大人の恋愛の始め方

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【第2部】18.葛藤

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 トモは、家庭料理を食べたがった。
 以前、カレーをリクエストされ、作るととても喜ばれた。市販のカレールーを使うのだから誰でも作れる気がする。ただ辛さや、野菜の切り方、肉の種類、隠し味が家庭毎に異なるくらいだろう。
 料理人なのだから、凝ったものを作ることはできるはずなのに。
 それでも、
「美味い、美味いな」
 と、とても喜んでくれたので悪い気はしない。聡子も嬉しかった。
 シチューが食べたい、肉じゃがが食べたい、とリクエストを受け、自分の家流だが作ってみる。やはり喜ばれた。
(家庭料理……何か思い出があるのかな)
 そういえば家族の話を聞いたことがないことに気付いた。
(妹……)
 家族の話をすれば、自然と「妹」の存在が出てくる。以前、その話題に触れてキレられてからは、触れないようにしている。付き合うようになっても、そちらに向かないように気をつけてはいた。
 そうすると……自然と、トモに我儘を言ったり甘えることも控えてしまっていることに気付く。
(何を言うのが良くて、何を言ったら駄目なのかわからない……)
 恋愛経験の乏しい聡子には悩みどころだった。
(でも)
 トモが、彼のリクエストに答えることで喜んでくれることが嬉しいし、その顔を独り占めできるのはとても幸せだった。
 会う度に自分を求めてくれるのも嬉しい──以前と違って「好意」の延長で求められているのだから。

***

 聡子はヤキモチを妬いても、トモには見せないように必死だった。束縛する女は嫌われると思っているし、遊び相手しかいなかったトモの過去を知っている聡子は、自分が嫉妬しても、なるべく顔に出さないよう抑えていた。
 何かにつけて「気が強い」と言われるが、近頃は言われなくなっている。子供っぽいと言われるのが嫌で、意識しているのもあるし、トモに対してつっけんどんな態度を取る場面もないし、反発することもないので、自然と穏やかになっていると思われた。
 甘えたり、何かねだったりしてみたいが、それが鬱陶しいと思われるのが怖い。そもそも、周囲の子たちのような「当たり前」のような付き合い方がわからないし、あれが欲しいどこに行きたい、というのは最初に「そういうのはしない」と宣言されている。
(誰か別の人と会ってるわけじゃないし、時間が出来たら会いに来てくれるし)
 わたしから会いにいくことはないけど、と溜息をつく。
 トモはベッドで眠っている。
 いつものように求め合って、終わったあとは少し眠る。
 朝から晩まで働いて、疲れていても、そのあと自分に会いに来てくれるのだ、それだけで充分だ。
 ……と最初は思っていたのに、だんだん欲張りになっていく自分がいる。
「おうちデート」と言えば聞こえはいいが、月曜日は夕方から会えるが、ほぼ夜にしか会えないし、一緒に食事をして、テレビを見て、時々DVDを見て……セックスをする。
(いろんな人としてたのに、わたしだけなんて、いつか飽きるよね)
 いくら好みの身体だったから、とはいえ、もっと好みの身体の女性がいるはずだ。
(そんな人が見つかったら……)
 いもしない相手にヤキモチを妬いてしまい、いけないいけない、と首を振る。
(自分がそれでいいって決めたんだから)
 眠るトモの頬を撫で、そっとキスを落とす。
 あと三十分ほどで起こさないといけない。
 日付が変わる頃にはトモはいつも帰宅する。
(なんだかシンデレラみたい)
 切れ長の目が冷たく見えるし、無精髭も相まって、剃ってなければますます強面に見える。背が高くて、細身で、でも痩せすぎでもなく筋肉もある。たぶんスタイルがいい男性だ。
 性格も、聡子にとっては、とても優しくて男らしくて申し分ない。ちょっと口が悪いのかもしれないが、それも聡子にとっては好きな要素の一つだ。
 強面でも女性が寄ってくるのは、性格もあるのではと思う。そして、セックスが上手なのだろうということだ。聡子は彼しか知らないが、トモはいろんな女性と経験をしている、トモが割り切った関係しか持たないとわかっていて寄ってくるのだから、よほどだと思われれる。
(絶対……智幸さんと関係したい人、いるよね……)
 もやもやする。
 勝手にいろんなことを考え、落ち込んだり、あがったりしてる。我儘になっていく自分と、今のままで充分だと納得しようとする自分がいる。目の前にいるトモを見下ろすと、なんとも言えない気持ちになった。
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