大人の恋愛の始め方

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【第2部】18.葛藤

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 トモはたまには、と聡子と出かける。といっても、ただ食事をしに行く、というだけのものだ。そのあとに夜のドライブをする、それで終わりだ。
 それでも聡子は嬉しそうだ。自分とつきあう以上は、どこにも連れていくことはないだろうし、イベントごとはしない、と最初に言っていた。トモは、遊園地や映画館には行かないぞ、と最初に聡子に宣言した。つきあっても、しゃれたことはしないぞ、と。
 イベント、とは、誕生日やクリスマス、バレンタインデーなどのことだ。トモはそういうものに縁がなく、本気の女性にどうしたらよいかわからなかったのだった。
 誕生日だけは祝った。カズの助言を受けて、きっと彼女を満足させることができた気がする。クリスマスはすっ飛ばしてしまったが、何も言われなかった。勤務している飲食店も忙しかったのもある。
 バレンタインデーも彼女から、手作りトリュフをもらったが、ホワイトデーには、店の焼き菓子を買ってプレゼントしたくらいだ。
 何もしない、ということに対し、聡子のほうも忠実にそれを守っているのだ。どこに行きたいというわけでもなく、聡子の部屋でのんびり過ごすだけだった。一緒に料理をしたり、ごろごろ、イチャイチャするだけ、聡子はそれでも嬉しそうだ。

 だが聡子も普通の女の子だ、と気づき、たまには外出するかなと考えたのだ。
「たまには映画とか芝居とか、そういうの見るか?」
「ううん、いいです別に。だって智幸さんああいう場所、苦手なんですよね?」
「ああ……まあ」
 一緒にお出かけできるだけで充分です、と聡子。
「美味しいもの、一緒に食べに行けるだけで充分ですよ」
 社交辞令ではなく、嬉しそうだ。
 まっすぐに伝えてきた聡子に、トモは赤面した。
(聡子は嘘はつかない)

***

 トモは同居人たちに、聡子のことを訊かれ、バカ正直に「どこにも行ったことはない」と話した。
 帰ると、今日はカズともう一人が一緒にリビングにいた。
 イベントもないし、誕生日以外でプレゼントを贈ったこともないと話す。贈られたこともない、自分の誕生日を彼女は知らないはずだと言った。
「えっ、マジですか」
「ああ」
「じゃあ……何、彼女さんちでヤるだけですか?」
 露骨なことを言うのは、宮城という男だ。もと同じチンピラで、今は会長の伝で建築会社の作業員として働いている。
「そうだけど。まあ、するようになったのは最近だけどな」
「マジで……」
 よく彼女がそれだけで許してくれますね、と呆れられる。
「別にあいつはなんも言わねえけど」
「言わないだけでしょ」
 元舎弟仲間たちはトモの行動が理解できない。
 女一人に執着できないタイプのトモだし、よく本当に一人に絞ったのかと疑問でしかないらしい。
「彼女さん、不満があるんじゃ……」
「何にも文句言われたことねえし、別にそれでいいって……」
「ほんとかな……」
「彼女さん、嘘はつかない方でしたよね?」
 舎弟仲間ではないが、自分を慕ってくれるカズが口を挟んむ。
「おう、そのはずだ」
「嘘はつかないけど、本音も言わない、ってこともありますよ」
「本音……それって」
 急に不安になる。
「どういうことだ……」
 自分の頭ではよくわからない、不安な気持ちになるということは、無意識に良くないことを予想してしまっているということだ。
「トモさんと会えて、するので充分だけど、もっと本当は何かしたいこととか、行きたい所とか、言いたいことがあるかもしれませんよって話です」
「頭いいやつの言うことわかんねえな」
 宮城が言った。
「言いたいことあるなら言っていいぞっていつも言ってる」
「うーん、我慢してるかもしれませんね」
「充分幸せです、って言われるけど……」
「それは嘘じゃないでしょうね。でもそこでトモさんが『我慢するな』って言えば、嘘をつかない彼女さんなら『我慢してませんよ』とは言わないでしょうし、本当はああしたいこうしたい、って口を割ってくれるかもですよ」
「そうなのか……」
 トモと宮城は、カズの言葉に頷く。
 カズは何者なんだ、と思ったりもしたが、本人に言えば彼曰く「ただ失恋上級者なだけです」といつも笑ってそう応えてくれた。
「よし」
「あ、なんか決意したみたいですね」
 トモの声に、カズが笑った。


 しかし。
 きっと我慢しているはずの聡子と夜に映画を観る約束をしても、いつもドタキャンになってしまった。
「今日は早めに上がれるはずだったんだけど……ごめんな」
 疲れたが、ドタキャンになったことで、仕事が終わるとすぐに聡子の部屋に飛んで行った。
 やむを得ないことなので、聡子も納得しているようだが、トモは申し訳なく思う。
「次こそ映画、行こう」
 そう意気込んでも、
「仕方がないことですから」
 と聡子は理解を示してくれた。おそらく本心だ。
「無理されなくていいですよ。別に映画館に行かなくても、DVDが出たら一緒に見ましょうよ。こうして一緒にいられるだけで充分ですから。人混み苦手なのに無理しなくていいんですって」
 聡子が自分に言い聞かせているようだ、とトモは思った。
「会いにきてもらえただけでも嬉しいです」
 そういうときは聡子が珍しく甘えてくる。
 甘えると言っても、身体を寄せてくるだけだ。トモが抱きしめると嬉しそうな顔をして腕を回してくる。
「ほんとにか?」
「ほんとですよ」
 ふふっ、と聡子は顔を赤らめて言う。
「その分ぎゅうってして下さい」
 気が強い彼女が、何かを我慢しているのは間違いないが、嘘を言っていないことも間違いなかった。
「いつも……悪い」
 そういう時は決まって聡子をぎゅっと抱きしめ、頭をぽんぽんと撫でる。すると彼女はにやけたように笑う。
「智幸さんの匂い」
「汗臭いぞ?」
 苦笑するしかないが、聡子はすりすりとトモの胸に頭を預けた。
 聡子は嘘は言わないが、おそらく本音も全ては言わないのだった。
「なあ……抱いていいか?」
 身体が疼いてしまい、いつものように聡子を求めてしまった。
 彼女が頷くと、頬に手を当て、唇を貪った。
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