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【第1部】1.出逢い
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二人が会計をするのを、また聡子が請け負うことになった。
(やっと帰ってくれる)
「お会計は──円でございます。──円お預かり致します」
聡子は淡々と会計を終わらせた。
無でやるんだ無でやるんだ、としきりに言い聞かせる。
「連れが申し訳ないことしたな」
茶髪が申し訳なさそうに言う。聡子には、ほんの少しだけ、にしか見えなかったのだが。
「いえ……確かに、お連れ様は非常識を超越したマナー皆無の方でしたが、お客様がおっしゃったように、あくまでも『お客様』であったことには変わりありませんので」
できる限りの皮肉を込めて言った。
「そうかそうか。悪かったな」
茶髪は苦笑しながら言う。
「こんなおっかねえ店員さん、はじめてだわ」
「そうですか、それは大変失礼いたしました。ですが誰にでも『おっかない』わけではありません」
怒りがふつふつと沸いてくる。
「あははは」
何がおかしい、と笑う茶髪男に顔が引きつってしまう。
ごちそうさん、と二人はやっと店を出て行ってくれた。
もう二度とお越しくださいませんよう、と言いたかったのをぐっと堪えた。
副店長・吉田も出てきて、ヤクザに頭を下げていた。
金髪男のほうは、聡子にわざわざ顔を近づけて睨んで去っていった。
「……キッ、モッ」
やっと帰った、と聡子はぼそりと呟いた。ドアの向こうに消えたのを見届けた従業員一同がほっとしているのがわかった。
「あっ!」
聡子はポケットの中身を思い出し、ドアを開け、茶髪男を追いかけた。
「あの!」
「あ?」
茶髪男と金髪男が振り向く。金髪のほうが肩をいからせて聡子に近づいてきたが、茶髪がそれを制した。
「あの、ハンカチをお返ししていません」
「あー、安モンだし、捨ててくれていいよ」
「捨てろって言われても……」
困るんですけど、と聡子はそのハンカチを差し出した。結局使っていないのだし、返しても問題ないだろうと思ったのだ。
「詫びにもなんなくて悪いな」
じゃあな、と二人は夜の街に消えていった。
ハンカチを持ったまま、聡子は困惑するしかなかった。
「だって、これ高そうなハンカチ……もったいないし……」
高級ブランドには詳しくはないが、百貨店の一階で売っていそうな横文字ブランドのハンカチだ。もしかしたら誰かからのプレゼントかもしれないし、恨まれても困る。
(めんどくさいな……もう)
またポケットに押し込んで、踵を返した。
結局、聡子はハンカチを捨てずに持っていた。
また店に来ることがあったら返そう、そう思ったのだ。しかし、ヤクザが店に来ることはないと思われた。寧ろ来てほしくない。頭がそこまで悪くないなら「反社会勢力の方の入店をお断りしております」の意味を理解してもう来ないだろう。
「やっぱ捨てるしかないか」
せっかくだし雑巾にしてやろうかしら、でも雑巾にしては薄すぎよね、巾着袋にしてやろうか、などと考えていた聡子は、鞄に閉まって忘れてしまうのだった。
(やっと帰ってくれる)
「お会計は──円でございます。──円お預かり致します」
聡子は淡々と会計を終わらせた。
無でやるんだ無でやるんだ、としきりに言い聞かせる。
「連れが申し訳ないことしたな」
茶髪が申し訳なさそうに言う。聡子には、ほんの少しだけ、にしか見えなかったのだが。
「いえ……確かに、お連れ様は非常識を超越したマナー皆無の方でしたが、お客様がおっしゃったように、あくまでも『お客様』であったことには変わりありませんので」
できる限りの皮肉を込めて言った。
「そうかそうか。悪かったな」
茶髪は苦笑しながら言う。
「こんなおっかねえ店員さん、はじめてだわ」
「そうですか、それは大変失礼いたしました。ですが誰にでも『おっかない』わけではありません」
怒りがふつふつと沸いてくる。
「あははは」
何がおかしい、と笑う茶髪男に顔が引きつってしまう。
ごちそうさん、と二人はやっと店を出て行ってくれた。
もう二度とお越しくださいませんよう、と言いたかったのをぐっと堪えた。
副店長・吉田も出てきて、ヤクザに頭を下げていた。
金髪男のほうは、聡子にわざわざ顔を近づけて睨んで去っていった。
「……キッ、モッ」
やっと帰った、と聡子はぼそりと呟いた。ドアの向こうに消えたのを見届けた従業員一同がほっとしているのがわかった。
「あっ!」
聡子はポケットの中身を思い出し、ドアを開け、茶髪男を追いかけた。
「あの!」
「あ?」
茶髪男と金髪男が振り向く。金髪のほうが肩をいからせて聡子に近づいてきたが、茶髪がそれを制した。
「あの、ハンカチをお返ししていません」
「あー、安モンだし、捨ててくれていいよ」
「捨てろって言われても……」
困るんですけど、と聡子はそのハンカチを差し出した。結局使っていないのだし、返しても問題ないだろうと思ったのだ。
「詫びにもなんなくて悪いな」
じゃあな、と二人は夜の街に消えていった。
ハンカチを持ったまま、聡子は困惑するしかなかった。
「だって、これ高そうなハンカチ……もったいないし……」
高級ブランドには詳しくはないが、百貨店の一階で売っていそうな横文字ブランドのハンカチだ。もしかしたら誰かからのプレゼントかもしれないし、恨まれても困る。
(めんどくさいな……もう)
またポケットに押し込んで、踵を返した。
結局、聡子はハンカチを捨てずに持っていた。
また店に来ることがあったら返そう、そう思ったのだ。しかし、ヤクザが店に来ることはないと思われた。寧ろ来てほしくない。頭がそこまで悪くないなら「反社会勢力の方の入店をお断りしております」の意味を理解してもう来ないだろう。
「やっぱ捨てるしかないか」
せっかくだし雑巾にしてやろうかしら、でも雑巾にしては薄すぎよね、巾着袋にしてやろうか、などと考えていた聡子は、鞄に閉まって忘れてしまうのだった。
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