、会社名も喋ってしまったようだ。訊かなくても、つなぎに社名が入っているのでわかっただろう。
「待ち伏せしたら、会えるかな……って。ストーカーみたいなことしてごめんなさい」
膝の上の拳をぎゅっと握り、舞衣は俯いた。
「そんなに俺に会いたかったわけ」
なんとも冷たい声音が出るものだと自分で思った。
「……うん」
舞衣は頷いた。
(……なんでだよ)
駅で向かう道で、あんなに冷たく突き放したのに、と思う。今日も駐車場でできる限り冷たくしたつもりだ。
まさかこんな所ですぐに再会するとは思わなかったが。
「高校生の時からずっと……謝りたくて。高校出た時も、三原君がわたしと会話もしてくれようとしてくれなかったから……。次に会えたら、謝るって決めてた。今になって、偶然あって、それがが何度もあったら、もう運命だ、絶対に会いに行かなきゃって」
「で、何を謝るわけ」
「え……」
舞衣は浩輔を見た。浩輔は冷ややかに舞衣を見返した。
「……あの……」
彼女は言葉に詰まったが、何かを言おうと必死に口をぱくぱくさせている。
「三原君が告白してくれたのに、別の人と付き合ってしまったこと……」
「なんだ、そんなこと?」
「え?」
拍子抜けしたような顔で舞衣はこちらを見た。
「別に。昔のことだろ。俺が勝手に思い上がって、舞衣が待っててくれるって思ってただけだ。先輩に告白されたんだし仕方ないだろ」
「けど……わたしが……揺らいだせいで」
「舞衣が優柔不断なのはわかってたのに、俺が舞衣を信じすぎて、勝手に砕けただけだ」
浩輔は無理矢理笑った。
嫌味と侮蔑を込めて言ったことを、舞衣は気づいたのかいないのか。
「ごめんなさい……」
「もう過ぎたことだし」
あれから何年経ってると思ってんだよ、と笑う。
その何年も経ってるのに舞衣に会いたくないと拒絶したのは自分だが。
「高校生の時もずっと言いたくて……メッセージ送っても読んでくれてないみたいで」
(見てないな)
確かに、自分のスマホを手に入れてメッセージのIDを取得したが、交換してすぐにあんな事態になってしまったので、全部削除して取得し直したのだ。
「また、ID交換したいって言ったら……駄目かな」
「……どうだろ」
「……駄目、だよね。ゴメン、無理言った」
「この店の子と私的な関係になったらマズいみたいだから」
「えっ」
ミサやマユカのいる店はそんなことはないが、こちらの店はなかなか厳しい。手を出したと思われたくない。
「そうだよね。姉さんたちも厳守してること、わたしが破っちゃいけないよね」
舞衣は浩輔を連絡先を交換したいらしい。
浩輔はどちらでもいいのだが。
「……またパン屋に行くから。その時じゃだめか?」
「ほんと!? また来てくれる!? だったら今日はやめとくね」
子供のようにはしゃぐ舞衣を見て、本当に変わってないなと失笑する。
自分がしたひどい仕打ちを許してもらえたと思っているのだろうか。
(まあ、俺も意固地になってるだけだしな)
舞衣にこだわる必要はなかったのに、と自分に対して呆れた。
(もう、俺も……いいか。解放されても)
「舞衣は大学生だよな?」
「うん」
「じゃあ就職活動は?」
「今、やってるところ」
「バイトしてていいのか?」
純粋に世間話をすることにした。
「二週間だけだし、パン屋も土曜日だけの手伝いだから。あとはちゃんと就活してる。就活する前は平日にバイトしてたけど、お休みさせてもらってるし」
「ふうん……」
大学のシステムがいまいちわからない浩輔は曖昧に頷いた。
「それに、公務員試験受けて、もうすぐ二次試験があるんだ。そっちが本命で」
「いやバイトしてる場合じゃないんじゃ」
「大丈夫。ちゃんと両立させるから」
「そっか……」
そういう所はしっかり出来るようになったのか、と感心する。鈍くさそうなのは変わってなさそうなのに、芯は強くなったようだ。
「頑張れよ」
「ありがとう、頑張るね」
はにかんだ笑顔に、懐かしさを感じた。
久しぶりに見た気がした。
「三原君は、整備士になったんだよね?」
「ああ」
「なるって言ってたから……。やっぱり三原君は頑張ってるんだね」
「そうかな」
「なりたい仕事に就けてるって聞いて、嬉しかったよ」
嘘偽りのない笑顔だった。
本当に喜んでくれているのが伝わってきた。
「毎日しんどいけど、やりがいはある」
「そうなんだね」
「また、来るねー」
「お待ちしておりますね」
高虎が、ほろ酔いの状態で店を出た。
高虎が手を振ると、ママと店員達が頭をさげた。浩輔が舞衣のほうをちらりと見ると、腰の辺りで小さく手を振っていた。
予め呼んでいた代行業者に車の鍵を渡した高虎は、行こう行こう、と浩輔達を手招きした。
「最初はお通夜みたいだったのに、浩輔は随分ホノカちゃんと打ち解けてたね」
高虎が陽気な口調で言った。
「あー、そうですね」
知人だということは黙っておくことにした。
「浩輔って、やっぱ女の子に好かれるの上手」
「好きで好かれてるわけじゃ……」
「嫌われるよりはいいんじゃない?」
祐策が笑う。
まあ老若男女、嫌われるよりは好かれた方が嬉しいとは思っている。
「今日はリフレッシュ出来て楽しかった」
「ごちそうになりました」
「ごちそうになりました」
高虎がただ飲むだけ、とは思えないが。
裕美ママの店では何かを探る様子は見られないので、ただのリフレッシュだと言われればそうなのかもしれない。今日の目的は、社長から預かったプレゼントを裕美ママに渡すことのようであったし。
浩輔も、舞衣にあんなに苛立っていたのに、長年凍っていた心が最後にはかなり解けていたように思えた。
(会えてよかった……のかな……)
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