大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
157 / 222
【第3部】祐策編

17.高虎の尋問(中編)

しおりを挟む
 否や、へらへらしていた高虎の顔が真顔になる。逆ギレか、と祐策は構えた。
「おまえ、実はセックスまだだろ」
「……!?」
 しまった、と思った時には遅かった。
 一瞬瞳孔を開いてしまい、反応してしまったことに気づいた。
「……やっぱりな」
「…………っ」
「おまえの性格からじゃ、言いたくない話したくない、って言っても恥ずかしそうにするのに、そんな表情も見えなかった。まだしてないから言いようもないんだろうなって」
 この男わかってたのかよ、と言いかけてぐっと堪える。
 確かに、自分は口下手な分、顔には表れやすいと言われたことがあった。高虎はそれをよく知っているのだ。
「はいはい、してませんよ」
「……ふうん」
「悪いですか」
「悪いなんて言ってねえよ」
「そう聞こえますけど」
 おっと怖い顔すんなよ、と高虎は言うが、怖い顔になっているならそれはあんたのせいだよと内心で悪態をついた。
「まほちゃんのこと大事にしてんだな」
「そりゃ……しますよ」
「やっぱ祐策が相手でよかったよ」
 高虎は嬉しそうに笑った。
「付き合って半年くらい?」
「……はい」
「期間としちゃ、まあ一線越えてもおかしくないのにな」
「……まあ」
「まほちゃん、昔、男に酷い目に遭わされてたみたいでさ」
 その言葉に、祐策の顔は歪んだ。
(DVの男か?)
 前に真穂子が打ち明けてくれたことを思い出した。
「恋愛には消極的なんだよな。あんないい子なのにさ。祐策ならまほちゃんに合うかもって勝手に思ってた矢先にさ、気に入った男がいてもなかなか言わなかったあの子がだよ? やけに組にいた男のことを聞くんだよな。どんな人がいたのか、とか」
 特定の男の名指しはしなかったが、それとなく祐策のことを聞き出していたようだ。
「俺も祐策のこと勧めたかったからさ、おまえのことはよく言ったつもり。でもな、いつだったか……気になる人ができた、って俺に言ってきたんだよな。なんで俺に言うんだろうって思ったけど。そうか祐策のこと薦めたかったけど仕方ないなあって。今思えば、俺が薦めたい相手と、まほちゃんが気になる人が一致してたんだろ。どんな男か探ってたのかもな。俺は俺で残念だなーって思いながら、まほちゃんの恋愛相談に乗ってたわけだ」
 そんなことがあったとは知らず、祐策は返す言葉もなく無言になった。
 真穂子は入社してきた自分に好意を持ってくれたようだ。自然と自分も好意を持っていたわけだが。
(俺に優しくしてくれたのは……好意があったから、とか?)
 何の特技もない、特別に話をするわけでもない自分なのに、何が気に入る要因だったのか、不思議だった。
「やっぱ祐策でよかったな」
「……そうですかね。何の取り柄もない男ですけど……」
「まほちゃんが言ったのか?」
「いえ」
「自信持て。おまえがいいから、まほちゃんは惚れたんだぞ」
「けど……そんな要素がないし……」
「なんでおまえがいいのか、聞いたことないのか?」
 祐策は少し考えたあと、
「……ないですね」
 と答えた。
 自分が真穂子を好きになったきっかけは挙げることができるのだが。
「そっか、いつか本人に訊いてみろ。まあ惚れるのにも、なんでってわかんねえよな。俺も奥さんを好きになった理由がわからんわ。毎日怒られるしさ。俺はこの人のどこに惚れたんだろって思ったりすることもある」
(それ言っていいのか……?)
「ずっと一緒にいてさ、子供も出来れば、セックスは雑にもなんのよ。最初だけだよ、イチャイチャしてんのは」
「……そりゃ、子供さんもいて、この先ずっと一緒にいれば、回数も減るんじゃないですか。神崎さんは、毎日毎日誰かとしてましたからね、それに比べたら……」
「ま、まあな」
 高虎は気まずそうに口ごもった。
「まほちゃんのトラウマ、おまえなら克服してあげられると思うから。大事にしてやってほしい」
「頼まれなくても、大事にしますよ」
「そうだな。おまえが半年も手ぇ出さないなんて信じられないよなあ。ほんとに誰ともやってないのか?」
「当たり前じゃないですか!」
「ほんとに? 髪短めの細い背の高い女は?」
「いつの話ですか……」
「ぽっちゃりめでアイドル目指しててあきらめてキャバ嬢になったっていうのは」
「誰かと間違ってません?」
「あのユキミって乳デカのホステスとも? あの子、俺とトモ目当てだったじゃん。なのにおまえに寝返ったんだよな。結局はおまえのこと相当気に入ったみたいだし。祐策はトモと同じで乳のデカい女が好みだからさあ」
「……ユキミのことも! 過去の話です! さっきも言いましたけど、雪野さんに惚れてからは関係は持ってませんよ。雪野さんがいるのになんで別の女とやるんですか。やるなら彼女としたいですよ」
「お」
 めちゃ本音じゃん、と高虎は笑った。
「うっさいな……」
 つい普段の口調で言ってしまい、口を噤んだ。
(ほんと時々腹立つんだよこの人)
 これで経営者だというのだから信じられない時がある。この下ネタ大好きな性格を帳消しにするくらいの人望がどこにあるのか、祐策にはわからない。
「早くやりてえよなあ。なあ?」
「……そりゃ、まあ……。でも無理強いはしたくないですし。時期がくれば、ね。今は、セックスは『好き』の延長するものだって思ってますんで」
「へえー」
「だからいいんです」
「……そっか。ま、とにかく。義妹を頼む」
「言われなくても」
「大事にするんだろ」
「当然ですよ。神崎さんも奥さん子供さんを大事にしてください」
「おっと祐策に言われるとはな。じゃあ祐策もまほちゃんとさっさと結婚しろよ」
「…………」
 殴ってやろうか、と祐策は拳に力を入れる。
「泣かせるなよ。あ、ベッドの上で啼かせるのはいいけどな」
「……どうしても俺に殴られたいんですね?」
「怖いよー祐策くーん」
「あんたが悪いんでしょうが」
 こちらは怒りの爆弾発射寸前だというのに、高虎はまたヘラヘラしている。
 早く帰れよ、とにらみ返した。
 どうして自分の恋人との性事情についてあれこれ言われなきゃならないんだ。全く理解できない。祐策はこの無意味な時間を早く終わらせたくて仕方がなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜合体編〜♡

x頭金x
恋愛
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

処理中です...