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【第3部】祐策編
6.勘違い(後編)
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「彼氏募集中ですよ」
(そっか……じゃあ、フリーなんだ……)
口元に笑みを浮かべてしまったのを見られ、
「どうかされましたか」
真穂子に不思議そうな顔をされてしまった。
「なんでもない」
「宮城さんがわたしに刺々しかった理由って、そういうことだったんですね」
「え? あー……」
「わたしが結婚してるのに不倫してる最低な女だと」
「いや、そうじゃなくて……あの」
形勢逆転だ。
真穂子が白い目で祐策を見た。
「軽蔑されてたんですね」
「そういうわけじゃないけど……少しは思った、かな……」
(あと若のことはめっちゃ軽蔑してた)
神崎高虎は女癖が悪かったし、顔もいいので彼自身がそれを自覚しているだけに、余計に二人を軽蔑してしまっていた。
はあっ、と真穂子はため息をついた。
「……まあ、誤解が解けてよかったです」
「ごめん」
「いいえ」
小さく真穂子は笑い、
「乗って帰りませんか」
もう一度誘ってきた。
断る理由はなかった。
「……いいの?」
「いいですよ。もう道はだいたい覚えましたから」
「すご」
素直に感心した。
一度しか行ったことがないはずの場所をもう覚えるとは。
「わたし、道とか、人の顔や名前、覚えるの得意なんですよ」
「すごいな……」
真穂子の特技に、祐策は感嘆の声をあげた。
……駐車場まで歩き、いつかのように祐策は彼女の車の助手席に乗せてもらった。
「よろしくお願いします」
「はあい、わっかりましたー」
彼女は陽気に返事をした。
前回は眠ってしまったが、今日はしっかり目を覚ましている。真穂子の安全運転は心地よくて眠ってしまいそうだったが、せっかくの時間がもったいないと思い、しっかり起きていた。
真穂子がどんなものが好きなのか、どんなものに興味があるのか、さりげなく会話でリサーチをする。テレビはどんな番組を見るのか、好きなアーティストやアイドルはいるのか、映画は好きなのか、どんなジャンルが好きなのか……。ただアーティストやアイドルは、祐策にはわからない人物だった。
(帰ってカズに訊いてみよう……)
あっという間に神崎邸の前までやってきた。
「あ、あのさ、雪野さん」
「はい」
降りようとして、手を止める。
「こ、今度ごはんとか……どうかな。お弁当作ってもらったお礼、全然してないし」
「いやいや、ちゃんと代金もらってましたし、お礼なんて」
「……そう」
速攻で断られ、祐策は引き下がった。
「えっ……あ、あの、行きましょう、ごはん。お礼とかそういうの抜きで、普通に、ごはん、行きましょうよ」
真穂子は慌てる。
「え……いいの……?」
「行きましょう」
「……うん、じゃあ、年が明ける前に、どう?」
祐策も真穂子も笑って頷いた。
心の中ではガッツポーズに小躍りをしている祐策だ。
「送ってくれてありがとう。助かった」
「どういたしまして」
車から降りようとドアに手をかけた。
「あの、宮城さん」
「ん?」
「前回の飲み会のあとお送りした時のこと、覚えてますか」
その質問に、祐策は気まずげな顔になった。
最後に、この場所で意識を失い、人に迷惑をかけているからだ。真穂子には特に迷惑をかけてしまっているため、再度詫びた。
「あの、その時にしたこととか言ったこと……覚えてますか」
「その時のこと? 俺やっぱり何かした!? 何か言ったんだ!? 雪野さんにひどいこと言った!?」
真穂子は悪いことはしたり言ったっりはしていないと言っていたが、本当は何か傷つけるようなことやセクハラ発言をしていたのかもしれない、と内心焦った。
「いえ、そうじゃないんですけど……」
「な、なに……」
「いえ、ならいいです」
「何、気になる。俺、何した?」
「覚えてないなら、別にいいんです、本当に」
それが気になるんだよ、と祐策は真穂子を追求した。
「あの……酔ってらっしゃったんだと思うんですけど」
「うん……」
「抱きしめられて……」
「!?」
マジかよ、と祐策は血の気が引いた。
「可愛い、とか……言って……」
「えっ!? マジで!?」
はい、と真穂子は恥ずかしそうに頷いた。恥ずかしいのはこっちだよ、と祐策は赤面した。暗くて真穂子には見えてはいないだろうけれど。
「ご、ごめん、気を悪くしたよな……」
「いえ、そんなことは。ちょっと、びっくりしただけで……。やっぱり酔った勢いですよね」
少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
「違う」
「え」
「酔った勢いで言ったんだとは思う。……けど、嘘じゃない」
本心だ、と祐策は小声で言った。
「雪野さんは、可愛いと、思ってる。俺は」
「あ……えと……ありがとう、ございます」
「ご、ごめん。抱きしめたのは……ごめん……嫌だったよな、ずっと言えなかったんだよな、ほんとにごめん」
トラウマになったりしていないだろうか、と祐策は伺った。
「いえ……そんな、嫌な気分にはなっていませんし」
「けど、気持ち悪いとか」
「宮城さんにはそんなこと思ったりしませんよ。びっくりはしましたけど……」
「そ、そう……」
この手で、この腕で彼女の身体を抱きしめたのか。
柔らかかったとか、どんな感じだったのか、はっきり覚えていない自分が憎い。
(いや、そういうことじゃない)
「あのさ、俺、ほかには何か言ってない? 変なこと言ったり、したりはしてなかった?」
「…………」
何か言いたげな様子に見えたが、真穂子は首を振った。
「はい、もう覚えてはないですけど」
ならよかった、と祐策は安堵した。
(それ以上醜態を晒していないなら)
「雪野さん、送ってくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「また、月曜日に」
「はい。また」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
車から降りると、窓越しに手をあげて挨拶をした。
真穂子も会釈をしたあと、車で走り去って行った。
今夜は、いい気分だ。
(そっか……じゃあ、フリーなんだ……)
口元に笑みを浮かべてしまったのを見られ、
「どうかされましたか」
真穂子に不思議そうな顔をされてしまった。
「なんでもない」
「宮城さんがわたしに刺々しかった理由って、そういうことだったんですね」
「え? あー……」
「わたしが結婚してるのに不倫してる最低な女だと」
「いや、そうじゃなくて……あの」
形勢逆転だ。
真穂子が白い目で祐策を見た。
「軽蔑されてたんですね」
「そういうわけじゃないけど……少しは思った、かな……」
(あと若のことはめっちゃ軽蔑してた)
神崎高虎は女癖が悪かったし、顔もいいので彼自身がそれを自覚しているだけに、余計に二人を軽蔑してしまっていた。
はあっ、と真穂子はため息をついた。
「……まあ、誤解が解けてよかったです」
「ごめん」
「いいえ」
小さく真穂子は笑い、
「乗って帰りませんか」
もう一度誘ってきた。
断る理由はなかった。
「……いいの?」
「いいですよ。もう道はだいたい覚えましたから」
「すご」
素直に感心した。
一度しか行ったことがないはずの場所をもう覚えるとは。
「わたし、道とか、人の顔や名前、覚えるの得意なんですよ」
「すごいな……」
真穂子の特技に、祐策は感嘆の声をあげた。
……駐車場まで歩き、いつかのように祐策は彼女の車の助手席に乗せてもらった。
「よろしくお願いします」
「はあい、わっかりましたー」
彼女は陽気に返事をした。
前回は眠ってしまったが、今日はしっかり目を覚ましている。真穂子の安全運転は心地よくて眠ってしまいそうだったが、せっかくの時間がもったいないと思い、しっかり起きていた。
真穂子がどんなものが好きなのか、どんなものに興味があるのか、さりげなく会話でリサーチをする。テレビはどんな番組を見るのか、好きなアーティストやアイドルはいるのか、映画は好きなのか、どんなジャンルが好きなのか……。ただアーティストやアイドルは、祐策にはわからない人物だった。
(帰ってカズに訊いてみよう……)
あっという間に神崎邸の前までやってきた。
「あ、あのさ、雪野さん」
「はい」
降りようとして、手を止める。
「こ、今度ごはんとか……どうかな。お弁当作ってもらったお礼、全然してないし」
「いやいや、ちゃんと代金もらってましたし、お礼なんて」
「……そう」
速攻で断られ、祐策は引き下がった。
「えっ……あ、あの、行きましょう、ごはん。お礼とかそういうの抜きで、普通に、ごはん、行きましょうよ」
真穂子は慌てる。
「え……いいの……?」
「行きましょう」
「……うん、じゃあ、年が明ける前に、どう?」
祐策も真穂子も笑って頷いた。
心の中ではガッツポーズに小躍りをしている祐策だ。
「送ってくれてありがとう。助かった」
「どういたしまして」
車から降りようとドアに手をかけた。
「あの、宮城さん」
「ん?」
「前回の飲み会のあとお送りした時のこと、覚えてますか」
その質問に、祐策は気まずげな顔になった。
最後に、この場所で意識を失い、人に迷惑をかけているからだ。真穂子には特に迷惑をかけてしまっているため、再度詫びた。
「あの、その時にしたこととか言ったこと……覚えてますか」
「その時のこと? 俺やっぱり何かした!? 何か言ったんだ!? 雪野さんにひどいこと言った!?」
真穂子は悪いことはしたり言ったっりはしていないと言っていたが、本当は何か傷つけるようなことやセクハラ発言をしていたのかもしれない、と内心焦った。
「いえ、そうじゃないんですけど……」
「な、なに……」
「いえ、ならいいです」
「何、気になる。俺、何した?」
「覚えてないなら、別にいいんです、本当に」
それが気になるんだよ、と祐策は真穂子を追求した。
「あの……酔ってらっしゃったんだと思うんですけど」
「うん……」
「抱きしめられて……」
「!?」
マジかよ、と祐策は血の気が引いた。
「可愛い、とか……言って……」
「えっ!? マジで!?」
はい、と真穂子は恥ずかしそうに頷いた。恥ずかしいのはこっちだよ、と祐策は赤面した。暗くて真穂子には見えてはいないだろうけれど。
「ご、ごめん、気を悪くしたよな……」
「いえ、そんなことは。ちょっと、びっくりしただけで……。やっぱり酔った勢いですよね」
少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
「違う」
「え」
「酔った勢いで言ったんだとは思う。……けど、嘘じゃない」
本心だ、と祐策は小声で言った。
「雪野さんは、可愛いと、思ってる。俺は」
「あ……えと……ありがとう、ございます」
「ご、ごめん。抱きしめたのは……ごめん……嫌だったよな、ずっと言えなかったんだよな、ほんとにごめん」
トラウマになったりしていないだろうか、と祐策は伺った。
「いえ……そんな、嫌な気分にはなっていませんし」
「けど、気持ち悪いとか」
「宮城さんにはそんなこと思ったりしませんよ。びっくりはしましたけど……」
「そ、そう……」
この手で、この腕で彼女の身体を抱きしめたのか。
柔らかかったとか、どんな感じだったのか、はっきり覚えていない自分が憎い。
(いや、そういうことじゃない)
「あのさ、俺、ほかには何か言ってない? 変なこと言ったり、したりはしてなかった?」
「…………」
何か言いたげな様子に見えたが、真穂子は首を振った。
「はい、もう覚えてはないですけど」
ならよかった、と祐策は安堵した。
(それ以上醜態を晒していないなら)
「雪野さん、送ってくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「また、月曜日に」
「はい。また」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
車から降りると、窓越しに手をあげて挨拶をした。
真穂子も会釈をしたあと、車で走り去って行った。
今夜は、いい気分だ。
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