大人の恋愛の始め方

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【第1部】1.出逢い

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 しばらくすると、帰宅したはずの副店長が慌てた様子でやってきた。勿論慌てていないはずがないのだが。
「一応、謝罪に行きます」
 エリアマネージャーの指示が行ったようだ。
 店長より副店長のほうが時間的に早い対応が可能である、ということのようだ。
 副店長は三十過ぎの気弱そうな男性社員だ。でも従業員たちに気配りはしてくれるし、ミスに対して叱ったり注意はあれども、罵倒したりすることはない。それが「事なかれ主義」なのか「平和主義」なのかは聡子にはわからないが。
「申し訳ありません」
「申し訳ありません」
 聡子と茜は副店長の吉田に頭を下げた。
「起きてしまったことは仕方ないし。二人がお詫びしたのに逆上してきたのは相手のほうだったから。誠心誠意尽くしたってことはわかるから、大丈夫」
「…………」
「この店舗じゃ少ないけど、都会だとちょくちょくこういうの、あるらしいから」
 二人の女子高生は無言で俯くだけだ。
「とりあえず、料理が出来たいみたいだし。僕が謝って戻ってきたら後、お出ししてくれるかな?」
「はい」
 吉田は、チンピラだかヤクザだかの男たちのテーブルに行き、頭を下げていたが、茶髪男が「いいよいいよ」といってその場は軽い調子で済んだようだ。
 吉田が言うように、聡子達が誠心誠意を尽くした、わけではない気がするが、もうこれ以上大事にはならない様子だった。
「月岡さん、ごめんね」
 茜が謝ってきた。
「ははっ、大丈夫だよ。ヤクザが店に来るのが悪いんだから。入口に貼ってるのにね」
「…………」
「でも、思いの外、脚ガクガクしてたみたいで、そっちにびっくりしたよ」
「水かけられたしね、ゴメン」
「ま、仕方ない。相手の服にもかかったしね。けど、故意じゃないし。だけどわたしは故意にかけられたから」
「月岡さん、冷静に反撃してたよね。もうこっちがビビっちゃうくらいに」
「うーん、間違ったことしてるのはあっちだしね。裁判だったら相手のほうが不利でしょ」
「裁判かあ……そこまで考えが及んでなかったよ」
 茜は苦笑した。

 そのテーブルの対応は、結局は聡子が請け負うことになった。
 副店長は、自分が対応するから聡子と茜に下がるように言ったが、もう手を出してくることはないだろうから自分が行くと伝えた。茜は吉田の指示に従ったが。
 ヤクザたちは大量の食事を注文していた。
(あんなに注文して、食べきれるのかな……)
 ものを粗末にしないでよ、と聡子は思った。
 しかし予想は的中し、たくさんの食事を残したまま、金髪がタバコを吸い始めた。
 聡子は、目をカッと開き、そちらを見た。
(カッチーーーーーーン)
 聡子のなかで何かはじけたことに気づいたのか、副店長の吉田は、慌てて聡子の腕に手を伸ばした。
 が、聡子が動く方が早かった。
 ドスドスドス、と足音がしそうな勢いでヤクザのテーブルに近づく。
「失礼いたします。お客様、飲食店は原則屋内禁煙となっております。つまり、当店は全席禁煙となっておりますので、喫煙はご遠慮願えますでしょうか」
 聡子はとびきりの笑顔で言ったつもりだったが、吉田や茜が言うには引きつっていたと後で教えてくれた。
「はあああん!?」
 これはもちろん金髪男の口から出た言葉だ。
 どうせ誰もいなくなっただろうが、と金髪男は言う。
 確かに、この二人のせいで、近くにいた客達だけでなく、その時にいた客は全て店を出ていってしまったのだ。今いる他の客達はさきほど来た事情を知らない客達だ。
(商売上がったりだよ!)
 と聡子は金髪を睨んだ。
「こっちはお客様だぞ、タバコを吸う権利もねえのかよ」
「健康増進法に定めてありますが、御存知ないでしょうか」
「……なっ……あっちのファミレスは分煙で吸えたぞ。あっちが良くて、なんでこの店がダメなんだよ」
 あっち、というのがこの店のチェーン店よりもはるかに大きい全国チェーンのファミリーレストランだと思われる。
「申し訳ございません。あちらの店舗は全くの別会社、大企業のチェーン店で、条件を満たしているからだと思われます。条件を満たすにも、健康増進法で、屋内原則禁煙に改正された日以降の新規店舗か、資本金が五千万円以上か、客席面積百平米超に該当すれば可能、というだけであって、義務ではありません。おわかりいただけましたでしょうか」
 バイト研修の時に習ったことを思い出し、もしかしたら今はさらに法改正されている可能性もあるが、吸わない人に不利になる改正はされないはずだと思い、思い出せる限り捲し立てた。茶髪も金髪もぽかんとしている。
 だいたい最近の飲食店はどこも禁煙でしょうが、と内心では聡子は金髪男の頭の悪さを嘲笑った。
「おい……いい加減にしとけ。おまえが悪いぞ。女にフラれたからって、ほかの女に八つ当たりすんじゃねえ」
 すると金髪のタバコを奪い取り、左手で握りつぶした。
「!」
 灰皿がないので仕方ないとはいえ、手で握りつぶすとは。
(熱くないの!?)
 すまねえな、と茶髪は笑った。
「い、いえ……ご協力ありがとうございます……」
 軽く頭を下げ、聡子は再びバックヤードに戻る。
「月岡さん、カッコいい……」
 副店長はぽかんとしている。
「なんかもう、怖いもんナシになってきました」
 他の客の呼び出しには、茜が応じている。その間に聡子はヤクザの様子を伺っていた。
 注文した食べ物を、金髪男は残したが、茶髪男のほうが片っ端から平らげている。
「もったいねえことすんな」
 茶髪男は、金髪男を窘めていた。
(あの人、よく食べるな……)
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