6 / 222
【第1部】1.出逢い
5
しおりを挟む
しばらくすると、帰宅したはずの副店長が慌てた様子でやってきた。勿論慌てていないはずがないのだが。
「一応、謝罪に行きます」
エリアマネージャーの指示が行ったようだ。
店長より副店長のほうが時間的に早い対応が可能である、ということのようだ。
副店長は三十過ぎの気弱そうな男性社員だ。でも従業員たちに気配りはしてくれるし、ミスに対して叱ったり注意はあれども、罵倒したりすることはない。それが「事なかれ主義」なのか「平和主義」なのかは聡子にはわからないが。
「申し訳ありません」
「申し訳ありません」
聡子と茜は副店長の吉田に頭を下げた。
「起きてしまったことは仕方ないし。二人がお詫びしたのに逆上してきたのは相手のほうだったから。誠心誠意尽くしたってことはわかるから、大丈夫」
「…………」
「この店舗じゃ少ないけど、都会だとちょくちょくこういうの、あるらしいから」
二人の女子高生は無言で俯くだけだ。
「とりあえず、料理が出来たいみたいだし。僕が謝って戻ってきたら後、お出ししてくれるかな?」
「はい」
吉田は、チンピラだかヤクザだかの男たちのテーブルに行き、頭を下げていたが、茶髪男が「いいよいいよ」といってその場は軽い調子で済んだようだ。
吉田が言うように、聡子達が誠心誠意を尽くした、わけではない気がするが、もうこれ以上大事にはならない様子だった。
「月岡さん、ごめんね」
茜が謝ってきた。
「ははっ、大丈夫だよ。ヤクザが店に来るのが悪いんだから。入口に貼ってるのにね」
「…………」
「でも、思いの外、脚ガクガクしてたみたいで、そっちにびっくりしたよ」
「水かけられたしね、ゴメン」
「ま、仕方ない。相手の服にもかかったしね。けど、故意じゃないし。だけどわたしは故意にかけられたから」
「月岡さん、冷静に反撃してたよね。もうこっちがビビっちゃうくらいに」
「うーん、間違ったことしてるのはあっちだしね。裁判だったら相手のほうが不利でしょ」
「裁判かあ……そこまで考えが及んでなかったよ」
茜は苦笑した。
そのテーブルの対応は、結局は聡子が請け負うことになった。
副店長は、自分が対応するから聡子と茜に下がるように言ったが、もう手を出してくることはないだろうから自分が行くと伝えた。茜は吉田の指示に従ったが。
ヤクザたちは大量の食事を注文していた。
(あんなに注文して、食べきれるのかな……)
ものを粗末にしないでよ、と聡子は思った。
しかし予想は的中し、たくさんの食事を残したまま、金髪がタバコを吸い始めた。
聡子は、目をカッと開き、そちらを見た。
(カッチーーーーーーン)
聡子のなかで何かはじけたことに気づいたのか、副店長の吉田は、慌てて聡子の腕に手を伸ばした。
が、聡子が動く方が早かった。
ドスドスドス、と足音がしそうな勢いでヤクザのテーブルに近づく。
「失礼いたします。お客様、飲食店は原則屋内禁煙となっております。つまり、当店は全席禁煙となっておりますので、喫煙はご遠慮願えますでしょうか」
聡子はとびきりの笑顔で言ったつもりだったが、吉田や茜が言うには引きつっていたと後で教えてくれた。
「はあああん!?」
これはもちろん金髪男の口から出た言葉だ。
どうせ誰もいなくなっただろうが、と金髪男は言う。
確かに、この二人のせいで、近くにいた客達だけでなく、その時にいた客は全て店を出ていってしまったのだ。今いる他の客達はさきほど来た事情を知らない客達だ。
(商売上がったりだよ!)
