大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

11.ステップ

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 いつも真穂子の車で出かける祐策は、申し訳ないと思っている。真穂子は問題ないと言うが、気が引ける祐策だ。
「じゃあ、この車、運転しますか」
「いいの?」
「宮城さん、会社の車は運転されてますし、出来ますよね。ちゃんと保険にも入ってますよ。家族限定にはしてないですし。運転してもらっても大丈夫ですよ」
 そういう意味じゃないんだけどな、と祐策は思った。
 周囲の男達は、自分の車を人に運転させたくないと言っている者が多いのだ。
「車は他のヤツに貸したくない、彼女を貸すようなことだ、って言われたことあるからさ」
「あー……確かにそうかもしれませんね」
 なるほど、と真穂子は頷いた。
「でもわたしが、宮城さんに貸すのは問題ないと思ってますから。信頼してますし」
 ね、と微笑まれ、視線を彷徨わせた。真穂子のまっすぐな目には未だにどきどきしてしまう。
「うん……じゃあ雪野さんがしんどいときは俺が運転する、長距離の時は交代するとか、それはどうかな?」
「長距離……わかりました」
 ふふっと真穂子が嬉しそうに笑う。
「な、何か俺変なこと言った?」
「いえ、長距離って言うから……どこか行く予定にしてるのかなって」
「えっ、あっ、いや、そういうわけじゃないけど! いや、ないわけじゃないけど」
 焦る祐策の様子にますます笑みを浮かべる真穂子だが、それは優しい笑みだった。そんなところを突いてくるなんて、と口を尖らせた。
「行きたいなとは思ってる……いつか、旅行とか、それくらい、雪野さんといろんなところ行きたいし」
「わたしもですよ」
 キスもしていないのに、旅行なんて言っちゃったよ、と祐策は内心では発言を後悔した。でも真穂子も嫌な顔などなく、同意してくれた。
(泊まり旅行とかだったら当然……一緒の部屋で寝るよな、そしたらキスもだし、その先も絶対するよな……)
 想像しかけて頭を振る。
「宮城さん?」
「あ、ごめん」
 妄想がひどい、と反省した。

 どこへ行くわけでもなく、近場に買い物に行ったり、自然公園で散歩をしたり、祐策が体験したことのないようなデートをする二人。
(前の男とは……こんなことしてたのかな)
「宮城さん、もしかしてつまんなかったですか?」
「えっ! 違う、それはない!」
「わたしばっかり話してるみたいで……つまんないですよね」
 真穂子は会社にいる時よりもよく話してくれる。会社ではおっさんたちやパート事務員の女性の聞き役に回ることが多いようだったから意外だった。
 やはり明るい楽しい女性だった。
「それはない、そんなことは全くない」
「ちょっと、座りましょうか」
 石造りのベンチに腰を下ろし、二人は並んだ。
「ほんとに俺、つまらないとか全く思ってないよ」
「……大丈夫です」
 大丈夫ってどういう意味だろう、と祐策は彼女の言葉を反芻した。しかしここで黙って確かめもせず、意思の疎通をはかれないままは嫌だ、と祐策は尋ねた。
「大丈夫って、雪野さん、そんな顔してないよ。俺に不満とかあるなら言ってよ。雪野さんのこともっと知りたいから、いろんな話してくれるの楽しいし、面白いし。俺は話すのうまくねえから……。でも無理して話してくれてるなら俺が悪いし……」
「宮城さんは悪くないです」
 真穂子は頭を振り、祐策を見返した。祐策もまっすぐに彼女を見返す。
「宮城さんに不満なんであるわけないじゃないですか」
「……俺、末端とは言え元ヤクザだし。気遣ってくれてるのかなって思ったりもして……」
「そんなことありません!」
 お互いがお互い、遠慮しているのだと気づく二人。
「ほんとに、つまんなくなんてないから。俺……女の子とまともにつきあったことなくて……。デートとか、何したら、どこ行ったらいいかとか全然わかんねえし、気の利いたことできないし、雪野さんと出かけるだけで、新鮮だし、楽しいし、何より……嬉しいし」
「ほんとですか……」
「うん。車も持ってないし……知ってるかもしれないけど、ヤクザだったせいで、社会生活送るにも縛りがあって……。本当なら普通の女の子とつきあえる立場じゃねえし」
 そんなことない、と真穂子はまた首を振った。
 思いかげず吐露してしまった本音を、真穂子は聞いてくれた。
「五年経てばいいんですよね?」
「……うん、まあ」
「あと一年くらいですか」
「うん、そうだな」
「今まで来られたんですから、あと一年ちょっとなら、あっという間じゃないですか」
「……そう、かな」
 思ったことはちゃんと言う、と祐策は言った。
「だから、雪野さんも俺に言ってよ。直してほしいところとか、嫌なところとかも。俺、言われないとわかんねえし」
「じゃあ、宮城さんも言ってくださいよ?」
「うん、わかった」
 顔を見合わせ、二人は笑った。
「わたし、お節介なんで、嫌だったらちゃんと言ってくださいね」
「今のところそれはないけど、思ったら言うよ」
 取れたボタンを縫ってくれたり、弁当を作ってくれたり、お節介だと思う人間がいるのかもしれないが、祐策にとっては「優しい好意」だった。自分に手を差し伸べてくれた人が少なかったからか、とても嬉しかった、お節介だなんて思ったことは一度もないのだ。
「雪野さん」
「はい」
「これまでどおりでいてよ。俺、雪野さんに救われてきたからさ」
「……はい」
 祐策は立ち上がると、真穂子に手を差し出した。
「行こうか」
 真穂子はおずおずとその手を取る。
「……はい」
「デートの続き、しよ」
 祐策は真穂子の手を握った。自然と手を繋ぐ形になり、祐策の心臓がバクバクした。
(よしっ……どさくさに紛れて手ぇつないだ!)
 手を繋ぐだけでこんなに心臓がうるさくなるものなのだろうか。
 女の子と手をつなぐのは初めてだ。
 ベッドの中で、行為の最中に手を握ることはいくらでもあったが。
(手つめてぇな……)
 緊張すると手が冷たくなるんだ、と祐策は気づいた。彼女の手も自分の手も冷たいと言うことに気づく。
(どうしたらいいんだ……)
 せめて自分の手が温かければよかったのに。
 二人は緊張を隠すように話をしながら、園内を散策した。
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