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【第3部】祐策編
9.有頂天
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高虎に言われてむしゃくしゃした祐策は、決心した。
(よし、決めた)
決戦はホワイトデーだ。
バレンタインデーに真穂子からチョコレートもらい、舞い上がりかけた。よく考えてみれば職場の男たちは真穂子とパート事務員の連盟で不特定多数向けに、毎年義理チョコをもらっている、それだった。
ただ………自分だけ、リボンがかかった箱のものを別途受け取ったことがやけに気になったのだが。
(義理でもいい)
──決めたんだから。
真穂子をデートに誘い、ホワイトデーのお返しとして、プレゼントを渡した。キャンディの詰め合わせと、ハンドタオルと小さなテディベアのマスコットのセットだ。何にしようかと悩んでいたら、例によって和宏がアドバイスをくれたのだった。
「キャンディかマカロンにしましょう!」
どうやら贈る物には意味が隠されているらしい。
「クッキーは絶対やめてくださいね」
「お、おう……」
和宏の気迫に負けて、言うとおり、クッキーを選ぶことはなかった。その気迫があろうがなかろうが、和宏のアドバイスの信者である祐策だ。
その和宏のアドバイスに従って購入した物を真穂子に渡すと、彼女は喜んでくれた。
「ありがとうございます、嬉しいです」
今言うべきか、と悩んだ祐策だったが、決意を飲み込む。
デートを終え、真穂子に送られて神崎邸まで戻る途中、祐策は隙を伺っていた。もうすぐ別れの時間だ、今言わないと──。
「雪野さん、話がある」
「……はい?」
真剣な眼差しの祐策を見て、真穂子は、
「そこのコンビニで止めましょうか」
と提案したが、それを制した。
「あ、じゃあ……ここまで来てもらったのに悪いけど、場所変えてもらっていいか? 公園の駐車場とか」
「あ、はい、じゃあ……そこの公園の駐車場へ行きましょうか」
頼む、と祐策は言い、真穂子はここまでの途中にある公園の駐車場に入った。
「はい、とりあえずエンジン、切りましょうね」
近所迷惑になるのもいけませんし、と真穂子はエンジンを止めた。
静寂が広がり、息づかいがやけに耳に響いた。
心音が早くなってゆく。この音まで聞こえているのではと思う。
「うん。あの……雪野さん」
「はい」
真穂子のほうを向いて、祐策はごくりと息をのむ。
「お」
「?」
「俺の彼女になってほしい……」
「え……?」
「と思ってる」
「あの……」
「けど!」
真穂子が返事をする前に言っておかねばならなことがああった。
言おうか迷いもしたが、これは伝えないといけないことだと思っていることだ。恋愛を諦めそうになったり、人との接触を避けてきた、その理由だ。
「俺……ヤクザだったんだ」
真穂子の目をまっすぐ見た。
真穂子は驚いているのか、困っているのか、その色はよくわからない。もう周囲は暗くなっているし、はっきりと見えないのだ。
「俺、雪野さんとが好きだ。付き合いたい。けど、元ヤクザってことを伝えておかないといけないと思った。一度人の道に逸れてるし。隠しておくのはよくねえと思って……」
「…………」
「やっぱ、こんな男とは付き合えないよな。正直に言ってくれていい。きっぱり振ってくれ」
「……知ってますよ」
「うん、そうか……ん?」
「わたし、宮城さんがヤクザだったってこと、知ってますよ」
えええ、と急に大きな声を出してしまい、真穂子が驚いて仰け反った。
「悪い……」
「いえ……」
「知ってるって……俺がヤクザだったってこと?」
はい、と真穂子は頷いた。
「なんで……」
やはり神崎高虎つながりで知ったのか、と考える。それくらいしか知られる理由がない。
「宮城さんがこの会社に入られる時、社長に言われたんですよ。ヤクザから足を洗った人が今度入社するから、力になってやってくれって」
「えっ……みんな知ってるってこと?」
「いいえ。わたしだけだと思いますよ。社長が宮城さんの素性を話してくれたのは。入社の手続きでどうしてもわかっちゃいますし、予め言ってくださったんだと思います。社長は神崎会長さん……宮城さんのお住まいになっている方の旧知の方だそうですから」
祐策が驚いたことは他にもあった。
『力になってやってくれ』と社長が言ったという話だ。きっと元ヤクザの男が入ってくるとなれば、気をつけろとか何かあったらすぐ言え、とかマイナスの言葉だと思っていた。社会復帰の手助けをしてくれるような言葉を言ってくれていたことに驚いたのだ。
(そっか……俺は人に恵まれてたんだな……)
不覚にも目が潤んでしまった。
「わたしは、知っていましたし、宮城さんがカタギで生きていこうとされてるのを、手助けしようと思っていましたから」
そうだったんだ、と祐策は呟いた。
そして、ありがとう、と自然に口をついて出てきた。
「もう一度言う。雪野さん、俺と……付き合ってもらえませんか」
「……はい」
断られたかと思った。
「ほ、ほんとに!?」
「はい」
真穂子は泣き笑いをしながら頷いてくれた。
「あのさ……だ、抱きしめていい?」
「はい」
がばっ、と祐策は真穂子を抱きしめた。
助手席から身を乗り出し、運転席の真穂子の身体を抱く。
真穂子もおずおずと手を伸ばし、抱きしめ返してくれた。
「雪野さんに、これから、好きだって言ってもいいってことだよな?」
「言ってください」
「好きだ、雪野さんが好きだ」
「わたしも、宮城さんが好きですよ」
嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい。
真穂子はいい匂いがする。髪なのか身体なのか、どこから香るのかはわからないが。ユキミやほかの女たちとは違う匂いがした。
(俺は変態か)
嬉しくて嬉しくて、変態でもいいや、と祐策は思った。
(よし、決めた)
決戦はホワイトデーだ。
バレンタインデーに真穂子からチョコレートもらい、舞い上がりかけた。よく考えてみれば職場の男たちは真穂子とパート事務員の連盟で不特定多数向けに、毎年義理チョコをもらっている、それだった。
ただ………自分だけ、リボンがかかった箱のものを別途受け取ったことがやけに気になったのだが。
(義理でもいい)
──決めたんだから。
真穂子をデートに誘い、ホワイトデーのお返しとして、プレゼントを渡した。キャンディの詰め合わせと、ハンドタオルと小さなテディベアのマスコットのセットだ。何にしようかと悩んでいたら、例によって和宏がアドバイスをくれたのだった。
「キャンディかマカロンにしましょう!」
どうやら贈る物には意味が隠されているらしい。
「クッキーは絶対やめてくださいね」
「お、おう……」
和宏の気迫に負けて、言うとおり、クッキーを選ぶことはなかった。その気迫があろうがなかろうが、和宏のアドバイスの信者である祐策だ。
その和宏のアドバイスに従って購入した物を真穂子に渡すと、彼女は喜んでくれた。
「ありがとうございます、嬉しいです」
今言うべきか、と悩んだ祐策だったが、決意を飲み込む。
デートを終え、真穂子に送られて神崎邸まで戻る途中、祐策は隙を伺っていた。もうすぐ別れの時間だ、今言わないと──。
「雪野さん、話がある」
「……はい?」
真剣な眼差しの祐策を見て、真穂子は、
「そこのコンビニで止めましょうか」
と提案したが、それを制した。
「あ、じゃあ……ここまで来てもらったのに悪いけど、場所変えてもらっていいか? 公園の駐車場とか」
「あ、はい、じゃあ……そこの公園の駐車場へ行きましょうか」
頼む、と祐策は言い、真穂子はここまでの途中にある公園の駐車場に入った。
「はい、とりあえずエンジン、切りましょうね」
近所迷惑になるのもいけませんし、と真穂子はエンジンを止めた。
静寂が広がり、息づかいがやけに耳に響いた。
心音が早くなってゆく。この音まで聞こえているのではと思う。
「うん。あの……雪野さん」
「はい」
真穂子のほうを向いて、祐策はごくりと息をのむ。
「お」
「?」
「俺の彼女になってほしい……」
「え……?」
「と思ってる」
「あの……」
「けど!」
真穂子が返事をする前に言っておかねばならなことがああった。
言おうか迷いもしたが、これは伝えないといけないことだと思っていることだ。恋愛を諦めそうになったり、人との接触を避けてきた、その理由だ。
「俺……ヤクザだったんだ」
真穂子の目をまっすぐ見た。
真穂子は驚いているのか、困っているのか、その色はよくわからない。もう周囲は暗くなっているし、はっきりと見えないのだ。
「俺、雪野さんとが好きだ。付き合いたい。けど、元ヤクザってことを伝えておかないといけないと思った。一度人の道に逸れてるし。隠しておくのはよくねえと思って……」
「…………」
「やっぱ、こんな男とは付き合えないよな。正直に言ってくれていい。きっぱり振ってくれ」
「……知ってますよ」
「うん、そうか……ん?」
「わたし、宮城さんがヤクザだったってこと、知ってますよ」
えええ、と急に大きな声を出してしまい、真穂子が驚いて仰け反った。
「悪い……」
「いえ……」
「知ってるって……俺がヤクザだったってこと?」
はい、と真穂子は頷いた。
「なんで……」
やはり神崎高虎つながりで知ったのか、と考える。それくらいしか知られる理由がない。
「宮城さんがこの会社に入られる時、社長に言われたんですよ。ヤクザから足を洗った人が今度入社するから、力になってやってくれって」
「えっ……みんな知ってるってこと?」
「いいえ。わたしだけだと思いますよ。社長が宮城さんの素性を話してくれたのは。入社の手続きでどうしてもわかっちゃいますし、予め言ってくださったんだと思います。社長は神崎会長さん……宮城さんのお住まいになっている方の旧知の方だそうですから」
祐策が驚いたことは他にもあった。
『力になってやってくれ』と社長が言ったという話だ。きっと元ヤクザの男が入ってくるとなれば、気をつけろとか何かあったらすぐ言え、とかマイナスの言葉だと思っていた。社会復帰の手助けをしてくれるような言葉を言ってくれていたことに驚いたのだ。
(そっか……俺は人に恵まれてたんだな……)
不覚にも目が潤んでしまった。
「わたしは、知っていましたし、宮城さんがカタギで生きていこうとされてるのを、手助けしようと思っていましたから」
そうだったんだ、と祐策は呟いた。
そして、ありがとう、と自然に口をついて出てきた。
「もう一度言う。雪野さん、俺と……付き合ってもらえませんか」
「……はい」
断られたかと思った。
「ほ、ほんとに!?」
「はい」
真穂子は泣き笑いをしながら頷いてくれた。
「あのさ……だ、抱きしめていい?」
「はい」
がばっ、と祐策は真穂子を抱きしめた。
助手席から身を乗り出し、運転席の真穂子の身体を抱く。
真穂子もおずおずと手を伸ばし、抱きしめ返してくれた。
「雪野さんに、これから、好きだって言ってもいいってことだよな?」
「言ってください」
「好きだ、雪野さんが好きだ」
「わたしも、宮城さんが好きですよ」
嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい。
真穂子はいい匂いがする。髪なのか身体なのか、どこから香るのかはわからないが。ユキミやほかの女たちとは違う匂いがした。
(俺は変態か)
嬉しくて嬉しくて、変態でもいいや、と祐策は思った。
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