と聡子は金髪を睨んだ。
「こっちはお客様だぞ、タバコを吸う権利もねえのかよ」
「健康増進法に定めてありますが、御存知ないでしょうか」
「……なっ……あっちのファミレスは分煙で吸えたぞ。あっちが良くて、なんでこの店がダメなんだよ」
あっち、というのがこの店のチェーン店よりもはるかに大きい全国チェーンのファミリーレストランだと思われる。
「申し訳ございません。あちらの店舗は全くの別会社、大企業のチェーン店で、条件を満たしているからだと思われます。条件を満たすにも、健康増進法で、屋内原則禁煙に改正された日以降の新規店舗か、資本金が五千万円以上か、客席面積百平米超に該当すれば可能、というだけであって、義務ではありません。おわかりいただけましたでしょうか」
バイト研修の時に習ったことを思い出し、もしかしたら今はさらに法改正されている可能性もあるが、吸わない人に不利になる改正はされないはずだと思い、思い出せる限り捲し立てた。茶髪も金髪もぽかんとしている。
だいたい最近の飲食店はどこも禁煙でしょうが、と内心では聡子は金髪男の頭の悪さを嘲笑った。
「おい……いい加減にしとけ。おまえが悪いぞ。女にフラれたからって、ほかの女に八つ当たりすんじゃねえ」
すると金髪のタバコを奪い取り、左手で握りつぶした。
「!」
灰皿がないので仕方ないとはいえ、手で握りつぶすとは。
(熱くないの!?)
すまねえな、と茶髪は笑った。
「い、いえ……ご協力ありがとうございます……」
軽く頭を下げ、聡子は再びバックヤードに戻る。
「月岡さん、カッコいい……」
副店長はぽかんとしている。
「なんかもう、怖いもんナシになってきました」
他の客の呼び出しには、茜が応じている。その間に聡子はヤクザの様子を伺っていた。
注文した食べ物を、金髪男は残したが、茶髪男のほうが片っ端から平らげている。
「もったいねえことすんな」
茶髪男は、金髪男を窘めていた。
(あの人、よく食べるな……)
「一応、謝罪に行きます」
エリアマネージャーの指示が行ったようだ。
店長より副店長のほうが時間的に早い対応が可能である、ということのようだ。
副店長は三十過ぎの気弱そうな男性社員だ。でも従業員たちに気配りはしてくれるし、ミスに対して叱ったり注意はあれども、罵倒したりすることはない。それが「事なかれ主義」なのか「平和主義」なのかは聡子にはわからないが。
「申し訳ありません」
「申し訳ありません」
聡子と茜は副店長の吉田に頭を下げた。
「起きてしまったことは仕方ないし。二人がお詫びしたのに逆上してきたのは相手のほうだったから。誠心誠意尽くしたってことはわかるから、大丈夫」
「…………」
「この店舗じゃ少ないけど、都会だとちょくちょくこういうの、あるらしいから」
二人の女子高生は無言で俯くだけだ。
「とりあえず、料理が出来たいみたいだし。僕が謝って戻ってきたら後、お出ししてくれるかな?」
「はい」
吉田は、チンピラだかヤクザだかの男たちのテーブルに行き、頭を下げていたが、茶髪男が「いいよいいよ」といってその場は軽い調子で済んだようだ。
吉田が言うように、聡子達が誠心誠意を尽くした、わけではない気がするが、もうこれ以上大事にはならない様子だった。
「月岡さん、ごめんね」
茜が謝ってきた。
「ははっ、大丈夫だよ。ヤクザが店に来るのが悪いんだから。入口に貼ってるのにね」
「…………」
「でも、思いの外、脚ガクガクしてたみたいで、そっちにびっくりしたよ」
「水かけられたしね、ゴメン」
「ま、仕方ない。相手の服にもかかったしね。けど、故意じゃないし。だけどわたしは故意にかけられたから」
「月岡さん、冷静に反撃してたよね。もうこっちがビビっちゃうくらいに」
「うーん、間違ったことしてるのはあっちだしね。裁判だったら相手のほうが不利でしょ」
「裁判かあ……そこまで考えが及んでなかったよ」
茜は苦笑した。
