大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
106 / 222
【第2部】23.不安

しおりを挟む
 神崎と一緒に、聡子は警察署に来た。
 カズの運転する神崎の車に乗り込んだ際、
「わたしのせいで……申し訳ありません」
 聡子は頭を下げる。
「あなたが詫びることはありませんよ」
 優しい声だった。その声に幾分か救われた気がした。
 店で出会った時もそうだったが、厳しくもあり優しい人物なのだろうということはよくわかった。
「さあ、影山を迎えに行きましょう。あなたが来てくれたとわかれば、あの男も喜ぶはずです」
 堪えていた涙が零れ、そっと拭った。
 今ここで泣くべきではない、と姿勢を正して前を向いた。


 神崎は、トモの身元保証人として警察署に来た。
 ロビーで神崎、カズ、聡子が待っていると、警察官に付き添われたトモが現れた。憔悴した顔には、伸びた無精髭、たった何日なのかもしれないが、少し頬がこけているように見える。
 三人の姿を見たトモは、少し驚いた様子だった。神崎、もしくは神崎とカズだけだと思っていたのかもしれない。恐らく聡子の姿に驚いたのだと思った。
 もういいですよ、と警察官が言ったようで、トモは小さく頭を下げたあと、聡子達のほうへ向かって歩いてきた。
 彼は解放されたのだ。聡子が広田からの暴行等の被害届を出したことにより、トモの広田への傷害容疑について、一旦釈放されることになったようだ。広田が、トモから暴行を受けたという被害届が取り下げられない限りはトモの容疑がなくなったわけではなかった。
 しかし、聡子が意を決して被害届を出したことは大きかった。
「会長、申し訳ありませんでした」
「私より彼女のほうがひどく心配していたぞ」
「すみません」
「彼女に何か言っておやりなさい」
 先に行っておくよ、と神崎がカズを促した。
 カズも頭を下げ、二人はロビーを出て行った。
 トモと聡子は対峙し、
「よかった……」
 彼を見上げたあと、抱きついた。
 人目があっても関係なかった。
「よかった、無事で」
「無事に決まってんだろ」
「心配したんですよ」
 トモも抱き返してくれた。
 頭の上に、トモの顔があるのを感じた。
「馬鹿野郎……無茶しやがって」
「え?」
「なんで言ったんだ。墓場まで持ってくって言ったろ」
 そのことか、と聡子は思った。
「でも、真実を言わないと……智幸さんが無実の罪を着せられてしまうんですよ。本当のこと話さないと、智幸さんが捕まっちゃうから……悪いのはあの人なのに。だから昨日、ここに来て被害届を出しました」
「嫌なこと思い出させて、自分がされたことを話すのって……辛かっただろ」
 頷いたが、
「智幸さんのためなら平気ですよ」
 と力強く言った。
「ありがとな」
 そう言って、トモが頭を撫でた。
「おまえの度胸のおかげだ」
「まずは智幸さんをここから出すことばっかり考えてました」
 聡子はトモの腕から抜け、彼を見上げた。
「わたし、もう黙ってるのは嫌だと思って」
「うん」
 頭をぽんぽんと撫でて、トモは腕を掴んだ。
「行こう」
「はい」
 警察署を後にした。
 受付の警察官たちが、二人の抱擁を見ていたようだが、そんなことはどうでもいい。神崎とカズの元へ向かった。
「市川さんが、おっしゃったんですよ。公然わいせつについては釈放されましたけど、わたしに対しての罪は、わたしが申告することで相手を裁くことができるって」
「カズの助言か?」
「あ、えと、真実を話すことを決めたのはわたしですよ。市川さんは智幸さんの意思を尊重したい気持ちと、救いたい気持ち両方で悩んでらしたから……わたしが話せば済む話だって気付いて、もう怖いものなしになりました」
 そんな簡単なものじゃなかっただろ、とトモは言う。
「そうですけど……。自分のことより、智幸さんを何とかしたかったから。あの時、智幸さんがわたしのためにしてくれたこと、ですから」
「……辛い思いさせたな」
「大丈夫です。話を聞いてくれた警察の方、女性だったし。事務的な感じはしなかったから、それだけでも救われましたよ」
「……そうか」
 聡子の肩を抱き、安心させるように小さく揺さぶった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

秘密 〜官能短編集〜

槙璃人
恋愛
不定期に更新していく官能小説です。 まだまだ下手なので優しい目で見てくれればうれしいです。 小さなことでもいいので感想くれたら喜びます。 こここうしたらいいんじゃない?などもお願いします。

処理中です...