大人の恋愛の始め方

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【第1部】4.アルバイト

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 聡子の記憶から、あのヤクザのことは消えかけていた。
 聡子は高校を卒業し、就職をした。しかし、こっそりアルバイトを続けていた。ホール係だと、誰が見ていて会社に知られてしまうかわからないため、厨房担当に移ることを希望して今に至っている。
 昼間は事務員、夜はファミレス、これではまだ当分はお金に苦慮するばかりだ……と聡子は溜息をついていた。
 友人の鈴木美弥は相変わらず彼・下山翔太と仲がいい様子だったし、その他の友人達も恋人が出来て楽しそうだ。しかし聡子だけは縁がないままだ。それでも不満はないと思っている。自らそうなるようにしているわけなのだから。
『紹介するよ? 翔太君の大学の友達、聡子に会ってみたいっていう子、多いみたい』
「いいよ。わたしのことは別に。二人がラブラブならそれでいいじゃない」
『そう?』
「そう」
 たまの電話はいつも同じような内容だ。
 ケンカをした話も、泊まりに行った話も、美弥の話は惚気話でしかない。不満はないし、美弥の話は面白いので、これがごくごく普通の同世代の女の子の日常なのだろうなとぼんやり思うだけだった。
(それより……)
 副業を変えようか、などと思ってしまう自分がいる。どうしてもお金が要る。社会人二年目になり、このままでいいのかという気持ちがあった。

 会社の飲み会に連れて行かれ、早く帰りたいと溜息をついていると、キラキラした店の前の張り紙に聡子は足を止めた。

【アルバイト募集】
 調理補助、ホール補助、日給制+歩合給有

 とある。時給が──高い。
(何かやばい店……?)
 しかしよく考えてみればここはいわゆるホステスのいる店のようで、時間や内容からすればファミレスのバイトより高くて当然だといえる。
(調理補助か……出来るかな……)
 でも怖いキャバ嬢がいたら嫌だな、と怯んでしまう気持ちもある。
(うーん……)
 張り紙を眺めていると、扉が開き、男性客達とホステスと思われる煌びやかな女性たちが出てきた。邪魔にならにように、と聡子は避けた。
 酔っ払った男性客は、自分の父親世代あるいはもう少し上の世代のようだ。会社では肩書きのついた類いの人物だろう。こんな飲食店に気軽に来られる懐具合、若しくは接待出来る御身分なのは恐らく。
「ほらほら、気をつけて帰ってね」
「また来るよ~」
 千鳥足の男性は、同僚か部下か友人か、どういう関係かはわからないが別の男性に支えられながら去っていった。
(うわあ……ホステスさんって、ああいう酔っ払いの相手もしなきゃいけないんだなあ)
 ファミレスでいちゃもんをつけてくる客より質が悪そうだ。
 ぼんやり彼女たちを眺めていると、女性達は中に戻って行った。
 再び貼り紙に目を落とす。
(うーん……裏方なら出来るのかな)
「働きたいの?」
「えっ!?」
 気配に気が付かなかったが、着物を来た美しい女性が声をかけてきた。おそらくこの店の「ママ」と言われる存在の女性と思われた。おそらくは自分の母親よりは若いであろう年端に見えた。
「あの……えと……ちょっと見ていただけです……」
「興味はありそうね」
 ふふ、と妖艶に笑った。
(うわ……妖しげ……)
「昼間はお勤めに出てるの?」
 彼女は艶やかな口調で聡子に尋ねた。
 昼間は会社勤めをしていること、今はファミレスでこっそり副業としてバイトをしていることなどを話すと、彼女のほうが興味を持ったようで、
「ちょっと中にお入りなさい」 
 店の中に案内してくれた。
「あっ、今会社の人たちと来てたんでした……」
「あらまあ、じゃあまたにしましょうか」
「でもいいです」
 会社のことはもう気にしないことにした。一人減っていても気づかないだろう。今は求人のほうが気になる聡子だ。
 店の奥にある事務所のような場所に案内され、聡子は応接スペースに通された。
「年齢は?」
「包丁は持てる?」
「働くとしたら週何日くらいかしら?」
 矢継ぎ早に質問をされ、聡子は順番に答えて行く。
「うちは、キャバクラとまでは行かないけど、スナックよりは敷居は高めの店かしら。クラブほど敷居高くはないけど、んー……まあ、バーに近い感じ」
「違いがわからないです……」
 やはり彼女はこの店の「ママ」のようで、丁寧に説明もしれくれた。
 まだ二十歳にはなっていない聡子だったが、思い切って面接を申し込んだ。
(ホステスなら、昼間は地味だから化粧をして衣装を着ればバレないかもしれない)
 聡子の考えは甘かったようで、
「いきなりホステスは無理ね」
 と言われた。
 やはり当初の聡子の希望通り、あくまでも裏方、時々のヘルプ要員として雇われることになった。裏方で十分だよね、と聡子は思った。接客担当よりは時給は低いが、それでもファミレスよりはずっと高い。ヘルプに入った時に、知っている客が来た場合の対応もしてくれることになった。
「うちは結構訳ありの子もいるし、ほかの店に比べれば仲がいいほうだから、何か困ったことがあれば協力してくれるわ」
 そうなんだ……、と何も知らない世界のことを考えた。
「じゃあ、いつからでもいいわ、来てもらえるかしら」
「はい、よろしくお願いします!」

 ファミレスは辞めることを伝え、補充がなされると、すぐに例のママのいる店に移った。
 長いこと世話になったのに申し訳ないが、長く一緒に働いてきた店長やパートの女性は残念がってくれた。
 バーでは、給仕に忙しい時間帯は裏方だけでなく、化粧を教えてもらい、ひらひらの煌びやかなドレスを借りて身にまとって表に出た。いわゆる「ヘルプ」だ。
 その格好は正直別人のようだった。なんだか胸元が露わになりそうで困ったが、ほかの女性を見ると平気な顔をしている。これは「慣れ」なのだろうか。
 お金のだめだ、と聡子は割り切った。
 お酒の作り方を教わり、社会勉強も兼ねてクラブで働き始めた。昼間の仕事に支障がないように注意をしながら仕事に励むことにした。
 誰か知り合いが来たりしませんように、そう思いながら。
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