そのテーブルの対応は、結局は聡子が請け負うことになった。
副店長は、自分が対応するから聡子と茜に下がるように言ったが、もう手を出してくることはないだろうから自分が行くと伝えた。茜は吉田の指示に従ったが。
ヤクザたちは大量の食事を注文していた。
(あんなに注文して、食べきれるのかな……)
ものを粗末にしないでよ、と聡子は思った。
しかし予想は的中し、たくさんの食事を残したまま、金髪がタバコを吸い始めた。
聡子は、目をカッと開き、そちらを見た。
(カッチーーーーーーン)
聡子のなかで何かはじけたことに気づいたのか、副店長の吉田は、慌てて聡子の腕に手を伸ばした。
が、聡子が動く方が早かった。
ドスドスドス、と足音がしそうな勢いでヤクザのテーブルに近づく。
「失礼いたします。お客様、飲食店は原則屋内禁煙となっております。つまり、当店は全席禁煙となっておりますので、喫煙はご遠慮願えますでしょうか」
聡子はとびきりの笑顔で言ったつもりだったが、吉田や茜が言うには引きつっていたと後で教えてくれた。
「はあああん!?」
これはもちろん金髪男の口から出た言葉だ。
どうせ誰もいなくなっただろうが、と金髪男は言う。
確かに、この二人のせいで、近くにいた客達だけでなく、その時にいた客は全て店を出ていってしまったのだ。今いる他の客達はさきほど来た事情を知らない客達だ。
(商売上がったりだよ!)
と聡子は金髪を睨んだ。
「こっちはお客様だぞ、タバコを吸う権利もねえのかよ」
「健康増進法に定めてありますが、御存知ないでしょうか」
「……なっ……あっちのファミレスは分煙で吸えたぞ。あっちが良くて、なんでこの店がダメなんだよ」
あっち、というのがこの店のチェーン店よりもはるかに大きい全国チェーンのファミリーレストランだと思われる。
「申し訳ございません。あちらの店舗は全くの別会社、大企業のチェーン店で、条件を満たしているからだと思われます。条件を満たすにも、健康増進法で、屋内原則禁煙に改正された日以降の新規店舗か、資本金が五千万円以上か、客席面積百平米超に該当すれば可能、というだけであって、義務ではありません。おわかりいただけましたでしょうか」
バイト研修の時に習ったことを思い出し、もしかしたら今はさらに法改正されている可能性もあるが、吸わない人に不利になる改正はされないはずだと思い、思い出せる限り捲し立てた。茶髪も金髪もぽかんとしている。
だいたい最近の飲食店はどこも禁煙でしょうが、と内心では聡子は金髪男の頭の悪さを嘲笑った。
「おい……いい加減にしとけ。おまえが悪いぞ。女にフラれたからって、ほかの女に八つ当たりすんじゃねえ」
すると金髪のタバコを奪い取り、左手で握りつぶした。
「!」
灰皿がないので仕方ないとはいえ、手で握りつぶすとは。
(熱くないの!?)
すまねえな、と茶髪は笑った。
「い、いえ……ご協力ありがとうございます……」
軽く頭を下げ、聡子は再びバックヤードに戻る。
「月岡さん、カッコいい……」
副店長はぽかんとしている。
「なんかもう、怖いもんナシになってきました」
他の客の呼び出しには、茜が応じている。その間に聡子はヤクザの様子を伺っていた。
注文した食べ物を、金髪男は残したが、茶髪男のほうが片っ端から平らげている。
「もったいねえことすんな」
茶髪男は、金髪男を窘めていた。
(あの人、よく食べるな……)
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
秘密 〜官能短編集〜
槙璃人
恋愛
不定期に更新していく官能小説です。
まだまだ下手なので優しい目で見てくれればうれしいです。
小さなことでもいいので感想くれたら喜びます。
こここうしたらいいんじゃない?などもお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる